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2010年4月29日 (木)

自民党の人気上昇(英国)

イギリスの総選挙の投票日は一週間後の5月6日。時事通信が伝える直近の世論調査では、最大野党の保守党支持率が32%、野党第2党の自民党は31%、与党労働党は28%。選挙の結果、どの政党も過半数に届かないハング・パーラメント(中ぶらりん議会)になる可能性が高いという。

労働党政権への国民の「飽き」からブラウン政権の支持率が低迷する一方、保守党も決め手を欠く状況。議員の不適切な支出問題で有権者の政治不信も広がっており、「二大政党政治からの脱却」という、自民党のクレッグ氏の主張が新鮮に響いているもようだ。左右を代表する二大政党の政策が似通い、多様な有権者の声を吸収できなくなったことが支持分散につながっている。(4/22付日経新聞)

同じ日経新聞から自由民主党の説明。

中道左派政党。1988年に自由党と社会民主党の合併で誕生。経済面では公共サービス充実のための増税などを主張。外交面では親・欧州連合(EU)的な立場。2007年から党首を務めるクレッグ氏は、巧みな弁舌で党の人気を一気に引き上げた。

イラク戦争に反対した自民党は「労働党より左寄り」というから、日本では社民党に当たりますかね。

しかし何しろ「本家」イギリスで二大政党制が揺らいでる、っていうのは考えさせられる。何とか二大政党が出来て政権交代も実現、そしたらまるでダメじゃん、ていう状況の日本も、イギリス総選挙の結果とその後の展開から目を離す訳にはいかないだろうな。

それにしても自民党のクレッグ党首、保守党のキャメロン党首が共に43歳と若いんだよねえ。とにかく日本の政党も中枢部に若い人がもっともっと入ってこないと、全然話にならんだろうに。

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2010年4月27日 (火)

『普天間問題』小川和久

防衛・安全保障・軍事を考える時は、小川和久の本を読めば良いと思う。新刊『普天間問題』(ビジネス社)からメモ。

(普天間問題における)アメリカの懸念は、一にかかって「アジアにおけるアメリカの軍事的プレゼンスが低下するのではないか」という点にあります。逆に言えば、「アメリカの軍事的プレゼンスは維持される」という条件さえ満たせば、アメリカは基地の整理・統合・縮小についての話し合いに応じます。

日本が戦後に同盟関係を結んだアメリカは、日本が組むのにベストの相手だったと私は考えています。しかし、組んだ相手がベストだったことと、現在の日米同盟の中身がベストかどうかは、まったく別の話です。アメリカとの同盟関係を日本としてどう国益に生かすかという観点から日米同盟の中身を整理し、問題があれば修正し、健全化していくという不断の取り組みが必要です。

(日米)地位協定は、運用改善などという弥縫策でなく、きちんと改定すべきです。ブッシュ政権の国務副長官を務めた知日家のアーミテージ氏は、「日米地位協定を改定してくれという問題提起は日本側から一度もない」と語ったことがあります。戦勝国アメリカが敗戦国日本と結んだ都合のよい内容ですから、先方から変えると考えるほうが間違いでしょう。政治家や官僚の多くは、アメリカに守ってもらっている日本は文句など言えないと思いこんできたのです。こんな卑屈な態度は、いい加減に改めなければいけません。

小説家フレデリック・フォーサイスが私との対談で語った言葉です。
「アングロサクソンは、敵に対しては警告なしに拳を繰り出す。しかし、日本のような重要な同盟国が、自らの国益の問題からノーと言ったときは、真剣に耳を傾け、合理的な対案が示されれば受け入れる。日本は戦後ずっと、アングロサクソンのメンタリティで行動するアメリカと付き合ってきたのに、いまだに付き合い方がわかっていないようだ」

普天間移設をはじめ米軍基地の問題で、日本側に求められているのは、アメリカの同盟観をよく理解することです。そして、絶対に崩せない日米同盟の根本と、個別の懸案を峻別することです。そのうえで、日米同盟をよりよい方向に深化させると同時に、毅然として日本の国益を主張し、合理的な提案をぶつけるべきなのです。

