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2010年2月28日 (日)

居酒屋の「女子会」需要活発

女性同士の宴会プラン、いわゆる「女子会」プランを導入した居酒屋が賑わっているという。たとえば「笑笑」(首都圏店舗)では食べ飲み放題3,300円。曜日や品数限定で2,000~3,000円程度のプランを用意している居酒屋もある。「女子会」需要の背景について、本日付日経新聞「エコノ探偵団」(居酒屋で「女子会」のなぜ)からメモ。

「女性グループは職場の同僚同士でいらっしゃるケースが多いようです。飲み会が男性と同様に仕事のストレス発散の場になっています」(居酒屋運営会社の担当者)

「同じ職場だけでなく、同じ業界や同じ業種の女性同士で集まることも増えています」(マーケティング会社の社長)

「女性管理者が増えたことも、女性だけの飲み会の増加を後押ししています。女性管理者が部下の女性を誘うのです」(シンクタンク研究員)

・・・まあ、基本的にはオトコが居ない方が諸々の事どもを気兼ねなく語れるんだろう、って感じがしますけど、職場のIT化で社員同士のコミュニケーション不足が言われるなか、働く女性のストレス解消には、やはり飲みニケーション(死語?)が有効ってことですか。

5ヵ月前のコラム「春秋」でも取り上げてたし、日経は意外と「女子」に注目してるな。

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2010年2月23日 (火)

社会的意味を失う葬式

宗教学者の島田裕巳は、葬式を必要とする社会的な背景が大きく変化して、葬式無用論に向かう自然な流れができつつある、と指摘する。『葬式は、要らない』(幻冬舎新書)第8章「日本人の葬式はどこへ向かおうとしているのか」からメモ。

戦後、核家族化という事態が進行。家族の規模が小さくなり、また家そのものの重要性が低下した。
都市化という事態も大幅に進行する。高度経済成長の時代には、産業構造の転換にともなって、都市部で大量の労働力が必要とされ、農村がその供給源となった。そのため、村を離れて都市で暮らす人間が増えた。

柳田國男の祖霊観は、村の暮らしが前提になっていた。(柳田は、日本人は、自分たちの家の先祖である祖霊が、浄土のような遠方の世界に行ってしまうのではなく、子孫の身近にとどまって、その生活を見守っていくのだと考えた)

都市には農業はほとんどなく、商業や工業が中心になる。そこでは農村に伝わる伝統的な信仰や祭礼をそのまま取り入れる余地はない。それは柳田が日本人の信仰の核に据えた祖霊観が成り立たないことを意味する。

都会で増えたサラリーマン家庭では、家の重要性が低下した。
都会でも、自営業の家の場合には、経済活動の単位である家を存続させていくことは重要だった。葬式には(喪主になる)後継者を披露する役割がある。
ところが、サラリーマンの家では、葬式にそうした機能は期待されない。そこには、「家の葬式」から「個人の葬式」への変化が見られる。

高齢化ということも、大きな意味をもっている。
葬式をあげ、墓を作って年忌法要などの供養を続ける背景には、ねんごろに供養されていない死者の霊は祟るという祟りの信仰がかかわっている。現在の仏教式の葬式の原型は、禅宗の葬式にあり、それは修行の途中で亡くなった修行者のためのものが起源になった。修行途中という未練を晴らすために、丁重な供養が求められた。
しかし現代において、亡くなる人のほとんどは70代、80代、さらには90代の老人である。高齢者は死んでも未練はないと考えてかまわないだろう。

核家族化や高齢化ということが、従来の形式の葬式を意味のないものにし、新しい形式の、より合理的なものを求める傾向を生んでいる。葬式は明らかに簡略化に向かっている。それは、葬式を必要としない方向への変化だとも言える。今や現実が葬式無用論に近づいているのだ。

・・・われわれはもう、村落共同体の中にもいないし、家を存続させなければならない理由もない。社会的な変化が累積していって臨界点に達した時、人の意識も大きく転換していくとすれば、今後葬式無用の意識の広がりは加速していくと思われる。

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2010年2月22日 (月)

「PIGS」の次は「STUPID」?

