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2010年1月31日 (日)

幸若舞「敦盛」

まずは『大河ドラマ入門』(小谷野敦・著、光文社新書)からメモ。

大河ドラマに限らず、織田信長といえば「人間五十年、下天のうちを比ぶれば、夢幻の如くなり」という「敦盛」の一節を謡うのが常である。だが、信長が謡ったのは、謡曲の「敦盛」ではなくて、幸若舞の「敦盛」である。

『平家物語』で、熊谷次郎直実が平家の公達敦盛を討って、無常を感じて出家した話に基づくもので、詞章は同じだが節回しが違う。だが、幸若舞は福岡県大江に伝えられて重要無形文化財に指定されているが、「敦盛」の節は分からないから、ドラマなどでは謡曲で代用している。

ところが2005年から幸若舞「敦盛」の復元作業が行われ、08年に上演されたが、これは謡曲の荘重な節とは違い、やや軽みを帯びたものだったから、恐らく今後、信長もののドラマが作られても相変わらず謡曲で代用するのだろう。

・・・そいつは知らなんだ、節回しが違うのか、へぇ~。

てか、謡曲って何だ?(苦笑)
能のストーリー兼歌詞。言葉の部分。
じゃあ幸若舞は?(また苦笑)
能や歌舞伎の原型といわれる日本最古の舞楽(舞を伴った雅楽)。
・・・だそうです。(またまた苦笑)

検索してみると幸若舞「敦盛」のユーチューブ映像音声あり。有り難いことですね。

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2010年1月30日 (土)

秋山真之といえば

秋山真之という人がいる。周知の如く日露戦争当時の日本海軍の参謀だ。NHKドラマ「坂の上の雲」では主役だから、もちろんかっこいい人である本木雅弘が演じている。

でも自分は、秋山真之といえば、米倉斉加年だ。

しかしこの「米倉秋山」が出たのって、何のドラマだったっけ・・・?

調べてみると、「海は甦える」。1977年にTBSで放送された3時間ドラマ。もう30年以上も前の作品だったか。現在、ビデオ商品は存在してないようだが、横浜の放送ライブラリーで閲覧可能とのこと(ウィキペディアによる。ネットって色々教えてくれるもんだな)。で、何となく気になったので、横浜まで足を運んで視聴してみた。

米倉演じる秋山真之が出てくるのはドラマの後半で、自分の頭の中に何となくイメージが残っていたのは、バルチック艦隊が対馬沖に現れたという知らせを受けて、戦艦の甲板上で秋山が興奮して跳び回る場面。ああ、こんな感じだったか、と思う。

このドラマは山本権兵衛(仲代達也)が主役、そして広瀬武夫(加藤剛)が準主役の扱いなので、そんなに秋山真之の出番があるわけではない。それでも自分には「米倉秋山」が印象的だったのは、米倉には参謀役が似合うってことかな。このドラマの4年前、NHK「国盗り物語」では戦国の軍師・竹中半兵衛役だったし。

30数年ぶりに見るドラマは、殆ど初めて見るようなもの。で、ドラマ全体の出来は可もなく不可もないという感じ。役者さんの演技に惹きこまれる場面もあるけど、権兵衛の夫婦愛やら、広瀬とロシア女性の恋物語やら、日露戦争やら、エピソードが同じ程度の比重で並ぶので、結局何を一番描きたかったのか分からない・・・。今このドラマを作るとしたら、海軍のリストラを進める改革者としての山本権兵衛を強調するところかな。

(ネットで検索していると、このドラマの視聴記を載せているブログがあって、この人は広瀬ファンらしいのだけど、世の中には奇特な方がいるものだと感心しました)

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2010年1月23日 (土)