・・・小川さんは、普天間問題を解決するためには、沖縄の負担を軽減する3つの条件(普天間からの危険性の除去、日米地位協定の改定、沖縄経済の活性化)を実現し、さらに現状認識と将来構想を提示して沖縄県民を納得させたうえで、総理大臣が沖縄県民に詫びるべきだと考えている。

米軍基地の問題は、かつて日本がアメリカに占領されていた事を改めて意識させられる。口の悪い向きは、日本はいまだに属国だなどと言う。その一方で、冷戦終了後も沖縄が引き続き地政学的な重要ポイントであり、アメリカが東アジア地域でのプレゼンスを維持するために譲れない拠点であることも事実だろう。大きな方向としては、沖縄から基地を無くすことを目指すのは当然だ。しかし当面は、「日米同盟の健全化」を一歩一歩進めていくしかないのが現実だろう。

まあ、アメリカ様に守ってもらっている、というより、おれたちゃ傭兵を使っているのさ、くらいに思ったほうがいいかもしんない。

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2010年4月26日 (月)

橋龍は偉かったよな

まずは昨日25日付日経新聞のコラム記事・風見鶏(米大統領が示した敬意)からメモ。

普天間の返還は1996年2月、当時の橋本龍太郎首相がクリントン米大統領に直談判して動き出した。

忘れられない光景がある。98年11月、再来日したクリントン大統領を招いた迎賓館での歓迎式典の出来事だ。大統領がしきりに周囲を見回し、突然、歩き出した。視線の先には橋本前首相がいた。親密さを表すように近くに立ち、参院選敗北を受けた辞任への慰めの言葉を丁寧に伝えた。国を背負って何度も渡り合った相手に、最大限の敬意を払ったように見えた。

軍事アナリストの小川和久によれば(『普天間問題』、ビジネス社)、当時、日本側は普天間の返還を要求して、アメリカに一度拒否されていた。しかし小川氏は、外交交渉をボクシングに例えて「1ラウンドで終わりではない」、「キャンプ・シュワブへの移設なら軍事的能力が低下しないから、米国は反対しないはず」との見通しを、山崎拓・政調会長経由で総理に伝えていたという。そして普天間返還を再交渉した結果、日米首脳会談の直前に劇的な合意に至った。

96年4月の合意から14年も経つのに、いまだに普天間の返還は実現していない。小川氏は、「私たちの政治が問題解決のまともな方向性を示すことができず、官僚機構にすべてを丸投げし、あまつさえ埋め立て利権にあずかろうとした政治家すら蠢いて、14年の月日が無為に過ぎ去ってしまったのです」と嘆き、普天間問題の迷走の最大の原因は「政治の不在、政治の無責任」だと指摘する。

機会を捉え、粘り強く自らの要求を相手に認めさせた橋本龍太郎。その政治家としての手腕を、クリントンも讃えていた。しかし日本国のリーダーが自らの意志と責任で勝ち取った外交交渉の成果を、後に続く者たちが今や台無しにしようとしている。

冷戦後の総理大臣でリーダーらしいリーダーは橋本と小泉、龍太郎と純一郎だけだろう。他の方々は大臣、官房長官、幹事長としては良くても、総理大臣としては・・・という人ばっかだった。もちろん今の人も総理大臣の器じゃないし。次にリーダーらしいリーダーが現れるのはいつのことなのか。

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2010年4月25日 (日)

賤ヶ岳に行く

賤ヶ岳といえば、羽柴秀吉と柴田勝家の決戦の地。その賤ヶ岳が、JR東海さわやかウォーキングの新コースに登場、本日開催。天気も晴れとの予報だったので、これは行かねばならないと心に決めて、朝7時33分東京発のひかりに乗って出陣。米原で北陸本線に乗り換えて、スタート駅である余呉駅に到着したのは10時30分頃。

賤ヶ岳に来たのは5年ぶり。前回は名古屋在住時、JR西日本のハイキングに参加して歩いたのだった。本日のさわやかウォーキングのコースは賤ヶ岳山頂まで上り、そこから下って(リフト利用可)、ゴールである木ノ本駅を目指す、約10.5kmのコース。登山口からおよそ1時間半程かかって頂上に到着。写真は賤ヶ岳山頂から見た余呉湖。