ギリシャ危機をきっかけに国家の信用リスク、いわゆるソブリンリスクが注目されているが、PIIGS(またはPIGS)の次はSTUPIDか、という話が今週の日経ヴェリタス(2/21号)に載っている。ギリシャの財政問題が明らかになって以降、財政に不安を抱える「PIIGS」(ポルトガル、イタリア、アイルランド、ギリシャ、スペイン)各国の国債利回りが上昇し、ユーロもドルや円に対して下落。さらに足元ではドバイへの不安も再燃、イギリス(UK)やトルコなど非ユーロ国も含めた「STUPID」(スペイン、トルコ、UK、ポルトガル、イタリア、ドバイ)へと売りが拡がる懸念もあるという。以下にメモ。

不安の連鎖の起点は2008年のリーマン破綻。海外資金に依存し「身の丈」を超える拡大路線を取っていた国が相次ぎ通貨危機に見舞われたのが、ソブリンリスクの第1段階だった。

その後、欧米主要国による金融救済策や新興国も含めた景気刺激策が功を奏した。だが、しばらくすると危機対策に巨額の資金を投じた各国の財政悪化が不安視されるようになり、安全圏だったユーロ加盟主要国まで不安が広がる第2段階へと進んでいる。

BNPパリバ証券の中空麻奈氏は、「ギリシャ問題が尾を引くうちに不安が英国などにも波及し、米国や日本にも影響が出てくる」と懸念する。
背景には成長の源泉を新興国に頼る世界経済の構造変化がある。「成長の裏付けのある新興国よりも、財政や経済状況の厳しい先進国の信用力が疑問視される時代に入っている」(中空氏)。

90~00年代の南米危機やロシア危機、アジア危機など、かつてはソブリンリスクの発火点は新興国だった。世界経済にとっては「ぼや」にとどまった。だが先進国が舞台となった今回の危機が日米を巻き込む「大火」となれば、長期戦となるのは必至。カギを握るのは、金融危機の震源地・米国の金融緩和の「出口」の行方となりそうだ。

・・・しかしPIGSに続いてSTUPID(一部の国は被ってるけど)、「ブタ」さんの次は「バカ」者かよ、何か悪ノリというか、ちょっとふざけすぎ?って感じもする一方、誰が考えるのか知らないけど、意地の悪い語呂合わせをよく思いつくもんだと妙に感心したりする。

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2010年2月17日 (水)

「永守イズム」の成果

バンクーバー・オリンピック、スピードスケート男子500m銀メダルの長島選手、銅メダルの加藤選手が所属する日本電産サンキョーは、両選手に報奨金を贈ることを決めた。金額は長島選手1,000万円、加藤選手600万円。報奨金は同社と永守重信会長(日本電産社長)が折半で拠出。永守会長は「ハードな練習に耐えた結果で、高く評価したい。次のソチ五輪にはより多くの選手を送り、多数のメダル獲得を目指したい」とコメント。(以上は、本日付日経新聞社会面による)

日本電産サンキョーの前の社名は三協精機製作所。業績の低迷から、日本電産に買収された企業だ。本日付日経新聞1面コラム「春秋」からもメモしてみる。

すぐやる、必ずやる、できるまでやる――。日本電産の永守重信社長は長野県の三協精機に毎週通い、目標をあきらめない永守流を社員に説いて回った。再建中も、永守さんは士気を考え、スケート部を廃部にしなかった。「1位」にこだわる永守さんは、「金メダルをとってこいよ」といって選手を送りだした。「金をとるまで頑張れ」と思っていることだろう。

・・・結果として2番3番になるのはともかく、目標は1番でなきゃあ、ってことだな。
10年以上前になるが、日本電産の決算説明会に行く機会があって、永守社長のハイテンションな言動の印象は強烈だった。永守流M&Aはクビ切りをしないことで知られる。今回のメダル獲得も、永守イズムがもたらした「成果」の一つと思って良いのだろう。

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2010年2月14日 (日)

