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2011年3月19日 (土)

シュルレアリスムは今

シュルレアリスムの画家の展覧会というのは、若い頃結構見たような気がする。ていうかその頃(1980年代前半の辺り)、その類の展覧会が多かったのかも知れない。だから、今回の「シュルレアリスム展」(東京・六本木の国立新美術館、5月9日まで)は、何か久しぶりだなあって感じで見に行きました。

展示の流れは、ブルトン中心にシュルレアリスム運動の歴史を回顧するというもの。絵画の展示は、知らない作家の作品数が多くて、その中にダリ、マグリット、ミロ、タンギー、デルヴォー等、シュルレアリスムの「スター」の作品が数点ずつ入るという感じのバランス。

まあ、このバランスだと、むしろ「スター」の絵の凄さが際立つなと思っちゃうんですよ。

ダリの絵はさすがに「こってり」してるな~って感心するし、ミロの絵は若い女性から「カワイイ」との評価?を受けていたし。マグリットは変に思わせぶりであんまり好きじゃないんだけど、いずれにせよメジャーな画家はやはり問答無用で唯一無二の個性を発揮しているよな、と当たり前のことをあらためて強く感じました。

シュルレアリスムの運動は、両大戦間に勃興した。世界が合理主義では捉えられなくなったことが誰の目にも明らかになった時代に、混沌とした現実を凌駕しつつそこから美をつかみ出そうとする果敢な意思、とでも言っておきましょうか。

しかし戦争と革命の20世紀は既に遠くなった。もはや、混沌とした現実と向き合うシュルレアリスム運動の強度を実感することは難しいし、何よりシュルレアリスム的な感覚(手術台の上のミシンと蝙蝠傘の不意の出会いのように美しい、とか)は今では珍しいものではなくなっている。

赤瀬川:「シュールリアリズム」と言うと、ちょっと素人っぽい感じがするんですよ。それがさらに「シュール」だけになると、もっと俗っぽくなる。
伸坊:そうそう、「エロティシズム」が「エロ」になるみたいなね。
赤瀬川:不自然なことを指すのに「シュールな」とか、そういう俗語として当たり前になりましたよね。(「芸術新潮」2月号、赤瀬川原平と南伸坊の対談から)

・・・これも相当昔の歌だけど、「飛んでイスタンブール」も、「人の気持ちはシュール」とか唄ってたっけ。しかしまあ、かつてはまさに革命的な芸術運動だったシュルレアリスムも時代と共に大衆化が進んで、いまや下手をすれば陳腐化寸前なのかも知れないと思うと、ちと複雑な気分です。

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