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2011年3月31日 (木)

ルサンチリーマン。(笑)

昨夜のNHK教育テレビで、ニーチェの著作「ツァラトゥストラ」の解説番組を見た。全4回の初回。「100分de名著」と題されたシリーズ番組で、毎週水曜日夜10時から25分間の放送。昨秋の「一週間de資本論」が好評だったのか何だったのか知らないが、その路線で新たな企画を立てたって感じ。

解説は西研先生。とくれば、これはもう分かりやすい内容になるのは約束されたようなもの。番組司会は堀尾正明キャスター。哲学科の学生だったとか。意外すぎる。

第1回は主に、ニーチェの生涯と、「ルサンチマン」の話。「ツァラトゥストラ」のストーリーをアニメで見せたり、なぜかコント「ルサンチリーマン」(笑)のコーナーもあったりして、オフィスの中で若いサラリーマンが「もう10年早く生まれてたらなあ~」とかブータレてるだけのコントだったけど・・・でも、結構こういうの好き。(苦笑)

で、ルサンチマンを克服するためには「価値の転換」、と話は続くのだが、それはニーチェ的にはキリスト教道徳の批判になるわけだから、ニッポンのルサンチリーマンにはあんまりカンケー無さそうな話かもなあ。

ま、とにかく番組テキストも買ったし、全4回見ることにいたしましょう。

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2011年3月25日 (金)

嬢メタル、とか。

今月の初めに「BURRN!」誌を立ち読みして目に付いたのが、「嬢メタル」なる言葉。それは文字通り、女性ボーカリストが歌うメタル・ロックを指す言葉で、新譜を出す「リブ・ムーン」なるバンドのインタビュー記事で使われていた。

そのリブ・ムーンの女性、これがまた、どキレイな人で、この人がメタルを歌うのかいな、へええええ~って感じだった。

で、そのリブ・ムーンの既発表アルバム「カバーズ」を買ってみた。このCDはタイトル通りカバー曲集で、ディープパープルやクイーン、アバなど自分には馴染みのある曲ばかり(ということは古い曲ってことで、なぜこういう選曲なのか不思議だが)なので、とりあえずこれを聴いてみることにした。

でも入手してみたら、CDプラスDVDも付いていて、こちらはオリジナル曲のビデオ・クリップ集だった。なるほど、リブ・ムーンはビジュアルも大きなセールス・ポイントだし、DVDを付けるのも当然の販売戦略だな。販売単価も上げなきゃいかんだろうし。

しかしDVDを見ると、このリブ・ムーンの世界は、どう受け取ったらいいもんなのかと思う。アマゾンのレビューを参考にすると、まあ賛否両論というのか、時にオペラチックになる歌い方に対して好き嫌いが分かれるというのか、そんな感じ。これはゴシックメタルとかシンフォニックメタルと言っていいのか、そもそもメタルなのかどうか。アニメソングみたいだとか、アキバ系ハードロックなんて評もある。面白いことを言う人がいるもんだ。

それで何かねえ、歌謡曲っぽいのが良い曲に聞こえる。メタル歌謡。別に悪くない。歌謡曲こそは、日本語の歌の最良のかたちである。どんなジャンルであろうと結局「歌謡曲」化するのが、日本語の歌のチカラかも知れない。と、昭和の人間である私は思う。

それはさておき、この宝塚出身というアカネ・リブさん、美しい容姿と声を併せ持つ、希有な人材なのは間違いない。ダーク・ミューズだかメタル・ディーバだか何でもいいけど、もっともっと存在感を高めて一般的な人気も集めてもらいたいもんだ。

ロックはやっぱり、ブリティッシュ・ハードロック、プログレッシブロックが基本と考える70年代ティーンエイジャーの私も、これを機会にゴシックやらシンフォニックやらのメタルも聴いてみるか・・・。

しかし実感としては、いまやロック音楽は質的にも量的にも飽和状態の気配だ。世界中でたーくさんのバンドがたーくさんの音楽を作っているのだから、何をやっても、どっかで聴いたことがある、っていう感じになるのも無理はないような気がする。音楽を作る側は大変だとしか言いようがない。

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2011年3月20日 (日)