勝間的「幸せ」と「努力」

勝間和代×香山リカの『勝間さん、努力で幸せになれますか』(朝日新聞出版)は、昨秋雑誌「アエラ」に掲載された対談を中心にまとめられたもの。

まあ、基本的には両者の語る「幸せ」と「努力」、その意味やイメージの隔たりが相当大きいので、話が噛み合わないのは当然かなと。まずは勝間にとって「幸せ」とは何か。

勝間:幸せってたぶん二つあるんです。一つは他人に「ありがとう」と感謝されるというわかりやすい幸せ。もう一つは、昨日できなかったことが今日できるようになるという自己的な幸せ。どちらかがあると人間はうれしい。

・・・で、勝間にとっては、後者はもちろん、前者にも努力が必要。努力して他人の役に立って「ありがとう」と言われることが「幸せ」。「努力」した結果の「幸せ」こそ「幸せ」なのだから、「努力」すれば「幸せ」になる、少なくとも「努力」は「幸せ」への「近道」だと主張するのは道理だろう。一方、香山の「幸せ」のイメージは「努力」とは無関係だから、当然のように話は平行線を辿る。さらに、勝間は「努力」を苦労とは考えていない。

勝間:努力というのは、別に苦しいものではないんですよ。うまく言えませんが、努力そのものが幸せなんですよね。私は、楽しく努力する方法は教えます。しかし、努力をしないで楽しくなる方法は教えません。これは、私の本のポリシーです。

頑張るというプロセスをもっと楽しめないかという話なんですよ。頑張って結果が出る出ないを問わずして、頑張っているということ自体にもっと幸福感を持ってほしい。

私は、人間はみんなすごい能力を持っていると信じています。自分の能力を開発したり、他人に喜ばれる仕事をしたりすることが、その人が一番幸せを感じる瞬間ではないか、という強い哲学を持っています。

・・・「はじめに」の中で香山は、「効率をよくして、努力して競争に勝ち、成功を収めることがそれほどすばらしいことなのか」と書く。だが、自らが嫌悪する新自由主義的競争社会、その勝利者・成功者という「アイコン」としての「勝間和代」、そして努力することが自己目的化した「カツマー」(の一部)を、香山が批判したところで、それらのイメージが偏ったものとして斥けられれば、その批判も空回りするほかない。

対談における香山の追求も詰まるところ、「人は努力しないといけないのか」の一点張りだが、それは勝間的には当然のことというか、少なくとも勝間の「営業姿勢」の根本なのだから、あえて本人に問い質すほどのことでもないような気がする。

でも自分も努力が嫌いなので、心情的には香山寄り。勝間みたいな過剰なまでにポジティブで向上心に溢れた人は苦手。だから、勝間の新刊『結局、女はキレイが勝ち』が、アマゾンのレビューで最低評価の「星一つ」を多数集めてるのを見た時は笑っちゃった。こんな本を出すなんて・・・勝間も「林真理子」化したな、って感じ。

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2010年1月17日 (日)

榊原、竹中、武者、水野

本日のテレビ朝日「サンデープロジェクト」は、とりあえず「小沢VS検察」の話が前半、後半は経済の話。榊原英資、竹中平蔵、武者陵司、水野和夫の錚々たる顔ぶれ。

2010年末の株価、為替
榊原 9,000円、1ドル=85円
水野 9,500円、1ドル=85円
竹中 9,500~11,000円、1ドル=85~105円
武者 14,000円、1ドル=115円
榊原、水野はアメリカ経済失速から景気の2番底あり、武者はアメリカは大丈夫で2番底無し。竹中は日本の対応重視、政策の大転換を予想。

中国経済
4者共に、中国経済の強さは続くとの見方でほぼ一致。今は若干バブル気味(榊原)でも、高度成長のサイクルに入っている(水野)ので、目先のアップダウンはあっても、中長期的に拡大が続く。

景気対策
榊原 新年度に補正予算必要、5兆円~10兆円規模か。
竹中 大型補正をやらざるを得ない。ただし財政赤字削減のシナリオを示すこと。
水野 需給ギャップの問題は、需要ではなく、大きすぎる供給力。
武者 短期的には財政出動必要。大事なのはデフレを断ち切ること。

