« 「美人すぎる」の是非 | トップページ | 十字軍! »

2010年12月22日 (水)

社会保障関係費の呪縛

本日付日経新聞「経済教室」(社会保障改革の視点)執筆者は鈴木亘・学習院大学教授。最近も鈴木先生の著書『財政危機と社会保障』をメモしたけど、今日の日経記事は鈴木先生の主張を煎じ詰めた格好になっているので、改めてメモしませう。

2010年度政府予算の一般会計の社会保障関係費は既に27.3兆円と、政府が裁量可能な一般支出の約半分を占める。菅内閣はこれを「聖域」とした上、高齢化の進展に伴う1.3兆円の自然増も丸々認める。問題はこの1.3兆円の自然増が毎年上乗せされていくということである。そのたびに、ほかの歳出を1割カットしていくのであれば、十数年後には一般歳出は全て社会保障関係費に乗っ取られることになる。現在の財政運営が持続不可能であることは明らかだ。

消費税による財源確保が難しく、赤字国債拡大による歳出増も行わないとなれば、まさにこの「聖域」とした社会保障関係費を見直す以外に活路は無い。社会保障関係費のうち20.7兆円は、本来なら保険料で運営されるべき社会保険に安易に投じられている莫大な公費なのである。

すなわち日本では、基礎年金財源の半分は公費であるし、医療保険においても、後期高齢者医療制度や、国民健康保険(国保)、共済健保の給付財源の半分が公費で賄われている。また、介護保険に至っては、公費負担は6割近くに達しており、雇用保険でさえも13.75%の公費が投入されている。その結果、社会保障制度全体の約3割が公費負担で賄われている。

実は、こうして安易に投じられる公費が、給付と負担の間の関係を曖昧にして、国民の社会保障制度に対する「コスト感覚」を失わせているといえる。
また、自己負担率や保険料が本来あるべき水準よりも低いことから、過剰な需要が生まれている。この過剰な需要こそが、医療・介護・保育で待機者問題を引き起こしている主因なのである。さらに、多大な公費の存在は、過剰な行政介入、参入規制を正当化するから、この分野に新規参入が途絶えて、既存業者の高コスト体質が温存され、公費効率化がなかなか進まない。

こうした公費投入の副作用を考えれば、現在聖域とされている社会保障関係費こそ仕分け・削減の対象とすべきであろう。

・・・ということです。明快すぎるほど明快です。財政の圧迫要因は昔は公共事業費、今は社会保障関係費。暴論を言えば、社会保障制度は公費投入無し、保険料収入のみでやれるようにしろよ、って感じ。負担上昇や給付低下は、ある程度受け入れるとして。

|

« 「美人すぎる」の是非 | トップページ | 十字軍! »

コメント

コメントを書く



(ウェブ上には掲載しません)




トラックバック

この記事のトラックバックURL:
http://app.f.cocolog-nifty.com/t/trackback/174032/38175859

この記事へのトラックバック一覧です: 社会保障関係費の呪縛:

« 「美人すぎる」の是非 | トップページ | 十字軍! »