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2011年4月20日 (水)

「オンカロ」と人類の未来

今日は有楽町で映画「100,000年後の安全」を観てきた。内容は原発関連、これはもう土日の混雑は明らかなので、有給休暇取得の荒業を繰り出し、朝10時過ぎ一日一回のみの上映を鑑賞した。ついでに言うと、この映画館では今日水曜日がサービスデー(苦笑)。入場料1000円です。館内160席余りは7~8割方埋まってたな。

原子力発電所から出る高レベルの放射性廃棄物が、完全に無害になるのは10万年後。その廃棄物の最終処分場を、フィンランドが世界で初めて建設している。堅い岩盤地域の奥深く、4㎞を超える長大なトンネルを螺旋状に掘り進んだ地下500メートルの場所に、廃棄物を埋蔵する長期プロジェクト。オンカロ(隠された場所)と呼ばれるその現場にカメラが入り、建設状況やプロジェクトの関係者たちへの取材、マイケル・マドセン監督本人の語りなどで構成されるドキュメンタリー映画。

埋めた後、ここは危険地帯だと知らせるため様々な言語を使って記しておくほか、絵図で示すことも考えられている。ムンクの「叫び」を使うという案もあるらしい。それとは逆に、全く忘れ去られてしまう方がいいのではないか、という考え方もあるとのこと。下手に未来の人々の好奇心を刺激しても面倒だからだ。

何しろテーマがテーマだけに、音楽の効果もあって、映画にはメランコリックなトーンが滲み出ている。確かにそんな遠い未来のことは分からないのだから、当事者たちも絶対的な確信を持ってプロジェクトを進めているわけではないだろう。

しかしながら、関係者の発言にもあるように、放射性廃棄物は現実に存在しているのだから、我々は何らかの方法で処理しなければならないという責任がある。だから、とにかく最善と思われる方法を実行しているフィンランドは立派だよな~と思う。

でも、映画の中で6万年後に氷河期が来るなんて話もされてるし、人類の終わりとか、さらに地球の終わりまで考えたりすると、これが完璧な方法だという結論を出すことの意味が薄らいでくる。映画の中に「不確実性下の意思決定」という言い方(投資理論を思い出すよ)があるけど、結局のところ「賭け」の要素を完全に排除するのは不可能だ。とにかく最善を尽くして、後は野となれ山となれ、というと言いすぎだけど、そんな感じ。

こういう映画を見ちゃうと、少なくとも原発の新設はダメだなという思いを持つ。既存原発も老朽化したら迷わず廃棄。とにかく新エネルギー開発や温暖化対策、省エネ生活を進めるしかないという気分になる。最終処分場も日本に作るのは無理だな。プレートぶつかり合ってるし。原発保有国共同で国際的な処分場をシベリアにでも作りますかね。

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