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2010年1月23日 (土)

勝間的「幸せ」と「努力」

勝間和代×香山リカの『勝間さん、努力で幸せになれますか』(朝日新聞出版)は、昨秋雑誌「アエラ」に掲載された対談を中心にまとめられたもの。

まあ、基本的には両者の語る「幸せ」と「努力」、その意味やイメージの隔たりが相当大きいので、話が噛み合わないのは当然かなと。まずは勝間にとって「幸せ」とは何か。

勝間:幸せってたぶん二つあるんです。一つは他人に「ありがとう」と感謝されるというわかりやすい幸せ。もう一つは、昨日できなかったことが今日できるようになるという自己的な幸せ。どちらかがあると人間はうれしい。

・・・で、勝間にとっては、後者はもちろん、前者にも努力が必要。努力して他人の役に立って「ありがとう」と言われることが「幸せ」。「努力」した結果の「幸せ」こそ「幸せ」なのだから、「努力」すれば「幸せ」になる、少なくとも「努力」は「幸せ」への「近道」だと主張するのは道理だろう。一方、香山の「幸せ」のイメージは「努力」とは無関係だから、当然のように話は平行線を辿る。さらに、勝間は「努力」を苦労とは考えていない。

勝間:努力というのは、別に苦しいものではないんですよ。うまく言えませんが、努力そのものが幸せなんですよね。私は、楽しく努力する方法は教えます。しかし、努力をしないで楽しくなる方法は教えません。これは、私の本のポリシーです。

頑張るというプロセスをもっと楽しめないかという話なんですよ。頑張って結果が出る出ないを問わずして、頑張っているということ自体にもっと幸福感を持ってほしい。

私は、人間はみんなすごい能力を持っていると信じています。自分の能力を開発したり、他人に喜ばれる仕事をしたりすることが、その人が一番幸せを感じる瞬間ではないか、という強い哲学を持っています。

・・・「はじめに」の中で香山は、「効率をよくして、努力して競争に勝ち、成功を収めることがそれほどすばらしいことなのか」と書く。だが、自らが嫌悪する新自由主義的競争社会、その勝利者・成功者という「アイコン」としての「勝間和代」、そして努力することが自己目的化した「カツマー」(の一部)を、香山が批判したところで、それらのイメージが偏ったものとして斥けられれば、その批判も空回りするほかない。

対談における香山の追求も詰まるところ、「人は努力しないといけないのか」の一点張りだが、それは勝間的には当然のことというか、少なくとも勝間の「営業姿勢」の根本なのだから、あえて本人に問い質すほどのことでもないような気がする。

でも自分も努力が嫌いなので、心情的には香山寄り。勝間みたいな過剰なまでにポジティブで向上心に溢れた人は苦手。だから、勝間の新刊『結局、女はキレイが勝ち』が、アマゾンのレビューで最低評価の「星一つ」を多数集めてるのを見た時は笑っちゃった。こんな本を出すなんて・・・勝間も「林真理子」化したな、って感じ。

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