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2011年5月28日 (土)

天国に行くための反乱

週の初めにテレビの歴史バラエティで島原の乱(1637年)を取り上げていたと思ったら、天草四郎のマンガ(「週刊新マンガ日本史」)が出ていたのを見つけて、今週は天草四郎ウィークかいな、と妙な感じ。

マンガはページ数少ないし、コマも大きいし、すぐ読み終わる。でも結構余韻の残る出来だった。結局、天草四郎と3万人以上の民衆はパライソ(天国)に行くために反乱を起こしたのかなあ・・・と思って、何だか切ない気持ちがした。

反乱の理由としては、キリスト教の弾圧、重い年貢の厳しい取り立て、そして飢饉の発生が挙げられている。マンガ・ストーリーの中には、「かつて禁教に屈した元キリシタンたちは、いまの苦しみが信仰を捨てた罰だという罪悪感にさいなまれていた」という説明がある。『宗教で読む戦国時代』(神田千里・著)によれば、人々は「現在の悲惨な、救われない事態を、神による最後の審判が下されるような終末の前兆」であり、「その救われない事態が、キリシタンを棄教したことに起因すること、言い換えれば、棄教の罰である」と受け止めていたという。この世に未練が無くなるほどに追い込まれた人々の、絶望的な反抗が巨大な力となって爆発した・・・と思うと、酷く痛ましい気持ちになる。

ところで一揆勢の中には関ヶ原の戦いの経験者もいた、とされているがホントか?
関ヶ原って、島原の乱の37年も前の話だけどなあ。大坂夏の陣だと22年前。これくらいの時間差ならば、戦いの経験者がいたというのも、まあありえるかなあと思えるけど、関ヶ原っていうのはどうなんだろうか。

戦いに手こずる幕府はオランダ船に頼んで、一揆勢の立て籠もる原城に対して海上から砲撃を加えた。オランダはプロテスタント国であることから、カトリックの教えを信じる一揆勢への攻撃を了承したということらしい。ヨーロッパにおける新教旧教の対立紛争が、ちょこっとではあるが日本にも持ち込まれたのだな。

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2011年5月24日 (火)

宗教戦争と国家体制

昨夜テレビの歴史バラエティ番組で、島原の乱を取り上げていた。まあ特に変わった話もなかったんだけど、あらためて戦国時代にキリスト教が伝わったのは妙な巡り合わせだなと思う。日本の新たな秩序が生まれようとする時に、キリスト教への態度決定が国の在り方を決める一つのファクターになったわけだから。既に豊臣秀吉がバテレン追放令を出して、キリスト教を拒絶する国家の意思を示していたわけだが、江戸時代に入ると西洋との貿易・交流の途も閉ざす方向に進んでいく。島原の乱の終結は1638年。その翌年39年にポルトガル船の入港が禁止されて、いわゆる「鎖国」が完成する。

一方、その頃のヨーロッパでは30年戦争(1618~1648)の真っ最中。始まりは新教と旧教の紛争、それがさらに国際戦争に発展し、戦後のウェストファリア条約で主権国家体制が確立された。つまり、この時代にヨーロッパでも日本でも、宗教戦争の直後に新たな国家体制が定まった、という見方もできるのが面白いところだ。

もう少し時代を遡って1500年代を見る。1517年ルターの95ヵ条の論題に始まる宗教改革の波、そしてカトリック側の対抗宗教改革の動き。1534年のイエズス会設立から15年後の49年にはザビエルが日本の鹿児島に上陸する。宗教改革が起きて、危機意識を持ったカトリックが地球の裏側まで営業活動、もとい布教活動に励んだ結果、日本にキリスト教が伝わった。すでに1400年代の末から大航海時代が幕を開けていたとはいえ、ヨーロッパの動きが日本に波及するまで意外と短く思えるし、とにかく宗教改革が無かったら、日本にキリスト教は来てないと思うと不思議な感じがする。

その辺は、日本史も世界の動きとの兼ね合いで変化する、それはもう昔からそうなのだと確認する思いだ。最近は、「鎖国」というのも体制としては無かったという話になってるみたいだけど、確かに外交というのも、相手のあることなので、自分の都合だけで付き合いを止められるというのも現実的ではなくて、17世紀当時はヨーロッパが停滞の時代に入ったこともあって、たまたま日本の「鎖国」が成立したという感じ。実際、欧米が再び極東までやってくるようになって「圧力」が強くなってきたら、開国しちゃったわけだし。

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2011年5月23日 (月)

クジラのことで考える

反捕鯨団体との軋轢と緊張が続く和歌山県の太地町。その様子を記録した昨夜のNHK番組「クジラと生きる」を見た。とにかく反捕鯨団体の狂信的で悪意に満ちた振る舞いは、不快かつ不可解だという印象を受けた。

白人はイルカを食べてもOKで日本人はNGの本当の理由』(吉岡逸夫・著、講談社+α新書)もざっと読んでみた。第四章の大隅清治博士の科学的な意見がためになるし、第五章のデンマーク領フェロー諸島のクジラ漁に関する取材も興味深い。

吉岡氏は、反捕鯨団体の言動に日本人差別の気配を感じている。そして何より、自己主張の文化に対抗するには、こちらも自分の正当性を主張していかなければならないし、それは「太地町」と「尖閣諸島」の問題のこじれ方に共通した原因だ、と考えているようだ。

反捕鯨団体の「頭の良いクジラやイルカを屠殺するな」という主張に対しては、誰でも「じゃあ牛や豚はいいのか」と言いたくなるし、クジラやイルカを特別視する根拠も薄弱である。太地町の人々にとって、自分たちの生業が突如悪であると決めつける形でクローズアップされたのは、実に不本意なことだろう。

とはいえ、正直イルカ漁を文化や伝統という言い方で擁護する気にもなれない。映画「ザ・コーブ」は未見だけど、この映画が話題になったことで初めてイルカ漁のことを知って驚いた。野蛮だと素朴に思った。しかし時間が経ってみると、見せるべきでないものを見世物にしたこの映画のやり方には、嫌な感じもする。

感情的には、自分はイルカは食べないので殺すなよ、って感じ。クジラは食べたことあるから(例によって給食で)、殺すのを認めるしかないけど。しかしイルカとクジラは基本的におんなじ生き物なので、クジラは殺してイルカは殺すな、って思うのも変なんだけど。

だからといって狂信的な反捕鯨団体の主張は受け入れ難いし、漁民への妨害行為も許されるものではない。飛んでくる火の粉は、振り払わなければならない。事態は、もはや太地町が矢面に立つ形で対応する、というか、ひたすら耐える問題ではない、という感じがする。つまり捕鯨国との連携も強化しながら、政府レベルで踏み込んで介入していくべきじゃないかと。

太地町と尖閣諸島、確かに共通している印象はあって、それは自己主張の問題というか、何か右翼っぽくなっちゃうんだけど、国家の意思を明確に示せ、という話なんだろう。もちろん論理的には、国家の意思の行き着くところは戦争をする意思になる、ということはあるから、戦争に負けた日本は戦争する意思を封印して「反戦平和」ムードで長らくやってきたけど、どうもそれを長くやりすぎて、国家の意思のリーズナブルな示し方が上手くできなくなっちゃってるよな・・・とか、クジラのことで、とりとめなく考えました。

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