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2010年1月10日 (日)

雑談「昭和」への道

年末のNHK・ETV50で、司馬遼太郎が昭和期を語る番組(雑談「昭和」への道、全12回の第1回、1986年5月放送)を見た。自分は、司馬遼太郎に強い関心がある訳ではないけれど、「ノモンハン」と「統帥権」という言葉が語られると、「出た」って感じ。

作家が「ノモンハン」を書こうとして書けなかったのは、何となく聞いたことがあるのだが、「雑談」という形で語ってはいたのだな。で、このテレビ番組の内容を文字に起こした本が、作家の死後に出版されていたことを知った。その『「昭和」という国家』(NHKブックス1999年)の第1章から「統帥権」絡みの部分をメモしてみる。

戦後にアメリカ軍、国際法的には連合国軍に占領されましたが、さほどの抵抗がなかったような気がします。これはどういうことかと考えますと、この国は結局、アメリカに占領される以前に、日本の軍部に支配、占領されていたのだろうと。

当時、参謀本部という異様なものがありました。いつのまにか国家のなかの国家になりました。国家中枢のなかの中枢になりました。

「統帥権」、われわれをひどい目に遭わせたのは、この三文字に尽きるのではないかと思うのです。明治憲法も三権分立には違いなかったのですが、その上の超越的な権力、権能というものが統帥権でした。「陸海軍は天皇がこれを統帥する」という一条を大きく解釈していくと、統帥権というインチキの理論を持ちだすことができるのです。立法、行政、司法の三権を超越し、結局、軍人だけが統帥権を握りました。

明治憲法も悪くはありませんでした。しかし運用を誤り、「統帥権」というおばけが出てしまいました。やっぱり明治憲法はまずかったのでしょうね。その理由を探すと、明治維新そのものにあったのではないかと思うのです。明治維新はいろいろな素晴らしいものを持っていました。しかし、思想は貧困なものでした。尊皇攘夷だけでした。

ペーパーテストで陸軍大将にもなれるし、総理大臣にもなれる。試験制度で国の前面に出てきた官僚たちが、昭和期になって明治のひからびた思想を利用した。そのひからびた尊皇攘夷を持ち込み、統帥権という変な憲法解釈の上にのっけたのではないかと。

・・・軍部はなぜ暴走したのか。なぜ国民はそれを抑えることができなかったのか。「統帥権」は、その問題を考えるシンボルだとは言えるようだ。

余計なことだけど、「学校が嫌いだった」と語る作家は、「人間は図書館と本屋さんがあればいい」と考えてるそうです。同感です。

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