« 伴侶の死・寺澤芳男氏の場合 | トップページ | 近藤誠、「週刊文春」で再反論 »

2011年1月20日 (木)

伴侶の死・上野正彦氏の場合

たまたま読んだ「週刊現代」(1/29号)の記事(「余命3ヵ月」そう宣告されてからの物語)の中で、元監察医の上野正彦氏(82歳)が妻の死について語っていた。

上野氏の奥さんは、2006年3月に胃がんの末期と診断を受けて「余命半年」と告げられた。奥さんはただちに入院。上野氏は病院に寝泊りして、執筆や講演活動を行った。奥さんは杉並区議を16年務めて、入院の前年に引退していた。「結婚して40年以上。お互いに忙しくて、一緒にゆっくり過ごした時間は初めてでした」。入院してから1ヵ月が経ったあるとき、奥さんから「なるべくそばにいて」と言われた。「あの頃、妻は死を悟ったのでしょう」。上野氏はその後の仕事をキャンセルして、できるかぎり一緒にいるようにした。奥さんは告知を受けてから1ヵ月余りで亡くなった。享年71歳。「妻が告知を受けてからの40日間が、最も濃密な夫婦の時間でした」。そして上野氏は、「第三者の死」と「身内の死」は違うと初めて気がついた。

「監察医である私は『死はナッシング。死んだら体と精神は滅びる』と思っていました。でも、妻の死は違いました。死んだ後も、妻は私の中にいる。死は『ナッシング』ではなかったのです。今は、あの世とやらで再会できることを楽しみにしています」。

・・・伴侶の死。それは、「死体の巨匠」の考え方も変える程の出来事なのだ。

伴侶に限らず、自分と深い絆で結ばれた人が全くの無になるなどと、いったい誰が思えるだろう。何の信心も持ち合わせていない自分も、母がこの世を去った時は、せめて魂だけは何処かにあってくれと願わずにはいられなかった。

|

« 伴侶の死・寺澤芳男氏の場合 | トップページ | 近藤誠、「週刊文春」で再反論 »

コメント

コメントを書く



(ウェブ上には掲載しません)




トラックバック

この記事のトラックバックURL:
http://app.f.cocolog-nifty.com/t/trackback/174032/38546240

この記事へのトラックバック一覧です: 伴侶の死・上野正彦氏の場合:

« 伴侶の死・寺澤芳男氏の場合 | トップページ | 近藤誠、「週刊文春」で再反論 »