・・・とりあえず中国経済は大丈夫として、アメリカ経済の動向と日本の政策対応がリスク要因。

日本が目指す社会
榊原 成長から成熟経済に、生活の質を高めるヨーロッパ型社会を目指す。
竹中 グローバリゼーションの中で所得を拡大し自由を獲得する。教育が大事。
水野 成長の近代社会から、成熟のポスト近代社会へ。価値観が変わる。
武者 日本の生活水準はそれほど高くない。質の向上のためには成長が必要。

・・・どれも正しいように思える。(苦笑)
でも、今日は各人の要点が分かりやすくぶつけられていて、割と面白かった。

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2010年1月16日 (土)

突如「フレンズ」聴きまくる

13日水曜日の夜、NHK「SONGS」を見て、出演していたNOKKO(元レベッカ)の新しいアルバムを何となく買ってしまった。番組放送と同じ13日に出たばかりということで、「プロモーション」に乗せられたかな・・・。

最新作「NOKKO Kiss」はカバーアルバム。久保田利伸や佐野元春、ミスターチルドレンやサザンオールスターズ等の名曲を歌うほか、「フレンズ」を始めとした自身の代表曲もセルフカバー。

オープニングはやはり「フレンズ」。日本のロックバンドは殆ど聴かないワタシでも知ってる、レベッカのヒット曲。伸びやかな歌声に乗せて切なさが疾走する、いいよね。

他の曲では、ミスターチルドレンの「トゥモローネバーノウズ」が結構盛り上がる。淡々と歌い上げる「そして僕は途方に暮れる」(大沢誉志幸)もグッド。NOKKOの声、表情豊かである。

「えっ」と思ったのはドラムス。サイモン・フィリップスという名前に聞き覚えがあった。もう30年も前、ジューダス・プリーストの3枚目のアルバム「シンアフターシン」に参加した、あの人?・・・でしたね、あらためて調べてみて認識。最近までTOTOのメンバーだったのか・・・ロックを中心とした経歴を重ねて今も第一線で活動中。大したもんだ。

NHK番組の中では解散からほぼ20年を経て、レベッカのヒット曲に素直に向き合えるようになったNOKKOの心境が語られていて、ただもう「良かったね」という感じがした。自分はレベッカを「聴いた世代」というよりは、NOKKOと、まあ「同世代」。年月が経つことでしか、辿り着けない「場所」がある。ということは分かってるつもり。

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2010年1月13日 (水)

「歴検」3級世界史合格

昨年12月6日実施の「歴史能力検定」の結果通知が昨日12日に到着。自分が受けたのは3級世界史(高校基礎レベル)だが、何とか合格した。はあ。

合格率は47.7%と低いわけではないが、合格ラインは56点で、自分の得点は62点だから、何とか合格、というのは嘘偽りのない感覚であります。

2008年に『詳説世界史研究』を入院先の病室で読み、2009年は『もういちど読む山川世界史』を読んで、さて次はどうするかと思っていたところで、「歴史能力検定」なるものを見つけた。試験というのは合格しようと思ったら、それなりに勉強しなきゃいけないので、ある程度の知識レベルに到達するためには有用と思い、10月末に受験手続をした。

しかし申し込んではみたものの、決して自分は世界史は得意科目ではなく、いちおう過去問題集をやってみたけど、結構知らないことも多かった。(汗)

実際、試験を受けてみると、自分の知識の偏りを痛感させられました(汗)。大ざっぱに言って、西洋史はかなり答えられたけど、東洋史はさっぱりに近いほど分からんのだった。選択肢4つから一つを選ぶ問題が50問。試験時間50分間は、参ったなあという気分で過ぎた。試験終了後にはすぐに解答が配られたが、2、3問確かめただけで、全部を見る気にはならなかった。

