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2010年6月13日 (日)

なぜいまニーチェなのか

今や40万部を超えるベストセラーだという『超訳 ニーチェの言葉』。雑誌でも「BOSS」や「ダ・ヴィンチ」で特集記事を組んでいるのが目に付いた。経営雑誌「BOSS」が「ニーチェ」を取り上げるのはかなり意外な感じだが、同誌7月号の特集「なぜいまニーチェの言葉なのか?」の中で、超訳者・白取春彦は読者の支持を得た理由をこう語る。

「いまの資本主義の中で、ビジネスも政治の世界でも、交わされる言葉というのは、必ず経済的に優位に立ちたいという思惑や計算が潜んでいるんです。そういう思惑が満ちた言葉の中で、若い人たちは人生に対する「真水」の言葉、もしくは真剣、真摯な言葉に、たとえそれが間違っていたとしても飢えているわけです。この本は、そこを真剣に語っている本なんです。だから売れたんだと思う」

読書雑誌「ダ・ヴィンチ」7月号の特集「ゲゲゲVSニーチェ」(何ちゅう組み合わせや)でも、白取氏はニーチェの言葉の魅力について語っている。

「ニーチェの言葉には本物の人生が入っている。はっとさせられる鋭い視点、誰にもおもねらない屹立した言葉で生きる勇気を与えてくれる。そして、短く芸術的な表現ゆえに、いわんとしていることを否応なく考えさせられる。あるいは、強烈なインスパイアを受ける。他の哲学者にはない、ニーチェの言葉の持つ大きな魅力です」

・・・自分はこの「超訳」本は読んでないけど、「ダ・ヴィンチ」記事の中で、「ああ、なるほどね」と合点する指摘があった。それは、『人間的な、あまりに人間的な』や『曙光』『悦ばしき知識』といった、代表作とはいえない著作からの警句にはっとさせられる、というものだ。確かに上記の3作品は、ニーチェのモラリスト(人間観察者)的な側面が最も強く出ている時期の著作なのだな。

そこでいきなり昔の事が思い出されたので、30年近く前の雑誌から、フランス文学者の「ニーチェ体験」をメモする。(雑誌「現代思想」1981年3月号、特集「ニーチェと現代」)

「ぼくにとってニーチェとはなんだったかを非常に簡単にいえば、フランス・モラリスト中最大の人、という感じがしたわけです。フランス語で書いてないだけでね。ラ・ロシュフーコーとかシャンフォールと同じくらい鋭く、はるかに広く、ありとあらゆる問題を考え抜いた人だという感じがした」(豊崎光一)

「ぼくは非常に単純に言って、ニーチェって人は世界文学中たぐいまれな詩人哲学者だと思うんですよ。ぼくはむかし、モラリストとしてのニーチェを愛読したとき、メタフォールやイマージュの非常に豊かなモラリストがここにいる、という印象だった」(清水徹)

・・・なぜいまニーチェの言葉なのか。「いま」の理由は分からないが、単に「なぜ」と問われれば、それは人生を考え抜いた天才の言葉だからだ、としか言いようがない。

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