なぜか近頃気分はプログレ

どうしたことか今年に入ってからプログレッシブロックを聴き直している。

昨年末に日本橋のある銀行の店頭コンサートでケルト音楽を聴いたのをきっかけに、最近のケルト系アーティストのCDをいくつか聴いてみたのだが、結局アコースティックな民族音楽は自分にはどうも刺激が足りなくて、その時少しは面白いと感じたのは、ヴァルラウンというバンドだったのだが、これはエレキでプログレチックな要素もあって、ここから次第にプログレ気運が高まっていったのだった。

そしてネット検索で、昨年の夏場に「WONDROUS STORIES」というタイトルのプログレ・オムニバス盤(輸入)が出ているのを見つけて、2枚組と4枚組の2種類あったけど結局両方とも購入。2枚組に入っているフォーカスの「悪魔の呪文」がたまらなくカッコイイ。4枚組に入っているイエスの「ラウンドアバウト」、今聴くと結構ポップな感じすらある。どういうわけかユーライア・ヒープが入っているけど、プログレと言えば言える・・・のかな。このオムニバス盤を聴くと、ポップだったりハードだったり、実に多様な曲が入っていてプログレ色々というか、むしろプログレって何だ、みたいな感じもしてくる。

さらに昨年11月頃に出ていたキャメルの2003年フェアウェルツアーのDVD、エイジアのライブCD「スピリット・オブ・ザ・ナイト」、エディ・ジョブソンのライブCD「アルティメット・ゼロ・ツアー」を購入。どれも結構良かったです。ジョブソンのCDについては、アマゾンのレビューで音のバランスに否定的な意見がちらほらあって、その一方でそれなりのオーディオを整えればOKとの意見を開陳しているサイトもある。自分はその辺は特にうるさいファンではないけど、何しろ2枚組3800円なので、まあできればUKとキング・クリムゾンの曲だけで1枚ものにして値段を安くして欲しかったなと。(苦笑)

ジョブソンの「スターレス」フル・バージョン演奏は素晴らしい(拍手)。エイジアの「スターレス」は例によって歌の部分だけ。ならやるなよ(不満)。

こんな具合になぜかプログレ気分に入ってる時に、さらに驚かされたのは、UKの再結成来日公演の実現。自分がそのニュースを知ったのは、4月15日16日の公演チケットが完売して、18日の追加公演が決まった後。32年前のライブを見た自分としては、見る方がいいのか見ない方がいいのか微妙に感じたが、知ってしまったらどうしようもなく、本日早朝新宿に向かい、チケットの一部を販売するディスクユニオン前に並んだ。朝7時前に着いて順番は20人目。整理券を配る9時30分までに、もう20人近くやってきた。予想よりは少なかったかな。既に買う人は買ってしまったのか。10時30分販売開始、無事購入。9500円の高値だが、是非もないかと。今どき、お店に並んでチケットを買うのも新鮮な体験ではありました。

今しばらく、プログレ気分は続きそうです。

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2011年3月19日 (土)

シュルレアリスムは今

シュルレアリスムの画家の展覧会というのは、若い頃結構見たような気がする。ていうかその頃(1980年代前半の辺り)、その類の展覧会が多かったのかも知れない。だから、今回の「シュルレアリスム展」(東京・六本木の国立新美術館、5月9日まで)は、何か久しぶりだなあって感じで見に行きました。

展示の流れは、ブルトン中心にシュルレアリスム運動の歴史を回顧するというもの。絵画の展示は、知らない作家の作品数が多くて、その中にダリ、マグリット、ミロ、タンギー、デルヴォー等、シュルレアリスムの「スター」の作品が数点ずつ入るという感じのバランス。

まあ、このバランスだと、むしろ「スター」の絵の凄さが際立つなと思っちゃうんですよ。

ダリの絵はさすがに「こってり」してるな~って感心するし、ミロの絵は若い女性から「カワイイ」との評価?を受けていたし。マグリットは変に思わせぶりであんまり好きじゃないんだけど、いずれにせよメジャーな画家はやはり問答無用で唯一無二の個性を発揮しているよな、と当たり前のことをあらためて強く感じました。

シュルレアリスムの運動は、両大戦間に勃興した。世界が合理主義では捉えられなくなったことが誰の目にも明らかになった時代に、混沌とした現実を凌駕しつつそこから美をつかみ出そうとする果敢な意思、とでも言っておきましょうか。

