« 2010年5月 | トップページ | 2010年8月 »

2010年6月30日 (水)

「廃城をゆく」

何だか驚いちゃう本(ムック)が出ていた。その題名も「廃城をゆく」。版元はイカロス出版、ってよく知らない。内容は全国のいわゆる「山城」の紹介で、半分以上はカラー写真ページと、なかなか力の入った作り。こんな本売れるのかいなと思いつつ、買ったぞ。

しかし「廃城」という言葉が前面に出てくるのは、少し違和感がある。「城跡を訪ねる」程度の方がもう少し穏やかな感じかもしんない。「廃城」って、何だか「廃墟ブーム」の一環かいな。まあ確かに城跡は廃墟または遺跡であるのは確かだけど・・・。

でもまあ、そんなことは置いて見れば、中身は普通に「山城」ガイドブックとして楽しめる。とりあえず「廃城トップ10」の第1位は小谷城。以下、要害山城、高取城、竹田城、玄蕃尾城、安土城、滝山城、名護屋城、箕輪城、石垣山城というランキング。ちなみに小生はこのうち6城訪問済み。また、「歴史物語満載廃城トップ5」の高天神城、佐和山城、松尾山城、原城、小谷城はすべて訪問済みじゃ。

「本当の城の魅力は、観光地化した城では味わえない。廃城にこそ、お城鑑賞の真の醍醐味があるのだ!」と高らかに謳う本書は、わざわざ「あやしい天守閣」というページを設けて、考証の疑わしい再建天守や観光用模擬天守を槍玉に挙げているのだが、これもなかなか面白い。何しろ岐阜城や大阪城というメジャーなところも「あやしい」という評価だ。この中には取り上げられてないのだが、個人的に「本格的」な模擬天守と認めるのは、伊勢の二見浦に近い、安土桃山文化村にある安土城。カラーリングが赤、青、白、金とちょっとオモチャっぽいが、かなり大きな天守閣なので、初めて見ると、げげ~こんなところに安土城が~と、結構びっくりするぞ。

山城の写真を眺めていると、あちこち行くのもいいんだが、小谷や観音寺、岩村なども再訪したくなってくる。

| | コメント (0) | トラックバック (0)

2010年6月23日 (水)

税制改革で格差是正を

本日付日経新聞市況欄コラム「大機小機」(菅流「第三の道」への注文)からメモする。(ペンネーム「混沌」は、おそらく昨日のコラム「一目均衡」の筆者・末村篤氏だろう)

民主党と自民党が選挙公約に消費税増税を掲げ、税・財政を巡るムードは一変した。
異常な経済環境が元に戻る保障はなく、不確かな成長への固執は赤字容認に等しい。政府支出の削減努力は必要だが、先送りを続けた増税に踏み切る潮時なのは確かだ。

増税を考える際、自民党政権下で実現した「一億総中流社会」が壊れた後の日本をどうするかの視点が不可欠だ。「総中流社会」を支えた法人支配の企業社会から、家計中心の市民社会への転換は、日本が直面する歴史的な構造変化である。健全な民主主義を支える基盤は広範な中産階級の存在だとすれば、中産階級が国の担い手となる税制への移行こそが、課題となる。

社会の高齢化を前提にすれば、消費税率の段階的引き上げは避けられない。高税率化する消費税の逆進性を緩和するだけでなく、急激な格差社会への変質を修正する措置が講じられてしかるべきだ。フラット化した所得税の累進課税の強化や相続税の強化で、低下した税制の所得再分配機能を高める必要がある。

菅首相が唱える「第三の道」は、税・財政改革を通じて格差社会の行きすぎを是正し、成熟した市民社会が国を支える、中産階級国家への道を目指すべきだ。

・・・「消費税10%」ばかりが話題になってしまうのも何だかなあって感じだ。言わんとするところは、消費税も含めた「抜本的な税制改正」ってことらしいのだが、過去の日本政治において、「抜本的な税制改正」という掛け声は何度も聞かされてきた覚えがある。だが、それが実行されたという記憶は無いのだな。「抜本的な税制改正」の必要性を疑う者はいないのだから、議論が消費税だけに矮小化されることなく、まさしく再分配機能を高める、その観点から税体系全体の見直しが実行されることを願いたい。

| | コメント (0) | トラックバック (0)

