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2010年11月30日 (火)

人口規模と国家運営

日本経済「余命3年」』(竹中平蔵、池田信夫、鈴木亘、土居丈郎・著、PHP研究所)の第4章(経済成長の鍵になる考え方)からメモ。

竹中:今後考えなければならない問題として、国家の人口規模があります。いま世界の先進工業国で人口1億人以上の国は、アメリカと日本しかありません。ドイツでも東西合わせて8000万人ぐらいです。そんな大きな国のシステムに、いまの日本の制度はふさわしくありません。
重要なことは、一人あたりGDPの高い国を挙げると、ほとんどが人口の少ない国ということです。2009年は1位がルクセンブルク、2位がノルウェー、3位がカタールで、大国ではアメリカがようやく9位に出てくる程度です。これはやはり、人口の多い国の運営の難しさを物語っています。その意味で地方分権は、意味があります。所得の再配分も国全体でやるよりは、道州制にして、各地域でやったほうがいいのです。

鈴木:たとえばスウェーデンやデンマークでは、人口規模が小さいので、政府への信頼感は非常に高いものがあります。高負担・高福祉で、束縛が強いことは確かですが、幸福度調査などをやるとランキングが高く、1位や2位も珍しくありません。日本の場合、大きすぎるので、払ったものが返ってくるかわからないし、政府を信用しにくい部分があるような気がします。

土居:スウェーデンの場合、人口が少ない分、1億2000万人もいる日本より利害対立が小さく、だからこそみんなが求めることにもコンセンサスが得やすい。それをやれば、ある程度の満足感をみんなが得られる。ところが日本は「大きな政府か、小さな政府か」という議論もあるように、「より多く政府が関与するかたちでやってほしい」という人と、「あまり関与してほしくない」という人が、かなりバラバラです。

池田:先進諸国を見ても、政府の規模はこれ以上大きくせず、なるべく縮小の方向に進もうとしています。企業など中間集団が弱くなってきたのだから、地域や企業にやらせるのではなく、政府が直接分配で個人を守るしかありません。そこから先は個人が自己責任でやっていく。そのような、ある種の個人主義の社会に変えていくしかないと思います。

・・・日本というのは大きくて豊かな国であるがために、何かを変えようとしても何も決まらない国になってしまったようだな。

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2010年11月29日 (月)

政策の期待値を高めよ

日本経済「余命3年」』(PHP研究所)は、竹中平蔵、池田信夫、鈴木亘、土居丈郎の共同討議の書。第1章(「国家破綻」に至るシナリオ)から竹中発言をメモ。

(日本の財政運営が)持続可能かどうかを判断するうえで、いちばん大事なのは市場のエクスペクテーション(期待値)です。これは事態を管理する能力が、政府と社会にどれだけあるかに対する期待です。
「プライマリーバランスは回復する」という期待が多くの人びとに共有される状況になれば、国債発行残高が多くても、それほど混乱は起こりません。逆に国債発行残高が少なくても、管理能力がまったくないと判断されれば、市場は混乱します。要は、期待値がどれぐらい大きいかに尽きるのです。

破綻とは、単純化していえば、次のようなことです。国債が暴落し、それに伴い金利が高騰し、金利が高騰することで株価が下がる。そうなると日本経済のファンダメンタルズ全体に対する信頼が揺らぎ、通貨が売られる。つまり円、株、国債がすべて下がる、トリプル安になるのです。
トリプル安、とくに円が下がると、インフレが起こります。為替の下落と同時に起こるインフレは資源の輸入国である日本にとって怖いものがあります。インフレに伴って経済が停滞し、さらに高金利になるという最悪のシナリオになるのです。これを防ぐには、国債が暴落しないよう市場の期待値を保つことが、最初の段階では非常に重要です。

私は政策というのは、リスクを回避しながらやるべきだと思います。日本は基本的に市場のエクスペクテーション(期待値)に依存している一方、金利上昇が起こるリスクを抱えています。そのリスクがあまり大きくならないうちの問題解決が必要で、その意味では2013年を一つのポイントにする必要があります。
民間部分のネットの資産が約1000兆円あり、2012年から13年ぐらいには、これに国債の発行残高が追いついてしまう。もう一つ、2015年には広義の団塊世代が全員、年金受給年齢に入ります。彼らの社会保障費が、やはり2013年頃からいっきに増えはじめる可能性が高い。2013年度までに、市場のエクスペクテーションを向上させる筋道を示し、それに納得している状況をつくらなければならない。
よく日本経済は「全治3年」などという人がいますが、私は「余命3年」と考えたほうがいいと思います。2012年、13年までが最後のチャンスで、それを超えていまのような状況が続くと、本当に何が起こるかわかりません。