別に不合格でも何がどうということは全く無いのだが、それでも現実に合格すると何か気分が軽くなった。「歴検」は年2回の実施、次は7月。一つ上のクラスは2級世界史(高校ハイレベル)だけど、結構難しそうだ・・・また3級で高得点を目標にする方が良いかな。どっちにしても、やるとなったら、これはホントにまじめにやらんといかんよ。

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2010年1月11日 (月)

岸田「唯幻論」と来生たかお

八重洲ブックセンターの心理学コーナーに、『官僚病から日本を救うために 岸田秀談話集』(新書館、2009年5月)が置かれていて、またこんなの出てたのかと思いながら中身をパラパラ見ると、来生たかおの名前が目に付いて、おやっという感じがした。対談は来生が申し込んで、2006年7月に実現。来生は35歳の時に、岸田の著作『ものぐさ精神分析』を読んで衝撃を受けたという。対談の中から、来生の発言を以下にメモ。

「目から鱗が落ちる」って、こういうことだと。人間って、そもそも、そんなに素晴らしい生き物なんだろうか、社会も、こんなに煩雑でややこしいし、「何か、変だよな」っていうのは、ずっと思っていたんですけど、言葉では言えなくて。岸田さんの本に、その答えがあったような気がしたんです。

ぼくは、幼稚園に入るときに、すごく抵抗したんです。子供心に「何で幼稚園に行かなくちゃいけないんだろう」って思ったんです。その後も、小学、中学、高校、そして大学から社会に出て労働をするまで、心の片隅で、いつも思ってました。起きたくないのに起きて、行きたくないのに学校に行って、やりたくないことをやって。こういう社会って、いったい、何なんだろうって。

人間というのは、悲しい生き物ですよね。死ぬことを判っている。普段、起きていて生活しているときに、人は、無意識と意識の狭間で、死ということを結構考えているのではないかと。そんなことを人に言うと、「ええっ!そんなことを考えているの?」と言われるんですよ。「考えたって、しょうがないじゃない」と。

岸田さんの“幻想”という考え方が、今、必要なんじゃないかと思うんです。今も、世界で戦争が絶えませんけど、岸田さんの言う「真理なんてないんだよ」ということを、ちゃんと理解していれば、すごく平和になると思うんです。岸田さんの言うように、「現実なんて、すべて幻なんだから、ムキになって生きることはないよ」という感じのほうが、もう少し楽に生きられると思うんです。

・・・幼稚園の話は、自分も同じようなことを思っていたので、ついつい抜書きしてしまった(苦笑)。来生たかおは、コンサートで岸田秀の話をするらしいのだが、やっぱりファンには判りにくいみたいだと言う。そりゃあそうでしょう。来生たかおの歌を聴きに来るような善男善女に「すべては幻想だ」とかいう話をしても「????」って感じだろうなあ。でも来生たかおって、ただの「流行歌手」(死語)じゃないな。充分「哲学者」だよ。

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2010年1月10日 (日)

雑談「昭和」への道

年末のNHK・ETV50で、司馬遼太郎が昭和期を語る番組(雑談「昭和」への道、全12回の第1回、1986年5月放送)を見た。自分は、司馬遼太郎に強い関心がある訳ではないけれど、「ノモンハン」と「統帥権」という言葉が語られると、「出た」って感じ。

作家が「ノモンハン」を書こうとして書けなかったのは、何となく聞いたことがあるのだが、「雑談」という形で語ってはいたのだな。で、このテレビ番組の内容を文字に起こした本が、作家の死後に出版されていたことを知った。その『「昭和」という国家』(NHKブックス1999年)の第1章から「統帥権」絡みの部分をメモしてみる。

戦後にアメリカ軍、国際法的には連合国軍に占領されましたが、さほどの抵抗がなかったような気がします。これはどういうことかと考えますと、この国は結局、アメリカに占領される以前に、日本の軍部に支配、占領されていたのだろうと。