2010年6月22日 (火)

先進国ペシミズムからの脱出

まずは本日付日経新聞コラム「一目均衡」(執筆者は末村篤・特別編集委員)からメモ。

(要旨)1999年にユーロが誕生し、米国に匹敵する単一通貨圏が姿を現す。一方、米英は金融主導の経済のグローバル化に活路を求め、90年代後半以降、世界の貯蓄をニューヨーク、ロンドンの金融センターに引き付けた。しかしリーマン・ショックで挫折。金融危機対応の金融・財政政策の乱用はユーロ危機につながった。既に80年代、日本も土地・株バブルにまみれていた。ユーフォリアの崩壊後、政府がいったん肩代わりした民間債務の負担は国民に転嫁され、経済が長期低迷するのはどの国も同じ。先進国は揃ってペシミズムの時代を迎える。

次に同じ日経の市況欄コラム「大機小機」(「出口」への一番乗りを目指せ)からメモ。

参議院選挙の各党のマニフェスト(政権公約)が出そろった。圧巻は民主、自民双方が消費税率の10%への早期引き上げを唱えていることだ。
自民党は、過去60年間日本の政治を担ってきた大政党の立場に立って、超党派協議に応じ、日本の将来に大いなる展望を開くべきだ。
超党派協議により財政健全化に光明が見え始め、経済が成長軌道に復帰するめどが立ってくれば、リーマン・ショック後に先進国が追い込まれた財政赤字、超低金利、デフレという三重苦から、日本が欧州連合(EU)や米国より早く「出口」に到達する可能性も出てくると思われる。
EUは国際競争力格差の全く異なる国が単一通貨圏を構成し、しかもメンバー国の財政悪化を是正する強制力が有効に働かないという構造上の欠陥を露呈している。
米国は既に住宅着工・雇用などで弱い数字が出ている。今後減税や公共投資が減るため順調な回復軌道に乗るか疑問視される。
日本が財政健全化の展望を開き、法人税引き下げなどにより企業活動の活発化を促し、実質2~3%の成長を実現できれば、日本が「出口」に一番乗りすることも可能である。そのためには民主党と自民党の大連立も大いに考慮に値しよう。

・・・日本復活には目標が必要と思われるので、欧米よりも早くペシミズムから脱出する、という目標もありかな。大連立というのも、改革を徹底的に推進するための強い政権基盤という意味でも、さらなる本格的な政界再編の準備という意味でも、試してみる価値はある、と思える。

| | コメント (0) | トラックバック (0)

2010年6月21日 (月)

格付け会社と投資銀行の罪

「金融危機の最大の戦犯は格付け会社です」と断言するのは、経済小説の書き手である黒木亮。新作「トリプルA」を世に問う作家の言葉を、今週の「日経ヴェリタス」(6/20号)インタビュー記事からメモする。

「間違ったプログラムに間違ったデータを入れて、ストラクチャード・ファイナンスに実態よりも高い格付けを与えた。格付けに頼るしかない投資家が、格付けを信頼して損失を被りました」
「格付け会社は中立性や独立性を確保するために、さまざまな仕組みをつくり努力している。それはよく分かるのですが、2000年以降のCDO(債務担保証券)バブルで、格付けの案件を多くとろうとする営業に引っ張られて、中立性を確保する努力がないがしろにされたのです」

「投資銀行もパニックを引き起こした原因の一つだと思います。2000年くらいを境にして、投資銀行は一段と収益拡大に傾斜していきました。1990年代後半のヘッジファンドの台頭をみて、投資銀行も自己勘定取引に盛んに取り組み始めた。投資銀行の経営陣は自社の収益を拡大することで、ヘッジファンド並みの巨額の報酬を手に入れようとしたのです」
「投資銀行でレバレッジ(自己資本に対する負債の倍率)が高すぎるのは問題です。レバレッジをかけると、損失が増幅され危険です。金融規制の強化には賛成です」

