« 横須賀・軍港クルーズ | トップページ | 聖書、読めないっす »

2010年4月11日 (日)

ヤスケ

先週の水曜日、NHK「歴史秘話ヒストリア」では、織田信長の最期に関わるエピソードを紹介していたが、NHK番組を見終わった後で、日本テレビの歴史バラエティを途中から見たら、こちらでも「もし信長が本能寺の変を生き延びたとしたら」という話をやっていた。で、両方の番組に連続登場していたのが「ヤスケ」。信長の側に仕えていた黒人家来だ。本能寺にも信長と共にあり、明智の軍勢に捕らえられた後、逃がされたという。

ヤスケについての記録は少ない。本能寺の変の約一年前、宣教師が連れてきた若い力持ちの黒人に信長は大いに興味を示し、ヤスケという名前を与えて家来にしたという。本当に皮膚の色が黒いのかどうか疑った信長は、家来の者に彼の身体を洗わせて確かめた、という話はよく知られている。

ネットで見て、ヤスケを題材にした「くろ助」という少年少女向け歴史小説があることを知った。来栖良夫という人の作品。某図書館で本をコピーして読んでみた。内容はやはり本能寺の変が中心。もちろん身体を洗われる話も出てくる。終わり近くに、ヤスケ(弥助)が故郷のアフリカの夢を見るのが、いかにも児童文学っぽい、かな?
どんな感じの文章で書かれているか、少しだけメモしてみる。

信長公は、いきなり、ひかせた馬にとびのると、あぶみをけたてて、まっしぐらに安土城門をとびだしていくおかたであった。馬のうしろにつづくものがいないと、たちまちかんしゃくをおこされた。
「えい、なんじら、おくれをとったるよな。とても合戦の用にはたつまいぞ」
このひとことは、さむらいにとっては、はり手をくらわされたとおなじ意味である。こんなとき、きまってあかるい声がお馬そばからはりあげられるのだった。
「はあい、上さま、弥助め、これにひかえておりまする」
「おお、くろん坊主か。よくぞつづいたり」
信長公はたちまちごきげんとなり、「はいよう!」と、馬をせめたてなされた。
アフリケンの大平原で、ダチョウのあともおいまわした、くろ助の足だった。まるで糸でむすばれたあやつり人形のしぐさのように、お馬のひずめからはなれることはけっしてなかった。

アフリカからヨーロッパに連れてこられて、さらに遥か遠くの日本で殿様の家来になる。考えてみれば何だか想像もつかないような運命だ。明智軍に逃がされた後のヤスケの消息は分からない。常識に捉われない信長だからこそ、家来にしてくれた訳だから、誰か別の殿様に再び召し抱えられた、という可能性は小さいだろうな。またヨーロッパ人の使用人に戻っちゃったんだろうか。

|

« 横須賀・軍港クルーズ | トップページ | 聖書、読めないっす »

コメント

コメントを書く



(ウェブ上には掲載しません)




トラックバック

この記事のトラックバックURL:
http://app.f.cocolog-nifty.com/t/trackback/174032/34180966

この記事へのトラックバック一覧です: ヤスケ:

« 横須賀・軍港クルーズ | トップページ | 聖書、読めないっす »