しかし戦争と革命の20世紀は既に遠くなった。もはや、混沌とした現実と向き合うシュルレアリスム運動の強度を実感することは難しいし、何よりシュルレアリスム的な感覚(手術台の上のミシンと蝙蝠傘の不意の出会いのように美しい、とか)は今では珍しいものではなくなっている。

赤瀬川:「シュールリアリズム」と言うと、ちょっと素人っぽい感じがするんですよ。それがさらに「シュール」だけになると、もっと俗っぽくなる。
伸坊:そうそう、「エロティシズム」が「エロ」になるみたいなね。
赤瀬川:不自然なことを指すのに「シュールな」とか、そういう俗語として当たり前になりましたよね。(「芸術新潮」2月号、赤瀬川原平と南伸坊の対談から)

・・・これも相当昔の歌だけど、「飛んでイスタンブール」も、「人の気持ちはシュール」とか唄ってたっけ。しかしまあ、かつてはまさに革命的な芸術運動だったシュルレアリスムも時代と共に大衆化が進んで、いまや下手をすれば陳腐化寸前なのかも知れないと思うと、ちと複雑な気分です。

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2011年3月18日 (金)

震災と原発に関する雑感

東北地方太平洋沖地震の発生から一週間。大津波に原発事故、まさに国難の日々。

しかし、この震災の呼び名は結局何になるんだろうか。今のところ「東日本大震災」の類が多く使われているみたいだ。しかし「東日本」って、範囲が広すぎないか。まあアバウトだから便利、ということもあるだろうけど。それから、NHKの使っている「東北関東大震災」には凄く違和感がある。関東いらないだろう。東北の人々に申し訳ない。何しろ死者・行方不明者の数は岩手・宮城・福島がケタ違いに多いわけだから、単純に「岩手・宮城・福島震災」じゃいかんのか。よくわからん。

先週末のテレビの震災関連映像で一番インパクトがあったのは、福島第一原発1号機の爆発の瞬間。物凄い勢いで多量の煙を噴き出す原発、あれにはたまげる。テレビ局はみんな原発に向けてカメラを据えつけているのかと思ったら、この爆発を収めたのは日テレ(福島中央テレビ)だけだった。お見事。

今週の株式市場の下げにも肝を冷やした。15日には日経平均1000円安。下落率ではブラックマンデー、リーマン・ショックに次ぐ歴史的下げ。東京電力株は暴落。2000円台の株が715円まで叩かれた。その後は目先筋のディーリング銘柄となって、今日は900円台まで戻して引けた。しかし電力株10社の中で一番安い株になってしまったぞ。

他の銘柄では、16年前の阪神大震災の時に仕手化した不動建設(現・不動テトラ)の商いが活発だったのが目を引いた。円相場も1ドル=76円台に急伸、阪神大震災直後の高値79円台を更新するなど、デジャブというのか何だか実に妙な感じだ。

国難の日々はまだ続く。でも、円高阻止に向けた協調介入とか、未曾有の大災害に襲われた日本に対する世界の評価や支援が好意的なので救われている面もあるな。

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2011年3月17日 (木)

震災と円高

為替市場では円高が急速に進行、円ドル相場は76円台という高値を付けた。

かねてから若林栄四氏が唱えていた円の高値予想74円に一気に近づいた。

若林氏は一昨年末の時点で、1ドル=74円の時期は2011年秋としていたが、昨年秋にはその時期を2012年2月に先延ばししていた。

とはいえ、為替相場の転換点の時期を当てるのは至難の技。予期せぬ大震災の到来をきっかけに、円の高値74円前後の実現が前倒しになる、という可能性も強くなってきた感じだ。

1995年4月の1ドル=79円は、阪神大震災の3ヵ月後に付けたもの。16年後の円の最高値更新も、やはり震災の直後とは、何とも面妖な気分になる。

95年はバブル崩壊後の時代でもあり、海外資産を売却して円資金が国内に還流する、いわゆるリパトリエーションが語られていて、今回も同様に説明する向きがある。

しかしながら異なる見方として、円を借り入れて日本株や社債を買っていた海外投資家が、震災後の資産価格急落により、追加証拠金を差し入れる必要(マージン・コール)が生じたことから、円に対する需要が高まった結果の円高という解説もあった。

