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2010年1月 9日 (土)

「政治主導」は「政党主導」?

鳩山政権における党と政府の関係はおかしい、と断ずるのは本日付日経新聞市況欄コラム「大機小機」(党高政低の禍)。以下にメモ。

政党は政策について意見を同じにする人々の集合体とはいえ、結局のところ選挙に勝つこと、これこそが「党の論理」にほかならない。これに対し、実際に政策を立案・実行し、政策の集大成ともいえる予算編成を行う政府が指針とすべきなのは「国家百年の計」である。

もし選挙で問われるべき「民意」と、「政府の論理」であるべき国家百年の計が一致していれば、これほど幸せな政治の状態はないだろう。だが、どこの国でも、いつの時代にも民主主義は「衆愚政治」の影を引きずっていかなければならない。

さて現在の日本。選挙に勝つという「党の論理」と国家百年の計という「政府の論理」のバランスは、無残なまでに失われている。そもそも3党連立の合理的理由はどこにあるのか。基本的な考え方が違う政党の連立は、米軍基地移転問題の迷走を通して外交・安全保障を座礁させた。

92兆円を超えた来年度予算についても「党の論理」が満載だ。税収37兆円、国債発行44兆円という現実を前にして、消費税率は4年間上げないと言うこと自体、国家百年の計にかなうものではないのは今や誰の目にも明らかだ。

選挙を意識して近視眼的人気取りに陥りがちな与党との緊張に耐え、政府は長期的な視野に立って政策を立案・実行すべきだ。そこで必要なのは「政高党低」であり、それを生み出すのは首相のリーダーシップである。

・・・「政治主導」は「政党主導」ではなく、「政府主導」で頼みたい。リーダーシップという話では、「私の内閣の方針に反対する勢力はすべて抵抗勢力だ」と叫んだ小泉のマネは、「いいひと」の鳩山にはできないだろうな。数合わせのために3党連立を維持するなら結局、参院選までは日本の政治も何だかぐずぐずした状況が続くと思うしかない。

関連して、同じ日経新聞1面のインタビュー記事では、大竹文雄・大阪大学教授が「日本の財政赤字が突出して大きいのは政府の規模が大きいからではなく、税収があまりにも少ないため。政府の規模を大きくする意志があるなら、どういう道筋とかたちで税収をあげるのかを示してほしい」として、鳩山政権の「消費税を上げない」という方針に疑義を示している。

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