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2011年7月22日 (金)

キリスト教とユダヤ人

アウシュビッツを訪ねたことがある。10年前のことだ。ホロコーストはなぜ起きたのか、日本人である自分にはさっぱり分からない。ので、現地に立って何かを感じればいいと思って行ったのだが、ビルケナウ収容所の広大な跡地を目の前にして、これほどのプロジェクトを遂行する意志とエネルギーがどこから来たのか、ますます分からなくなった。

その後、どうもホロコーストの背景には、ヨーロッパにおけるユダヤ差別の長い歴史があるらしい、ということは漠然と感じていた。ということで、最近出た『キリスト教とホロコースト』(モルデカイ・パルディール著、柏書房)の最初の一章、総論的な「キリスト教の反ユダヤ主義の起源」からメモ。(しかし翻訳本というのは、どうも読みづらい感じ)

パウロによってイエスは歴史的人物、政治色のない純粋に霊的使命を有する別世界の来訪者に変容させられた。このように見なすことを拒絶したユダヤ人は、新しい信仰に対し彼らの無分別とかたくなな拒絶の結果に苦しまねばならなかった。パウロはそれを望んではいなかったが彼の教えの結果が、ユダヤ人を敵対者にさせることになった。

・・・そもそもユダヤ教の批判から始まったキリスト教。そのキリスト教がローマ帝国の国教になった時から、彼我の力関係は逆転し、ユダヤ人はイエス・キリストを殺した罪を着せられる(イエスを処刑したのはローマ人であるにも係らず)。教会はユダヤ人を、いわば裏側からキリスト教の正しさを証明する「悪」の存在と見なした。そして古代の教父から中世の神学者まで、キリスト教の理論家たちは一貫してユダヤ人非難を続けた。その反ユダヤ的思想は、宗教改革の時代を通過しても受け継がれた。再びメモ。

ヨーロッパが中世から近代に抜け出すときもユダヤ人は依然として政治的隷属、社会的屈辱に甘んじるように貶められ、多くの場所でゲットーの壁の背後に閉じこめられていた。様々な時代に、イギリス、フランス、スペイン、ポルトガル、さらに大半のドイツのユダヤ人は追放されたか、自分の宗教を包み隠すよう強制された。

或る人たちはホロコーストを教父たちの反ユダヤ啓蒙運動に始まり、何世もの長きにわたり蔑みの教えによって育まれた最終的かつ論理的帰結と見なしている。

・・・なるほどヨーロッパにはユダヤ差別の長い歴史がある。そのことはまあまあ了解するとしても、それがナチスによる「絶滅」という思想にまで一直線に至るのかというと、そこには「飛躍」があるような気がしてくる。その「飛躍」を可能にしたのは何なのか。歪んだナショナリズムということか。どうもすっきりとは分からない。

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