「クリーナクリー」ライヴ

ロックの世界にはコピー・バンド、最近はトリビュート・バンドという気取った呼び方もあるみたいだが、そういうジャンルがある。で、「KREE NAKOORIE」はアルカトラスのコピー・バンド。ディープ・パープルやレインボーならいざ知らず、アルカトラスというのは珍しいんじゃないかと昨晩、ライヴを見に行った。場所は目黒「鹿鳴館」。チケットにはスタンディングとあったけど、実際には座席が50位あるこじんまりしたスペースが会場だった。

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ボーカルはグラハム・ボネット、そしてギターはやっぱりイングヴェイ・マルムスティーン(わざわざスティーブ・ヴァイでやる物好きな手合いは無いよね)、とにかく見た目に関しては、この二者がそれらしければ、アルカトラスのコピー・バンドは成立する訳だな。クリーナクリーは、大阪を拠点に活動しているバンドとのことです。

「グラハム」さんは薄いピンク色のスーツ、黒のネクタイで熱唱。昨日の東京は何しろ寒くて、ステージから観客に「風邪ひかないようにね」と声をかけて優しいのだった。「イングヴェイ」さんは、ライヴの最後にはギター破壊までやってくれて、ものの見事に本人に成りきっているのだった。

まあでも、イングヴェイ在籍時のアルカトラス完全再現も悪くないけど、コピー・バンドにはもう少し「遊び」があってもいいと思う。例えば「アイアムアバイキング」(ライジング・フォースの曲)を「グラハム」さんに歌ってもらうとかさ。

ところで、クリーナクリーの東京公演を記念して?(そんなわきゃないけど)アルカトラスのライヴ・ビデオが再発されている。1984年の2度の来日公演、1月のイングヴェイ版及び10月のヴァイ版、両方とも公式DVD化されたので、とりあえずひとつ、となればやっぱり、イングヴェイ版を購入しちゃいました。

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2010年2月13日 (土)

映画「新しい人生のはじめかた」

ダスティン・ホフマンといえば「卒業」だ。(古いっす)
いや「クレイマー・クレイマー」「レインマン」かな。(実は観てない)
そうそう「わらの犬」があった!(スーザン・ジョージたまらんかった~)

さて公開中のダスティン・ホフマン主演映画、「新しい人生のはじめかた」の舞台はロンドン。ヒースロー空港内にあるバーの中で、中年シングルの男女が出会う。男はハーヴェイ・シャイン、CM音楽の作曲家、バツイチのアメリカ人。娘の結婚式に出席するため、ロンドンにやって来た。女はケイト・ウォーカー、空港で働くイギリス人。二人はそれぞれに、前夜の社交の集まりで「場違い」気分を味わって寂しさを感じていた。シャインは、結婚式前の親戚同士の会食で浮いてしまい、さらに娘からバージンロードは義父と歩くと告げられる。ケイトは、職場の同僚に年下の男を紹介されたものの、偶然相手の友達に合流されてしまい、居心地の悪い時間を過ごす。翌日、結婚式後の披露宴は欠席して、仕事でとんぼ帰りするはずだったハーヴェイは、飛行機に乗り遅れた挙句、上司に連絡すると「戻る必要はない」と言われてしまう。昼間からバーでヤケ酒をあおるハーヴェイの目に止まったのは、空港到着時に僅かな言葉を交わしたケイトだった・・・。

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言うまでもなくホフマンはアカデミー賞俳優、ケイトを演じるエマ・トンプソンは、自分は初めて見る人なのだが、こちらもやはり「演技派」ということで、確かにこの出会いの場面は、二人とも「普通の人」を自然に演じてさすがである。ケイトは空港勤務の傍ら、小説の書き方講座に通っているし、図書館司書か博物館学芸員のような知的な感じの女性。でも身体つきはがっしりしてるけど(笑)。もともと主演俳優二人のイメージで脚本が書かれたそうで、まあ初めて見たせいもあるけど、殆どケイト=エマとワタシには思われました。そうそうハーヴェイが文学作品のタイトルと作者は知っているのに、中身は読んでない、というのは、ワタシと同じだと思いました。(苦笑)

難点を挙げると、ハーヴェイがケイトにそこまで惚れ込んじゃう、その理由がそれ程明快には伝わってこない。すれ違いの場面も、二人ともケータイ持ってるのになあと思ったりする。ラスト近くに、上司からの電話で「客の気持ちが変わったので戻って来い」と言われるのも、やや取って付けた感がある。