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北国街道木之本宿を歩いたのは初めてだったが、牛馬市跡が目に付いた。例の、山内一豊が妻から資金援助を受けて名馬を買ったという場所。木ノ本駅午後2時14分発の列車に何とか間に合い、米原で新幹線に乗り換え、東京駅に着いたのは午後5時10分。少し早起きしないといけないが、近江はまあまあ日帰り旅行の範囲でしょう。

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2010年4月24日 (土)

PEN誌「キリスト教」別冊

雑誌「PEN」別冊「キリスト教とは何か。」増補版が出ているのを見た時、「やられた」と思った。

この特集を先に掲載した同誌3/1号を見た時、これはたぶん書籍化されるだろうな、とまず思った。過去、同誌の好評だった特集は「ペンブックス」シリーズとして出版されている。最近では戦国武将の特集が本になった。しかし本になると判型が小さくなり、値段も高くなる。特集「キリスト教とは何か。」は、聖書を題材にした絵画がカラー図版で数多く並べられているのが見もの。これは判型を小さくすると、ちと迫力が後退するのではないか。書籍化されるとは思うけど、いいや雑誌を買おう。と思って買ってしまった。そしたらわずか2ヵ月後に大きさは雑誌と同じ判型で、増補版別冊が出たものだから「やられた」、である。定価780円。結局こっちも買っちまったぞ。版元の期待通りかな。

別冊では、教会建築内部のモザイク画、フレスコ画、ステンドグラスの写真が新たに入った。解説では、宗教改革(カトリックとプロテスタントの分裂)の記事が追加。聖書を題材にした絵画紹介でも、アブラハム、サムソンとデリラ、マリアの結婚、イエスの降誕、イエスの弟子たち、マグダラのマリアなどのテーマやエピソードを描いた作品が加わった。

増補版を別冊で出して、さらにまた書籍化するんだろうか?
まあ本になったとしても、さすがにもう買わないぞ。

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2010年4月21日 (水)

「市井に生きよ」(半村良)

書店で『乗り移り人生相談』という本が出ているのを見て、「へぇ~」って感じた。著者は島地勝彦。元「週刊プレイボーイ」編集長。同誌の「名物」、若者向け人生相談に回答者として名を連ねた今東光、柴田練三郎、開高健。既に他界した御三方が島地氏に「乗り移り」、悩める男女に指針を告げる。もともとは日経アソシエ・オンラインの連載。

プレイボーイの人生相談と聞けば、35年前の高校生であるワタシは懐かしい、というほかない。最初が今東光、次が柴田練三郎で、二人とも亡くなって連載が終了。三番目は岡本太郎だった、というのが自分の記憶。毎週ではないけれど読んでいたはずなのに、上記の方々の人生相談を面白いと感じた覚えは正直あまりない。

プレイボーイの人生相談で印象に残っているのは半村良。タイトルは「人生ごめんなさい」。これを機会に調べてみると、1983年1月から5月の掲載、翌年に単行本化。割と短期間の連載だったんだな。

自分の本箱の引き出しには、変色した週刊誌のザラ紙が残っている。「人生ごめんなさい」連載時に切り取った数ページである。例えば今ではほぼ死語と思われる「ネクラ」について。18歳学生が「ネクラのよさを先生に教えていただきたい」と尋ねると、半村先生は「ネクラって本当に素晴らしいですね! 私から言わせるとネクラじゃない青春を送っている人は、気違いみたいな人だと思います。青春というのは、ある意味で競争の一番激しい時でもあるわけです。学力だってそうだし、知識もそうだし、就職もそうです。女の取りっこだってそうでしょう。一番苛烈な戦闘をしている時に、ネクラじゃないなんていうことが、ありうるでしょうか。私にはとても考えられません。青春は“ネクラ”なのです」と回答。これを読んで、憂鬱な若者だった自分も安心した覚えがある。

