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2010年3月 9日 (火)

「見えない国教」

国家とは宗教的な現象である。昨日に続いて『宗教で読む戦国時代』(神田千里・著、講談社選書メチエ)からメモ。

歴史学の上でも戦国時代は、現在の日本社会の原型が成立したもっとも重要な時代と考えられている。勝俣鎮夫氏によれば、戦国時代に起こった変化の第一は、民衆が歴史を動かす主体として初めて出現したことである。第二に「未開」から「文明」への飛躍である。第三に国民国家の形成である。信長・秀吉・家康の名は「天下統一」、言い換えれば初めての「国民国家」の樹立をなしとげた者として日本人に記憶されているのである。

従来の統一政権に関する研究では、もっぱら権力体系と主権の存在に関心が集中していたが、社会秩序の管理と民衆の服属とを実現するような政権が、民衆の一定の支持と自発的な服属なしに成立するということは想像しにくく、統一政権の実現した「国家」を、民衆の集合心性に属する信仰の問題として考える余地はあるように思われる。

例えば、ローマ教会から王権が独立していく時代のイングランドでは国教会が創られ、この時代に、後に大発展を遂げるイングランド王国の一つの基礎が築かれたと想定することは、さほど見当違いではないだろう。

イングランドのように制度化された国教が存在する国以外に、国教をもたないか、あるいは否定している国家にあっても実質上「国教」に匹敵するものが存在することはまま見られることである。政治権力に正統性を付与するこの「宗教」は、いわば「見えない国教」であり、制度的、社会組織的な基礎なしに存在しうる。国家は、じつは通常考えられているレベルをはるかに超えて、宗教的な現象なのではないか。このようなものとして、戦国時代に形成された国家の全容を解明する必要があると思われる。

・・・で、日本の「見えない国教」は、戦国時代に広まった「天道」思想の枠組みということになるのだろう。実に興味深い話だ。

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