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2010年10月27日 (水)

世界経済は「恐慌過程」

一週間de資本論』(的場昭弘・著、NHK出版)は、9月末に放映された同タイトルのNHK教育番組の書籍化。番組のガイド役・的場先生はゲストの森永卓郎、湯浅誠、浜矩子、田中直毅と対談。以下は「恐慌」をテーマにした、浜との対談からのメモ。

:従来だったら恐慌では、膨張しすぎたものがぐっと過激にしぼんでいくことでバランスをとっていたわけですよね。今は恐慌という大遭難を我々が経験しても、そこに財政政策と金融政策というレスキュー隊が来てくれるから大丈夫だという体制をつくっているんだ、と。だけど、現状では財政破綻が問題になり、金融政策ももうやることがないという感じになっている。

的場:言い方を変えれば、金融政策も財政政策も所得の再分配です。本来は労働者の賃金あるいは資本家の所得なんですが、税金という形をとって再分配して需要を出していると。しかし、これが実際に税金をベースにしていればいいんですが、それが公債でしょう? そもそも公債は、空なんです。空でどんどん増やしているから、当然借金がかさんでいく。これもある程度で限界がきますよね。

:そうですよね。今、グローバル時代でしょう。だからそれこそ人・物・金は国境を越えていろんなところに行っちゃうわけですよ。だけど、税金をベースにした財政というのは、あくまでも国のなかでしか動けないんですよね。

的場:国家は国家単位でしか動けないし、銀行も国家単位でしか動けない。一方、資本のほうはグローバルに、勝手に動いているんですね。そのツケを個々の国家に回しているんですが、個々の国家はそのツケをもう払えない段階なんです。そうすると、それを飛び越すためには世界国家しかない。

:私は、リーマンショック以降、ずっと恐慌過程を歩んでいるんだというふうに思いますよ。リーマンショックは、ある意味では古典的な金融恐慌的な様相をもっていた。だけどそれから我々をレスキューしようとして政策ががんばりすぎたから、今度は財政恐慌という、いまだかつてなかった問題に直面している。

的場:マルクスには二つの恐慌論があるんです。周期的恐慌と破滅型の恐慌です。破滅型の恐慌というのは、最終的に止まることがない。それが「利潤率の傾向的低落」です。

:今、世界中で超低金利になっているじゃないですか。いわば利潤率がほとんどなくなってきているんですよね。実は我々はもう恐慌の最中にいると。

的場:皮肉な話なんですけど、資本主義は自らの経済を破滅までもっていくんですが、実は労働者たちが立ち上がることによって、それが止められるんだという発想がマルクスにはあるんですね。

:労働者という言い方は、『資本論』の時代だったからそうなるんですけれど、これを市民というふうに言い換えれば、まさに市民の力で破滅を回避するという発想が本当に求められているときだと思います。グローバル市民ですね。

・・・「恐慌」と呼ぶかどうかは別にして、現状は財政政策も金融政策も限界に近い。なので各国は「通貨安」による自国の利益確保に走る。目下のところ、「世界国家」や「グローバル市民」という理想的パワーが求められる気配は感じられない。

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