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2010年5月 9日 (日)

月山富田城へ行く

昨日8日、戦国大名尼子氏の城、月山富田城(がっさんとだじょう)を訪ねた。前日に米子泊。朝JRで隣駅の安来に移動。駅の観光案内所でマップをもらい、行き方を教えてもらう。駅前から通称イエローバス(広域生活バス)に乗っておよそ25分、「市立病院前」で下車。運賃200円。病院を背にして左方向の道を上ると、川を挟んで歴史資料館の白い建物が見える。バス停からは徒歩10分程度で到着。資料館に隣接する「道の駅」の駐車場奥から、標高200メートル弱の月山に築かれた城に上っていく。

P1030759_3 山の中腹で広い場所に出る。これが山中御殿(さんちゅうごてん、写真右)。城主の居館があったとされる城の中心部。ここからさらに山頂にある本丸を目指して、七曲がりと呼ばれる急な石畳の道を上っていく。マムシとハチに注意、なんて表示も目に入る。山城歩き定番の危険。と、道端で物音。「何?」と思う間もなく、ちっちゃ~い野ウサギが脱兎のごとく、いや脱兎そのもののスピードで急な坂道を駆け上がっていった。「ま、負けた・・・」と感じつつ、坂道を上りきると、三の丸の石垣(写真下)が現われる。七曲がり、歩いている時間は15分程度と長くはないが、やはり急な道だけに結構しんどい。三の丸の後は、二の丸に続いて本丸、奥にある神社に到着。登山口からゆっくりの歩き、所々うろうろしながら1時間20分程で着きました。

P1030753 1543年、大内氏が富田城を包囲したが、攻めあぐねて撤退。1565年、毛利氏が富田城の攻撃を開始。兵糧攻めも行われる長期戦となり、翌年尼子氏降伏。その後山中鹿介らが奮闘するも、尼子氏再興は果せなかった。

現在の城跡は尼子時代のものではなく、毛利、吉川を経た最終段階の堀尾時代のもの。「月山富田城は、山中御殿以外の基本的曲輪配置や規模は、中世城郭のままとし、そこに織豊期の技術である石垣や礎石建物を持ち込むことで織豊化をはかった貴重な城」(歴史読本2007年5月号)ということです。

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