・・・「100年に一度」とか「21世紀型」などと形容された今回の金融危機も、時間が経ってみれば、証券化や金融工学など意匠は新しくても、結局根っこにあるのは「収益至上主義」という酷く古典的な図式が見出されるのであり、例えばそれを「リスクテイクバブル」と言い換えてみても、根本的に何か新しい事態が現れたという訳ではないようだ。資本主義的人間を自由というか野放しにしておけば、結局は儲け主義に走るのならば、性悪説に立った規制強化も止む無しというところか。

| | コメント (0) | トラックバック (0)

2010年6月13日 (日)

なぜいまニーチェなのか

今や40万部を超えるベストセラーだという『超訳 ニーチェの言葉』。雑誌でも「BOSS」や「ダ・ヴィンチ」で特集記事を組んでいるのが目に付いた。経営雑誌「BOSS」が「ニーチェ」を取り上げるのはかなり意外な感じだが、同誌7月号の特集「なぜいまニーチェの言葉なのか?」の中で、超訳者・白取春彦は読者の支持を得た理由をこう語る。

「いまの資本主義の中で、ビジネスも政治の世界でも、交わされる言葉というのは、必ず経済的に優位に立ちたいという思惑や計算が潜んでいるんです。そういう思惑が満ちた言葉の中で、若い人たちは人生に対する「真水」の言葉、もしくは真剣、真摯な言葉に、たとえそれが間違っていたとしても飢えているわけです。この本は、そこを真剣に語っている本なんです。だから売れたんだと思う」

読書雑誌「ダ・ヴィンチ」7月号の特集「ゲゲゲVSニーチェ」(何ちゅう組み合わせや)でも、白取氏はニーチェの言葉の魅力について語っている。

「ニーチェの言葉には本物の人生が入っている。はっとさせられる鋭い視点、誰にもおもねらない屹立した言葉で生きる勇気を与えてくれる。そして、短く芸術的な表現ゆえに、いわんとしていることを否応なく考えさせられる。あるいは、強烈なインスパイアを受ける。他の哲学者にはない、ニーチェの言葉の持つ大きな魅力です」

・・・自分はこの「超訳」本は読んでないけど、「ダ・ヴィンチ」記事の中で、「ああ、なるほどね」と合点する指摘があった。それは、『人間的な、あまりに人間的な』や『曙光』『悦ばしき知識』といった、代表作とはいえない著作からの警句にはっとさせられる、というものだ。確かに上記の3作品は、ニーチェのモラリスト(人間観察者)的な側面が最も強く出ている時期の著作なのだな。

そこでいきなり昔の事が思い出されたので、30年近く前の雑誌から、フランス文学者の「ニーチェ体験」をメモする。(雑誌「現代思想」1981年3月号、特集「ニーチェと現代」)

「ぼくにとってニーチェとはなんだったかを非常に簡単にいえば、フランス・モラリスト中最大の人、という感じがしたわけです。フランス語で書いてないだけでね。ラ・ロシュフーコーとかシャンフォールと同じくらい鋭く、はるかに広く、ありとあらゆる問題を考え抜いた人だという感じがした」(豊崎光一)

「ぼくは非常に単純に言って、ニーチェって人は世界文学中たぐいまれな詩人哲学者だと思うんですよ。ぼくはむかし、モラリストとしてのニーチェを愛読したとき、メタフォールやイマージュの非常に豊かなモラリストがここにいる、という印象だった」(清水徹)

・・・なぜいまニーチェの言葉なのか。「いま」の理由は分からないが、単に「なぜ」と問われれば、それは人生を考え抜いた天才の言葉だからだ、としか言いようがない。

| | コメント (0) | トラックバック (0)

2010年6月 6日 (日)