以下の質問と回答にも感銘を受けた。

人生を考え、生活を考え、職業を考え、人生を有意義に豊かに生きたいと思う。小より大に、女々しいより男らしく、政治は好きじゃない。理想をいえば、生活に心配のない世の中を望み、そして、木々の緑の中で笑顔に囲まれ、読書の日々、風雅という言葉が好きだ。
しかし、何かで読んだ「世界に飢えた人のいる限り、おれは風雅の道は絶対にいかぬ」という言葉の前で、おれの人間性、人生観は狭く粗末なものだと感ずる。
豊かで男らしい人生、人間性とは一体なんでしょうか。(塾経営者 30歳)

きみの生き方は、それだけでりっぱだと思います。いまさら、なにひとつ変えたり、悩んだりする必要はありません。市井の暮らしに徹すれば、風雅またおのずから生ずるものであります。市井は広し。市井に生きることです。
塾経営者30歳氏よ! きみに接する子供たちは幸せです。

・・・市井に生きれば、それで充分。実に味わい深い答えだった。今の自分がきちんと市井に生きているかというと、何だか心もとないが。

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2010年4月18日 (日)

食料自給率とか

「ウェブR25」を見て、食料自給率(カロリーベース)の記事を読んだ。40%しかない、と騒いでいるアレだ。計算式は、

一人一日当たりの国産供給カロリー/一人一日当たりの供給カロリー

2008年のデータで、分子が1,012キロカロリー、分母が2,473カロリー、自給率は41%。
自給率には生産額ベースの計算もあり、こちらは分子10兆円、分母15.3兆円で自給率は65%になる。でも最近やたらと強調されるのは、カロリーベースの数字。

畜産物は、牛肉、豚肉、鶏卵、牛乳など品目別の自給率に、飼料自給率を掛け算した数値を使う。となると、飼料は殆どを輸入に頼っているため、畜産物の自給率は非常に低くなる。例えば、豚肉そのものの自給率は53%、鶏肉は67%、鶏卵は96%、あるのだが、豚や鶏の飼料自給率が10%にも満たないため、掛け算の結果、10分の1以下の数値に「修正」されて、カロリーベースの総合自給率算出に使われる。他方で、野菜の自給率は80%以上なのに、低カロリーのため、カロリーベースの自給率アップには貢献できない。カロリーベースの自給率は下がり続けているそうだが、そりゃそうなるわな。肉類など高カロリーの食物が占める比率が高くなる一方、飼料はずーっと輸入に頼りっぱなしな訳だから。

政府は食料自給率40%を今後10年間で50%に引き上げる方針を決めた、とのことだが、経済学的には「食料自給率」という概念はナンセンスらしい。まあとにかく、自給率引き上げという目標に異は唱えないとしても、その具体的な方法が、米粉パンや米粉うどんを食べるとか、廃棄食品を減らすことだとしたら、それも何だかな・・・。

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2010年4月12日 (月)

聖書、読めないっす

雑誌「PEN」の特集「キリスト教とは何か。」そして『西洋絵画のひみつ』(朝日出版社)をざっと読んで(3/20付記事)、「聖書」にちょっと注意が向いたところに、岩波新書で少し前の新刊に『聖書の読み方』(大貫隆・著)があるのを見つけた。内容は、著者が学生たちに行ったアンケート調査(聖書に感じた戸惑い)の分析と、それらを踏まえたうえでの聖書を読む際の著者の提案となっている。

なぜ聖書は読みづらいか。「はじめに」の中に記された、その理由は概略以下のような感じ。第一の理由。聖書は、初めから終わりまで通読する読者を想定していない(文書の配列順は公の礼拝の場での朗読と密接に関係していた)。第二、聖書では原則的に神が主語、要するに基本的に神様の話である。第三は、キリスト教的な「正しい」読み方があるという先入観を、一般の読者は多かれ少なかれ抱いている。

で、著者の5つの提案。
1 キリスト教という名の電車――降りる勇気と乗る勇気
2 目次を無視して、文書ごとに読む
3 異質なものを尊重し、その「心」を読む
4 当事者の労苦と経験に肉薄する
5 即答を求めない。真の経験は遅れてやってくる