・・・市場のエクスペクテーションを高めることに失敗した時、「だめだこりゃ」ということで債券、株、円のトリプル安、全面的な「日本売り」が現実のものとなる。現状のような政策の停滞が続けば、そうなる確率は結構高いような気がする。

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2010年11月26日 (金)

メタル「ビッグ4」DVD

今年6月、スラッシュメタル「四天王」の競演が東欧で実現。その「ザ・ビッグ4」ツアーから、6月22日ブルガリア・ソフィア公演の模様を収めたDVDが発売された。アンスラックス、メガデス、スレイヤーの演奏時間が各1時間、メタリカが2時間と、構成からみてもメタリカがメイン。パワフルな演奏に、日没後の照明や花火など演出効果も加わって、メタリカが大観衆と一体化していくさまを見ると、結局このツアーはメタリカのためにあったんだな~と実感させられる。

この4つのバンドの中で自分がまあまあ聴いているのはメガデスだけだし、それも一度解散した後からという、実に年季の入っていないファン。なので、四天王結集と言われても特に感慨も無いし、メガデス以外のバンドを初めてじっくり見ても新たな興奮を呼び起こされることもなかった。アンスラックスはノリの良いバンドだな~という感じ。ライヴのひと月前に死亡したロニー・ジェイムス・ディオを追悼して、ヘブン・アンド・ヘルを歌っていた。スレイヤーは何だか怖えーという感じしかしない。でもこれが一番文字通りのスラッシュメタルということかな。メタリカはスピーディ、スロー、ヘヴィと楽曲には比較的幅があるような感じはするが、基本的にマッチョでエネルギッシュなロックだなあと。やはり自分にはメガデスが一番面白い。

70年代ティーンエイジャーである自分は、ブリティッシュ・ハードロック、プログレッシブロックこそが音楽の最上級に位置するということで育った。ので、どうもパンク・ニューウェイブ以降のロック、ましてやアメリカのロックには基本的にネガティブだったりする。それでもメガデスをとっかかりに今回、とりあえず「ビッグ4」を見て、さらに雑誌「メタリオン」36号で勉強すると、アメリカ・スラッシュ・メタルの大きな源流が、ニュー・ウェイブ・オブ・ブリティッシュ・ヘヴィ・メタルとのこと。NWOBHM、あったなあそういうの。でも、アイアン・メイデンすら最初のアルバムだけ聴いて、後はさっぱりだったくらいだから、他にどんなバンドがあったのかなんて覚えちゃいない。

どうも自分のロックの感覚は、基本的に70年代前半で止まっちゃってるらしい。昔は、名曲がたくさんあったような気がするけどなあ~(遠い目)。それでも何がロックらしいロックかと問われれば、今ならヘヴィメタルじゃないかな、とは思うんだけど。

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2010年11月25日 (木)

三島由紀夫没後40年

1970年11月25日、三島由紀夫が自決して今日で40年。

当時、自分は小学5年生。とにかく不可解な出来事だった(そりゃそうだ)記憶がある。

でもそれなりに関心を持って、ある週刊誌の「三島由紀夫最後の絶叫」と題された付録ソノシート(死語)を聞いた。てっきり割腹の時の叫び声でも入っているのかと思ったら(まさかねえ)、市ヶ谷バルコニーにおける演説が収められていたのでした。でも、集まった自衛隊員から飛び交うヤジやヘリコプターらしき騒音の中で、非常に聞き取りにくい録音だった。というか、そもそも何の話だか分からんのだけど。しかし意味が分からないままに、「シビリアンコントロール」という言葉を初めて覚えましたね。