いずれにしても、若林氏によれば、74円前後がドルの大底とのことなので、ドル円相場は大きな転換点が近づいているものと意識される。

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2011年3月11日 (金)

大地震!会社から歩いて帰る

午後3時前、東北地方で非常に強い地震が発生、東京も震度5強の揺れに襲われた。震度5っていう地震は過去に覚えがなくて、自分の経験ではたぶん最大で震度4だったと思うんだけど、とにかく今回の揺れの激しさは非常に不安な気持ちにさせられた。

会社にいて、結構大きな揺れが長い間続いて、それが収まった後はいったんビルの外に出て近くの公園まで行ったが、既に周囲のオフィスから大勢の勤め人が集まっていた。しばらくしてから会社に戻ったが、電車が止まっているということで、これは再開がいつになるか判らないと思い、早目に帰宅を開始。

中央区新川から、目指すは江戸川区葛西。東に向かって歩き出し、隅田川の永代橋を渡って門前仲町。だいたい午後5時。そこから北に進み清澄庭園へ。5時15分。ここに来たのは、都営バスの葛西行きに乗れることを期待したから。停留所にバスを待つ人の列もできていて、自分もその中に入ってみた。が、どうも来るような感じでもないので、結局15分後、前進あるのみと腹を括って再び東に向かって歩き始める。5時30分。

日没。途中、江東区の境川でバスが止まっているのが目に入る。乗ろうかな~と思ったのだが、何となく既に避難訓練モードに入っていて、とにかく葛西まで歩いてみるかということで、引き続き前進。まあ今日は都民の避難訓練の日だな。これもいい経験だ。清洲橋通りから一本南の葛西橋通りに出ると、人がぞろぞろ歩いている。みんな、荒川にかかる葛西橋を目指す人たちだ。夜の寒風吹きすさぶなか、葛西橋を渡る人の列が続く。しかし荒川放水路って大きい川だなあ。なかなか対岸に行き着かない。東西線の電車に乗ってるとすぐに通過する距離なんだけど。葛西橋をようやく渡りきってジャスコに到達。7時15分。とりあえずここまで来れば、という安堵感。7時30分、西葛西駅。タクシー乗り場に長い列。電車はやはり動いていない。再開の見込みも立っていない。歩くしかなかったなと納得。晩飯どうしようかと迷いながらも、早仕舞いしている店も目に付き、そりゃそうだなと思いつつ歩き続けて、葛西駅、そして8時過ぎにウチに着いた。

部屋はどうなってるのか、見るのがちょっと恐かったが、とにかく本棚が倒れてなくて良かった。大きな本棚にはつっかえ棒はしていた。それが有効だったのかどうか。スチール本棚が倒れてなかった。これは有り難かった。いくつかの小物が倒れていた。あと和室の電灯のカサがずれていた、そんな程度。しかしガスが使えなくなっていた。これはどうやるんだっけ。また後でいいか。

まあとにかく会社からウチまで3時間歩けば着く、ということが判った。病気で少し足が悪くなってるけど、歩けば歩けるもんだ。しかし革靴で歩き続けるのはしんどい。会社にスニーカーを用意しておこうかな、とか。

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2011年3月 6日 (日)

映画「ウォール・ストリート」

映画「ウォール・ストリート」は、「ウォール街」の23年ぶりの続編。前作と同じ監督はオリバー・ストーン、そして主役ゴードン・ゲッコーを演じるのもマイケル・ダグラス。しかし「ゴッドファーザーPARTⅡ」の16年後に「PARTⅢ」が出来た時も驚いたが、23年後の続編製作というのは、それを大きく上回るわけで、それをまたリアルタイムで経験しているワタシも長生きしてるもんだなと思う。

映画は、ゴードン・ゲッコーが裁判5年、懲役8年を経て2001年に刑務所を出た場面から始まり、さらに7年後の2008年が物語の展開される時代設定。つまり、現実世界ではリーマン・ショックが起きて株式相場が大暴落した年だ。