キリスト教的な読み方を理解すると共に相対化する、神の話を書いている人間たちの経験と思考を理解する。そういう態度で聖書に向き合うのが望ましいというのは分かる。処女懐胎やら死者の復活やらの荒唐無稽な話も、イエスの弟子たちの心の「真実」と受け止めることも可能だろう。しかしながら、そもそも全体の構成が通読するためのものになってないというのは、根本的にアカン。聖書は結局、書物としては欠陥品である。まあ、提案のように、「文書ごとに読む」のもありかも知れないが、じゃあどっから読む?っていうのでまた迷うし・・・まあ、やっぱり自分は読まないという感じです、聖書。

しかしなんで旧約と新約は、同じ「聖書」という書物の前編と後編?という感じになっているのかな。旧約はユダヤ教聖書で、新約はキリスト教聖書として、全く別物じゃいかんのだろうか。いちおう同じ神だから?どうもよく分からん。

聖書を読むことは「新しい自己了解」の経験だと著者は強調するのだが、それは特に聖書に限らず優れた書物に備わるチカラだろうし・・・聖書の読みづらさを解きほぐしたうえで、「自主独立で読む」ことを提案して、読者が聖書に取り組みやすくするのが著者の目論見なんだろうけど、ワタシについては逆効果でした。(苦笑)
ていうか、ワタシは聖書を読まない理由を探していたのだと気付きました。(また苦笑)

雑誌「考える人」の最新号でも、聖書特集を組んでいたけど、何と言うのか、今さらインテリさんの聖書体験を読んでもしょうがないなあと思って、買わなかった。ていうか1400円は高い(苦笑)。そちらに比べれば、聖書に対する素朴な疑問という、目線の低いところから出発するこの本は、自分のような日本人(非西洋人)にして非キリスト教徒には信頼できる作り方だった。

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2010年4月11日 (日)

ヤスケ

先週の水曜日、NHK「歴史秘話ヒストリア」では、織田信長の最期に関わるエピソードを紹介していたが、NHK番組を見終わった後で、日本テレビの歴史バラエティを途中から見たら、こちらでも「もし信長が本能寺の変を生き延びたとしたら」という話をやっていた。で、両方の番組に連続登場していたのが「ヤスケ」。信長の側に仕えていた黒人家来だ。本能寺にも信長と共にあり、明智の軍勢に捕らえられた後、逃がされたという。

ヤスケについての記録は少ない。本能寺の変の約一年前、宣教師が連れてきた若い力持ちの黒人に信長は大いに興味を示し、ヤスケという名前を与えて家来にしたという。本当に皮膚の色が黒いのかどうか疑った信長は、家来の者に彼の身体を洗わせて確かめた、という話はよく知られている。

ネットで見て、ヤスケを題材にした「くろ助」という少年少女向け歴史小説があることを知った。来栖良夫という人の作品。某図書館で本をコピーして読んでみた。内容はやはり本能寺の変が中心。もちろん身体を洗われる話も出てくる。終わり近くに、ヤスケ(弥助)が故郷のアフリカの夢を見るのが、いかにも児童文学っぽい、かな?
どんな感じの文章で書かれているか、少しだけメモしてみる。

信長公は、いきなり、ひかせた馬にとびのると、あぶみをけたてて、まっしぐらに安土城門をとびだしていくおかたであった。馬のうしろにつづくものがいないと、たちまちかんしゃくをおこされた。
「えい、なんじら、おくれをとったるよな。とても合戦の用にはたつまいぞ」
このひとことは、さむらいにとっては、はり手をくらわされたとおなじ意味である。こんなとき、きまってあかるい声がお馬そばからはりあげられるのだった。
「はあい、上さま、弥助め、これにひかえておりまする」
「おお、くろん坊主か。よくぞつづいたり」
信長公はたちまちごきげんとなり、「はいよう!」と、馬をせめたてなされた。
アフリケンの大平原で、ダチョウのあともおいまわした、くろ助の足だった。まるで糸でむすばれたあやつり人形のしぐさのように、お馬のひずめからはなれることはけっしてなかった。