それと、父親が「B式だね」とか言ってるのを聞いて、何だろうって感じだったが、後で「美意識」であることを了解。作家の美意識に基づいた行動だと言ってたんだな。

作家が死の直前に記した、日本はやがて消滅して、無機的でからっぽな経済大国が極東の一角に残る、との「予言」はよく知られている(・・・のかな。20日付日経新聞コラム「春秋」にも引用されていたけど)。物質的繁栄の中で日本的「精神」が失われることを、作家は危惧していたのだろう(たぶん)。しかし40年経った今、日本は「精神」どころか、経済の強固な基盤すら失いつつあるのではないかと感じられる。おそらくこのままいけば、アジア新興国にパラサイトする老大国が極東の一角に残される、ような気がする。

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2010年11月24日 (水)

資本と国民(国家)の分離

昨日勤労感謝の日の午前中、NHKで「雇用危機」と題して、解説委員たちによる討議番組が放送されたのに続き、今日のNHK「クローズアップ現代」では、「新・就職氷河期」とも言われる状況(大学生の内定率が6割を切る)を伝えていた。企業の求める人材の能力が高いため、学生は内定を取ることが非常に難しくなり、就職活動も長期化しているという。

昨日の番組の中で示されたアンケート調査では、「雇用危機」の原因について「グローバル経済」を挙げる人が「不況」を挙げる人よりも多かった。つまり、構造的な要因が大きいという認識が強まりつつあるようだ。

新刊の『超マクロ展望 世界経済の真実』(水野和夫、萱野稔人・著、集英社新書)からメモしてみる。

水野:資本の動きを一国で支えるにはあまりにそのスケールがでかくなってしまった。
萱野:いわゆる国民国家の枠組みでは、もはや世界資本主義を担うような主体にはなれなくなった。
水野:それが最終的には資本と国民国家の分離ということになる。利子率革命という点からみても同じことがいえます。利子率革命とは、低成長の時代になって資本が高い利潤を求めて海外にいくことを意味します。それによって日本でも工場の海外移転がすすみ、それこそ労働市場を国内的に維持することができなくなる。国民経済が資本によって支えられなくなってしまうんですね。つまり、国民国家は資本に裏切られたかたちになってしまうのです。
萱野:資本と国民の分離ということで深刻なのは、先進国の中産階級です。現代のように生産拠点がどんどん先進国から新興国に移り、先進国の資本がますます新興国の生産現場とむすびつくようになると、先進国の国民に仕事やお金がまわってこなくなってしまう。図式的には、先進国の資本は先進国の国民を見捨てることになるわけですね。先進国の労働者は新興国の労働者との国際競争に敗れて没落してしまう。

・・・「雇用、雇用、雇用」と菅総理は叫んでいたけれど、結局雇用を作り出すのは産業資本なのだから、まずは国内外の資本をいかに日本国に留めておくか引きつけるか、そのことを考えて実行するべきじゃないのかね。

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2010年11月14日 (日)

奈良井、妻籠、馬籠を歩く

JR東海さわやかウォーキングが、13日奈良井、14日妻籠~馬籠と2日連続で中山道コースの日程を組んでいたので、東京から一泊旅行として参加した。

13日土曜日は、新宿駅朝8時丁度出発の特急「スーパーあずさ」で塩尻まで行き、そこから奈良井に向かう。駅に到着した時は、ウォーキング最終スタート時刻の11時を過ぎていたが、マップもくれたし、そそくさとコースに入り、奈良井宿の西側の山道、といっても車が通れるほど幅の広い道を一人でとぼとぼ歩いていく。1時間半ほどで鳥居峠入口(峰の茶屋)到着、折り返す格好で奈良井宿の方へ下っていく。ここからは以前歩いたことのある道。下りでもあるし、1時間もしないうちに奈良井宿に到達。もちろんゴール最終時刻の3時までには余裕を持って駅に戻れた。夜は中津川駅前のホテルに宿泊。

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14日日曜日の朝、中津川からウォーキングスタート駅の南木曽に向かう。臨時列車で8時23分到着。いつものように中高年の参加者多数。この時間の到着者は、名古屋駅6時半出発の人々。みなさん熱心なのである。
今日のコースは南木曽駅から妻籠宿、さらに馬籠峠を経て馬籠宿に至る13㎞余りのコース。距離が長めだし、結構上ったり下りたりして、歩き応えあり。実感していることだが、ウォーキングイベントでは、周りに人が歩いているから自分も歩き通せるので、一人で歩いてたら間違いなく途中でへたれる。道中で耳にした、休憩中のおじさんの声。「一人じゃ上れん。みんなおるから上れる」。そのとおりじゃ。