物語の中盤過ぎまでゲッコー氏は元・業界人のスタンスで行動しているのだが、最後はトレーディングを復活する。ロンドンに構えたオフィスの中で、髪をオールバックになでつけて太い葉巻をくわえながら「ゴードンゲッコー・イズ・バック」と語るゲッコー氏の姿を見た時は、なぜか楽しくなってしまった。わあ復活したよ、やっぱりこれでなくっちゃあ、って感じ。

まあ娘と彼氏との約束を破って、スイスの銀行に預けていた資金1億ドルでトレーディングを始めた時は、何ちゅう人やと思ったけど、娘名義とはいえ元々は自分の金だし、結局はその元手を10倍に増やして、1億ドルは当初約束した目的に当てたわけだから、どうってことないのだな。これが「1億ドルすっちゃいました」だったら、ただのバクチ好きのオヤジでしかないわけで・・・ゴードン・ゲッコーは投資家としてはもちろん、父親としても復活できた、というお話でした。

前作同様、ストーン監督も劇中にチョイ役で出演、前作の中心人物バド・フォックス(チャーリー・シーン)も登場してゲッコーと言葉を交わす。著名投資家ウォーレン・バフェット氏も彼自身の役で映るし、虚実ない交ぜの遊びが面白い。

この映画を見た時に、この人、あの人に似てるけどな~と思いながら見ていたのだが、やっぱりあの人だったか、イーライ・ウォラック。「ゴッドファーザーⅢ」で、マイケル・コルレオーネと旧知の間柄ながら敵に回るドン・アルトベロの役。今回は投資銀行業界の長老役なんだけど、ドンと同様に杖をついていて、手の動きも似ていて、あの人なのかなあとか思っていた。既に爺さん役だった「Ⅲ」から20年後も、やはりひと癖ある爺さん役で健在。何と1915年生まれ、95歳を超えているとは。感嘆するほかない。

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2011年3月 5日 (土)

ポンペイ、アマルフィ

2月21日。ナポリの朝は雨。観光最終日はまずポンペイへ。どうも今回の旅は遺跡では雨に降られるのかなという感じだったが、現地での見学開始の頃にはその雨も止み、次第に晴れてきた。

世界遺産ポンペイ、遺跡としては超有名だと思うが、自分は訪れたのは初めて。とりあえず一年前にポンペイ展を横浜で見てはいましたが。壁画や彫刻など出土品は博物館等に保存されて、時々日本にもやってくる、ということなんでしょうから、現地で目にするのは見渡す限りの廃墟です。しかし、この整然と区画整理された文明的な都市が、西暦79年に火山灰の中に埋もれた当時の姿のまま、1700年後に発見、保存されているという事実には、驚きを通り越して摩訶不思議な気持ちにさせられる。

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昼食後、アマルフィに向かう。世界遺産である。というか、正直ちゃんと認識していなかったのだが、アマルフィの街が世界遺産なのではなくて、アマルフィ海岸が自然遺産ということでした。しかし、そのアマルフィ海岸の小型バスでのドライブ、あんまり気持ちの良いものではなかった。海岸線沿いの道をくねくね走るし、その道路は高低差もあるので、日光のいろは坂みたいな所もあるし、これは子供の頃だったら確実に乗り物酔いしてたぞ。夏場にはクルーズするツアーもあるらしいので、ここの海岸はドライブするよりも海から見たほうがいいかもな、と思った。

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これで観光スケジュールはすべて終了。翌日22日朝ナポリを発ち、飛行機を乗り継ぎ、ローマから12時間のフライトで23日昼前に帰国した。

しかし海外旅行というのは終わってみれば、夢幻の如くなり、のような経験ですな。

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2011年3月 4日 (金)

アルベロベッロ、マテーラ

2月20日。観光4日目の朝はアルベロベッロ散策。この円錐形の屋根を付けた家(トゥルッリ)の集まりが、世界遺産とのこと。メインストリートは物品販売のお店が並んで、結構観光地化しているし、日本語の看板も目に付く。実際、日本人が開いている店もあって、家の奥まで住居の作りなど見せてもらったりした。

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次に訪れたのは、やはり世界遺産のある街、マテーラ。サッシと呼ばれる洞窟住居群がそれ。なかなかの奇観ではある。