アフリカからヨーロッパに連れてこられて、さらに遥か遠くの日本で殿様の家来になる。考えてみれば何だか想像もつかないような運命だ。明智軍に逃がされた後のヤスケの消息は分からない。常識に捉われない信長だからこそ、家来にしてくれた訳だから、誰か別の殿様に再び召し抱えられた、という可能性は小さいだろうな。またヨーロッパ人の使用人に戻っちゃったんだろうか。

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2010年4月10日 (土)

横須賀・軍港クルーズ

世はネットの時代ではあるけれど、新聞・雑誌で目に付いた記事が、自分の行動予定を決めることも少なくない。3月30日付日経新聞で、横須賀の「軍港めぐり」クルーズの紹介記事を見て、「こんなのあるんだ」と思って、本日出動した。

乗船場所は、京浜急行の汐入駅から歩いて5分。11時、12時、13時、14時の一日4回運行、乗船時間は45分。料金は1200円。主催会社「トライアングル」ホームページでスケジュールをチェックすると、土日の11時は結構予約で埋まっている。自分は12時の回に乗船。定員150人程度の船は、ほぼ満員という感じ。コースは、アメリカ海軍施設と海上自衛隊施設の周辺を巡る。アメリカ軍施設には空母ジョージ・ワシントンが停泊中。

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当然ながら自衛艦もかなりの数が見られる。

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クルーズの後は、横須賀の町をうろうろ。横須賀は水兵さんの町である。日本人はもちろん、アメリカ人の水兵さんも目に付く。お昼は「海軍カレー」でもと思っていたが、それらしい店に出会わなかったので、三笠公園に向かう。日本海海戦の旗艦「三笠」。横須賀にあるのは知っていたけど、見るのは初めて。観覧料は500円。甲板を歩き、艦橋に上る。内部の展示は結構充実していた。写真の左が艦首方向。マストにはZ旗が翻る。

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一年前は軍艦島クルーズに行きましたが、今回は軍艦クルーズでした。長崎港にも自衛艦が泊まってたっけ・・・でもやっぱりね、プラモデルで馴染みがある太平洋戦争時の戦艦の実物があれば、それが一番コーフンできるんだけどな。

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2010年4月 4日 (日)

「無縁社会」

先週の「週刊ダイヤモンド」(4/3号)掲載記事(NHKスペシャル「無縁社会」製作者座談会)の中で告知されていたこともあり、昨日3日の夕方、「無縁社会」の再放送等と討論で構成された特集番組、及び夜の関連番組を見た。夕方の番組の内容は、主に孤独死や単身者の老後生活で、問題提起としてはそれなりの重さはあった。とりあえず「ダイヤモンド」の記事からメモ。

記者A:私たちが言っている「無縁」とは、自分の支えになるような縁を感じづらい社会、自分の暮らしや命を支えてもらっているとなかなか実感できない社会のことだと思っています。
近所や親戚付き合いもあるのに、その人が本当に望む生き方ができない、老後をどう過ごし、どこで死を迎えたいかという自由が保障されていない。無縁とは、そういうことも含めたものだと感じます。

ディレクター:取材してみると、完全に無縁なんていう人はいないんです。今の無縁というのは、親族や故郷はあるんだけど、それらが機能していない。縁がないのではなく「縁が機能しない」ということなんです。その人が自ら一人ぽっちの生活を選択したのだとしても、その結果、社会の救済システムが届かないところにすぐ転がり落ちてしまう危うさがある。そこに問題があるのだと考えています。

記者B:取材しながら自分に照らし合わせることが多かったですね。すると核家族化や少子化、子どもを持たない生き方など、いろいろな問題が背景に横たわっていることを感じました。
今、ミクシィやツイッターで番組についてつぶやいている人にも会っているのですが、いわゆる“ロスジェネ世代”が多い。就職がうまくいかず非正規で働いているとか、正社員で忙しく働いて充実しているように見えるのに鬱があるとか、よく取材してみるとその向こうに社会の病巣があることがわかる。30~40代と、幅広い層に無縁社会が広がっていると感じますね。

ディレクター:「縁」の意味としては、二つあると思うんです。一つは安心感という心のつながり。もう一つは、たとえば介護が必要なときにシグナルが出せて、なんらかのサービスに引っかかるという社会の救済システムです。
このうち、公的なシステムは完全に欠落しています。本来、公が担うべき社会保障のシステムを、これまでは家族や企業などに一部分を負わせてきた面がある。ところがここにきて、その仕組みから排除されている人がどんどん出現してきて、救済システムの手直しが追いついていない。