七尾城に行く

七尾城は能登畠山氏の居城だったが、上杉謙信に攻められて落城。その後、前田家の城になったが、平地に新たな城を築いたため天正17年(1589)に廃城となった。七尾に小谷、春日山、月山富田、観音寺を加えて五大山城とのことだが、三大山城は岩村、高取、備中松山という全く違う顔ぶれで、なぜかどっちにも竹田城は入っていないし、これって一体誰が決めるんねん、て感じ。まあとにかく、その七尾城に行ってきました。

前日の午後に七尾に向かう。羽田から能登空港まではたったの1時間。空港から、のと鉄道穴水駅まで乗合タクシー利用(料金700円)。穴水から七尾までは電車賃810円。

P1030824

今日の朝9時、七尾駅前から市内循環バス「まりん号」(一時間に一本、毎時0分発。料金は100円)に乗り、10分余りで「古屋敷町」バス停に到着。とりあえず七尾城史資料館へ向かい、そこを起点に歩き始める。最初は舗装された道を歩き、矢印の看板に従って細い山道に入る。後で確かめたけど、そのまま舗装道路を上がって行っても、「赤坂口」という登山道の入り口で合流することになる。赤坂口では、物音と共に野ウサギが現れた。まただあ。ひと月前の月山富田城でも野ウサギに出っくわした。何か妙な気分。

P1030838

人には全く出会わないまま山道を歩き、出発から50分程経った頃に石垣が視界に入った。上の写真は、七尾城といえばこれ、という感じで出てくる桜馬場の段々スタイルの石垣。ただし歴史的には最近の積み直しとのこと。実は本丸近くまで車で行けるので、ここまで来ると人の姿をちらほら見かける。ここからさらに上り、三段の石垣を持つ本丸へ。七尾湾、能登島方面を眺める(右の写真)。帰りは、桜馬場に下りて二の丸、三の丸と進み、安寧寺跡を経由して、もと来た道を下って行った。

資料館を見学した後、再び巡回バス利用。15分程で駅の近くまで戻り、のと鉄道で穴水へ。帰りは乗合タクシーは使わずに、穴水駅前に止まっていたタクシーに乗ったのだが、空港までの運賃3,810円。こんなにかかるとは。甘く見ていた~。

| | コメント (0) | トラックバック (0)

2010年6月 4日 (金)

聞く耳を持たない、だとさ

鳩山首相の退陣表明について麻生元首相曰く。

「国民が聞く耳を持たなくなった」はないだろう。失政の責任を国民の責任みたいに言うのは間違っている。おれが言ったら絶対たたかれた。(本日付日経新聞)

麻生さん、上から目線で横柄な自分のキャラをよく分かってらっしゃる。(笑)
確かにね、聞く耳を持たない、という言い方はどうなのかね。その後すぐに、それは自分の不徳の致すところだ、と鳩山さんは言葉を続けていたけど、やっぱり違和感は残るので、その辺の理由は麻生さんの言うとおりなんだと思う。

鳩山さんがたたかれなかったのは、結局この人は何かズレてるんだよな~という諦め感が我々にあるからなんだろう。もう首相辞めるんだし、「宇宙人」に何を言ってもしょうがないや、って感じ。

しかしまあ民主党政権というか、「鳩山・一郎」政権って、結局ヘンな政権だった。社民党・国民新党と数合わせの連立、選挙至上主義に引き摺られたバラマキ政策。要するに、権力の基盤固めに躍起になる「第2自民党」政権。

思えば10年前、菅直人は「総理にしたい人」ナンバーワンだった。当時の与党自民党トップは小渕「凡人」首相だったので、なおさら輝いて見えた、ということはあるけれど。その後は小泉「変人」首相の登場で、野党党首は影が薄くなってしまったのだが、とにかくようやく菅さんに出番が回ってきたわけだ。菅総理大臣のもと、今度は「第2自民党」ではない、民主党らしい民主党政権が出来るのではないかと少しは期待したい。てか、とりあえず一年以上、首相を続けてよ。(苦笑)

| | コメント (0) | トラックバック (0)

« 2010年5月 | トップページ | 2010年8月 »