しかし最後の場面、ハーヴェイのセリフに、しみじみ共感できるのでまあいいか・・・傷ついたり失望するのが嫌で恋愛を避けるようになってしまったケイトが「私たちうまくいくと思う?」と尋ねると、ハーヴェイは「まるで見当もつかない。でも頑張る。約束するよ」と答える。この先には嬉しくない結果が待っているのではないかと恐れを抱くのも、先の事は分からないならば尚更、意識的な努力は大切だと理解するのも、人生経験の積み重ねがあればこそ、だよな。

しかし、こういう「中高年恋愛映画」(不倫系じゃなくてシングル同士のね)は、これからもっとたくさん作られてもいいような気がする・・・と、中高年独身者であるワタシは思ったのだった。

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2010年2月 1日 (月)

織豊ドラマは飽きない

大河ドラマ好きを自認する小谷野敦の新刊『大河ドラマ入門』(光文社新書)。その中で著者は、自分は織豊時代は食傷気味だが、一般の大河ドラマファンには、信長・秀吉・家康など有名武将を誰が演じるのかが楽しみになる、と書く。

自分も「一般のファン」なので、やはり三英傑をやる役者さんには興味があるし、何度見ても特に飽きるということはない。そもそも日本史は結局、信長・秀吉・家康に尽きる、という感じすら持っている。例の内藤湖南の言う「応仁の乱以後が今に通じる日本の歴史」であるならば、応仁の乱の後に最初に秩序を打ち立てた信長・秀吉・家康の影響下に今も我々はある、と言ったっていいくらいだ。日本人は愛知県(尾張・三河)に足を向けて寝られないぞ(・・・それは言いすぎやろ)。

さて、著者は、高橋幸治と緒形拳は信長・秀吉のゴールデン・コンビ、家康を2度演じた津川雅彦は名優といって良い、と評する。概ね同意。津川雅彦はあのギョロ目だけで家康だ、と思っちゃう。信長と秀吉については、自分も著者と同じ『国盗り物語』が大河の見始めなので、高橋英樹と火野正平(そして近藤正臣の明智光秀!)に馴染みはあるのだが、幸治と緒形が「ゴールデン・コンビ」という評価に異議は無い。

ドラマの主役としての家康を演じた滝田栄は、面長でとても家康に見えなかった、という意見にも同意。自分の感じでも、他に武田信玄が中井貴一、足利尊氏が真田広之だから、何で主役になるとみんな馬面になるのか(笑)と思ったことがある。

女優では、なぜか著者は言及してないが、松原智恵子のお市の方(『国盗り物語』)は、「戦国一の美女」としてこれ以上は望めない配役だろう。また、深田恭子の茶々(『天地人』)も「美しすぎる」淀殿だった(著者の評価は低いけど)。それから戦国じゃないけど、著者は小池栄子を「大河史上最高の巴御前」と激賞。確かに、『義経』は終わりの頃ちらっと見ただけの自分も、小池栄子かっちょいい、似合ってる、と思いましたね。

まあ自分は織豊の話は何度見ても飽きないので、いつか秀吉の天下統一過程を詳しく追うドラマが見てみたい。本能寺の変から始まって、山崎(VS明智光秀)、賤ヶ岳(VS柴田勝家)、小牧・長久手(VS家康)、四国(VS長宗我部)、九州(VS島津)、関東(VS北条)、朝鮮侵攻、そして関ヶ原まで、主役は秀吉というか秀吉軍団、加藤清正、福島正則、小西行長、石田三成、大谷吉継なども含めた群像劇にする。他にも伊達、上杉、真田も絡んでくるし、朝鮮侵攻ではもちろん李舜臣も登場させる。うわー豪華だなー(妄想)。これなら多くの地方が関わるから、各武将の地元が万遍なく盛り上がるぞ。で、ホームドラマ的要素は排除。視聴率は低くてもいいから骨太のドラマにするのだ。すぐにとは言わないが、向こう10年のうちに見れるといいな。

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