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アルベロベッロとマテーラ、この2つの街については、自分的には特に思い入れの無い全くの観光、文字通りのsightseeingでした。この地域には世界遺産がもうひとつ、フェデリーコ2世が建造したカステルデルモンテという城館があるけど、今回のツアーコースには入っていない。やっぱり観光対象としては一般的ではないというか、優先順位は低いのだろうな。U社の南イタリアコースには、カステルデルモンテが入っているけど、10日間と長い。ので、現役世代には不向き。同じU社の南イタリア、もう少し短い8日間コースは団体ツアーではない、「自由旅行」スタイル。添乗員の代わりに、現地ガイドが付く。・・・ということで、少しはイタリア語を学んでおいた方が良いのかなと思ったり。

マテーラの後は、一路ナポリへ向かう。夕方には到着。市内の中心部をバスで回る。城や王宮を眺め、カプリ島を望んだ。

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2011年3月 3日 (木)

タオルミーナ

2月19日。朝、ホテルの部屋からの眺め。タオルミーナはシチリアのリゾート地で、夏のシーズンにはヨーロッパ各地から、わんさか人がやってくるらしい。団体ツアーでなければ、自分がこんなリゾート・ホテルに泊まるなんてありえないな。

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観光3日目は10時過ぎまで、タオルミーナの街を散策。ここにはギリシャ劇場という立派な遺跡がある。

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その後バスで北に移動、メッシーナから対岸のイタリア本土に渡る。バスごとフェリーに入って、長靴の形をしたイタリアの「つま先」を目指す。海峡の風は強く、冷たかった。

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本土上陸後は、一気に長靴の「かかと」、プーリア地方まで今回ツアー一番の長距離移動。5時間以上走り続けて夜7時頃アルベロベッロ到着。

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2011年3月 2日 (水)

アグリジェント、シラクーサ

2月18日。ヨーロッパ旅行の時差ボケは目覚めが早い。朝の4時台には起きてしまうので、6時頃の夜明けが待ち遠しい。観光2日目はパレルモからアグリジェントに南下、さらに東に向かい、シラクーサに立ち寄ってから、タオルミーナまで北上する、結構長距離のバス旅行。前日見て回ったパレルモが中世シチリア王国の都なら、この3都市は古代ギリシャの街。古代のシチリアにはギリシャ人が移り住んでいて、神殿などかなりの数の遺跡が現在に至るまで残っている。

アグリジェント、神殿の谷。桜に似たアーモンドの花が咲いている。天気は残念ながら雨。

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コンコルディア神殿。保存状態はかなり良い神殿。

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シラクーサのドゥオモ。ギリシャ神殿がキリスト教会に改造された建物。

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雨に濡れるドゥオモ広場。右手奥がドゥオモ。

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夜7時半頃、タオルミーナに到着。

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2011年3月 1日 (火)

パレルモ

2月16日から23日まで、シチリア島と南イタリアの周遊ツアーに参加した。日程は8日間あるけど、往復の飛行機で3日使うから、現地観光は丸5日。どうしても駆け足にはなるのだが、とりあえず前々から漠然と願っていたシチリア行きがやっと実現しました。自分的には9年ぶりになる、ホントにしばらくぶりの海外旅行。その簡単な旅日記をば。

観光初日(2月17日)はシチリア島のパレルモ。まず近郊のモンレアーレの大聖堂を見てからパレルモに戻り、旧市街を歩く。クワットロ・カンティ(四つ辻)、

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プレトリア広場から、サン・カタルド教会へ進み、

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街歩きを続けて、カテドラルに入場。

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NHK「文明の道」で見たフェデリーコ2世の棺は、このカテドラルの中に置かれているが、『シチリア歴史紀行』(白水社)に記されているように、現在は有料スペース。団体ツアーでなければ入るんだけど、今回はスペースの外から写真だけ撮る。とりあえず、ここにあるんだな、ということで。

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マッシモ劇場。「ゴッドファーザーPARTⅢ」のクライマックスシーンの舞台。しかし、あれももう20年前の映画なんだなあ。現在上演しているのはマーラー作品ですかね・・・。

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劇場の側にあるレストランで昼食。その後ノルマン王宮の礼拝堂を見て、初日のスケジュールは終了。途中、観光バスの中から、広場にいた子供たちと手を振り合って交流?した。イタリアの少年少女は元気の良いところを見せてくれて最高だった。

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