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妻籠宿も馬籠宿も結構賑わっていた。秋の旅行シーズンということで、そぞろ歩く団体ツアー客も結構目に付いた。(写真は上から奈良井宿、妻籠宿、馬籠宿)

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2010年11月 7日 (日)

居酒屋「池田屋」

少し前、「寺田屋」と「池田屋」を間違えて検索したら、池田屋の跡地が居酒屋になっているのを発見して、「あれっ、これ前、パチンコ屋だったよなあ」って感じで驚いた。そーかー、居酒屋か~、雰囲気としてはパチンコ屋よりは良いよな~。で、何となく自分の目で確かめたくなって、わざわざ京都まで、昨日行ってまいりました。

京都は寺の町。基本的に城に行く人の私が見るところは二条城くらいか。ということで午前中は二条城を訪ねて、二の丸御殿などを見学。大政奉還も近いことだし。大河ドラマの話ね。お昼は二条城の近くで湯葉料理を頂いてから、地下鉄で京都市役所前に移動。本能寺を通り抜けて、三条大橋方向へ。

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ありましたよ池田屋。居酒屋だから夕方からやってるんだろうと思ってたが、土日祝日は昼間も営業してた。昼ごはんを食べた後だったので、中には入らなかったけど、なかなか良いよね、こういうの。人通りの多い場所にある店の前で足を止める人も結構いたし、立て札を熱心に眺める人も見受けられた。

ところで河原町三条には「かっぱ寿司」がある。見るとつい入りたくなる。しかし、やはり食べすぎは良くないよな・・・店を横目に河原町通りを南下。程なく、坂本龍馬暗殺の地である近江屋跡に到達する。ここも以前は旅行会社の店舗だったはずだが、コンビニに変わってた。店内に龍馬グッズも置いてある。無念だったろうな、龍馬。軍鶏鍋食べる前に殺されて。違うだろ。

その後四条河原町から四条通りを西にぶらぶら歩いていく。もちろん繁華街だから混雑してるんだけど、京都も人が多いな~とか思ったりする。四条烏丸まで来て気が付いたのは、ロック専門のCD屋さんが無くなっていたこと。京都に来ると、余った時間の調整に立ち寄る店だったのに。この御時世、CD屋さんは厳しい。と思いつつやっぱ残念。

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2010年11月 3日 (水)

岩村城に行く(再訪)

今日は岩村城を5年ぶりに訪ねた。前回は名古屋在住の時、人に勧められて、とにかく行ってみた、という感じだったので、石垣をじっくり見るとか、縄張を確認して歩くとか、やってなかった。ので、もう一度行ってみないといかんな、という気持ちが徐々に強くなりました。

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東京から日帰り、というのも出来なくは無いが、まあ無理せず前日の夜に名古屋入り。今日の朝8時17分、中央線快速電車に乗って名古屋駅を出発。1時間程で恵那駅に着き、明知鉄道に乗り換え。10時頃に岩村駅到着。かつての城下町、古い町並みを眺めながらゆっくり歩く。町では電線地中化の工事が来年3月までの予定で進められていた。前回来た時に古い町並みに電柱は要らないよ、と感じていたので、結構なことだなと思う。駅から30分程で、お城に向かう登山口(太鼓櫓などがある)に。さらに20分程石畳の山道を上って大手門、城内へ。写真は岩村城特有の六段の石垣。

しかし今日はウォーキングイベント、スタンプラリーをやっているらしくて、やたらと子供が歩いていて、山城に人、それも子供が多くいるというのも何か妙な感じだったな。

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今回は少し予習して見どころをチェックして来ました。その一つが写真の本丸埋門(うずみもん)。本丸と二の丸の間に位置する門の跡で、左手の石垣が野づら積み、右手の角っこがすっきりしている石垣が打ち込みハギと、異なる積み方になっております。興味深いではありませんか。そうでもない?

岩村城は標高700メートルを超える、最も高い場所にある山城として知られる。といっても、実際にはゼロメートル地点から出発して上るわけではないので、それほど高所にあるという感じはしない。とにかく駅まで来れば、そこからとぼとぼ歩いて(もちろん坂道は少ししんどいけど)行き着けるので、山城の中では比較的行きやすい城だと思う。

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