・・・「無縁社会」とは「都市化」の行き着く果て、と感じる。いわゆる共同体の崩壊、人的流動性の増大、個人単位の生活等々。家族や企業の「共同体性」が希薄化すると共に、それらが部分的に担っていたセーフティネットの機能も失われた。結果、高齢者や失業者などの弱者に対する公的支援制度の不完全性が露になり、「自己責任」概念が若い世代の一部を呪縛しているらしい事と相まって、事態をより悲惨なものにしている印象もある。

NHK番組の中でも、個人が自分から絆を作る努力をすると共に、個人が困った時には国や社会が守らなければならない、とする意見が述べられていた。社会システムの見直しを進めると共に、個人もより意識的に状況に向き合う事が求められている・・・まあ、どんな社会問題も、大雑把な結論としては、そんな形になるんだろうけど。(苦笑)

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2010年4月 3日 (土)

「迎合」的性格という言い草

菅家さんの冤罪事件、いわゆる「足利事件」は、酷い話だなとは思うものの、正直かなり他人事という感じでニュースを眺めていたら、4月1日に公表された警察庁及び最高検の検証結果の中から、これは気に入らねえ、っていうエモーションを呼び起こす表現が伝えられた。菅家さんの「迎合の可能性がある」性格が、虚偽自白の一因になった、という下りである。

とんでもない言い草で、「迎合」させたのはどこのどいつだよ、って感じ。連中はやっぱり全面的には責任を認めたくないんだな、というのがありありと判る。とりあえず専門家の意見を引用する。(4月2日付日経新聞より)

浜田寿美男・奈良女子大名誉教授(法心理学)の話
虚偽自白に至った「迎合」の要因を菅家さんの性格に求めたことは問題で、検証結果では取り調べの実態を認識していないと思わざるを得ない。「この人が迎合性が高い」というのは結果論。実際は、どんな人でもつらくなって虚偽自白に追い込まれる恐れはある。一番の課題は、有罪前提で相手の言葉に聞く耳を持たない「謝罪追及型」の取り調べの払拭だ。足利事件はこの問題を突きつけている。要因を矮小化してしまうと、今後同じようなことが起こっても、冤罪を見抜けないことになるだろう。

・・・まあ冤罪で取り調べを受けるはめになった時は、「私は迎合しやすい性格なので気を付けてください」と先に宣言したほうがいいかな。とか。

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2010年4月 2日 (金)

老舗ロック誌、活字拡大

ロックを中心に扱う老舗音楽雑誌「レコード・コレクターズ」が、読者の高齢化に配慮して、今月発売の5月号から活字を大きくする、とのこと。産経新聞のネット配信記事からメモする。

同誌は昭和57(1982)年にミュージック・マガジン社が創刊した。公称発行部数は約15万部。ここ数年、アンケートはがきを送ってくる熱心な読者のほとんどが50代半ば以上で、「字が小さくて読みにくいので大きくしてほしい」という要望が編集部に多数寄せられたという。編集部内で協議した結果、5月号から文字の拡大など大幅な誌面刷新の実施に踏み切ることにした。

今回の同誌の刷新には、若者の洋楽離れやネットの普及による活字離れの影響もうかがえるが、寺田正典編集長(47)は「ロック音楽が真に革新的で多くの人をひきつけたのは1980年代半ばまでで、そのころにファンだった若者がロック音楽とともに年を重ねている。読者の高齢化は避けられないが、若い世代にも親しめるようなメディアをめざしたい」と意気込んでいる。

出版科学研究所(東京)の佐々木利春・主任研究員(59)の話
「若者の情報源が雑誌からネットに移った昨今、雑誌の読者の平均年齢はどんどん上がっている。今後、若者向けの雑誌は成立しにくい。レココレのような読者の高齢化にきっちり応える取り組みは今後増えていくのでは」

・・・洋楽ロック志向も雑誌文化も、もはやシニア世代のものなのか。はあ。

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