当時、参謀本部という異様なものがありました。いつのまにか国家のなかの国家になりました。国家中枢のなかの中枢になりました。

「統帥権」、われわれをひどい目に遭わせたのは、この三文字に尽きるのではないかと思うのです。明治憲法も三権分立には違いなかったのですが、その上の超越的な権力、権能というものが統帥権でした。「陸海軍は天皇がこれを統帥する」という一条を大きく解釈していくと、統帥権というインチキの理論を持ちだすことができるのです。立法、行政、司法の三権を超越し、結局、軍人だけが統帥権を握りました。

明治憲法も悪くはありませんでした。しかし運用を誤り、「統帥権」というおばけが出てしまいました。やっぱり明治憲法はまずかったのでしょうね。その理由を探すと、明治維新そのものにあったのではないかと思うのです。明治維新はいろいろな素晴らしいものを持っていました。しかし、思想は貧困なものでした。尊皇攘夷だけでした。

ペーパーテストで陸軍大将にもなれるし、総理大臣にもなれる。試験制度で国の前面に出てきた官僚たちが、昭和期になって明治のひからびた思想を利用した。そのひからびた尊皇攘夷を持ち込み、統帥権という変な憲法解釈の上にのっけたのではないかと。

・・・軍部はなぜ暴走したのか。なぜ国民はそれを抑えることができなかったのか。「統帥権」は、その問題を考えるシンボルだとは言えるようだ。

余計なことだけど、「学校が嫌いだった」と語る作家は、「人間は図書館と本屋さんがあればいい」と考えてるそうです。同感です。

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2010年1月 9日 (土)

「政治主導」は「政党主導」?

鳩山政権における党と政府の関係はおかしい、と断ずるのは本日付日経新聞市況欄コラム「大機小機」(党高政低の禍)。以下にメモ。

政党は政策について意見を同じにする人々の集合体とはいえ、結局のところ選挙に勝つこと、これこそが「党の論理」にほかならない。これに対し、実際に政策を立案・実行し、政策の集大成ともいえる予算編成を行う政府が指針とすべきなのは「国家百年の計」である。

もし選挙で問われるべき「民意」と、「政府の論理」であるべき国家百年の計が一致していれば、これほど幸せな政治の状態はないだろう。だが、どこの国でも、いつの時代にも民主主義は「衆愚政治」の影を引きずっていかなければならない。

さて現在の日本。選挙に勝つという「党の論理」と国家百年の計という「政府の論理」のバランスは、無残なまでに失われている。そもそも3党連立の合理的理由はどこにあるのか。基本的な考え方が違う政党の連立は、米軍基地移転問題の迷走を通して外交・安全保障を座礁させた。

92兆円を超えた来年度予算についても「党の論理」が満載だ。税収37兆円、国債発行44兆円という現実を前にして、消費税率は4年間上げないと言うこと自体、国家百年の計にかなうものではないのは今や誰の目にも明らかだ。

選挙を意識して近視眼的人気取りに陥りがちな与党との緊張に耐え、政府は長期的な視野に立って政策を立案・実行すべきだ。そこで必要なのは「政高党低」であり、それを生み出すのは首相のリーダーシップである。

・・・「政治主導」は「政党主導」ではなく、「政府主導」で頼みたい。リーダーシップという話では、「私の内閣の方針に反対する勢力はすべて抵抗勢力だ」と叫んだ小泉のマネは、「いいひと」の鳩山にはできないだろうな。数合わせのために3党連立を維持するなら結局、参院選までは日本の政治も何だかぐずぐずした状況が続くと思うしかない。

関連して、同じ日経新聞1面のインタビュー記事では、大竹文雄・大阪大学教授が「日本の財政赤字が突出して大きいのは政府の規模が大きいからではなく、税収があまりにも少ないため。政府の規模を大きくする意志があるなら、どういう道筋とかたちで税収をあげるのかを示してほしい」として、鳩山政権の「消費税を上げない」という方針に疑義を示している。

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2010年1月 3日 (日)

2010年正月のスカイツリー

P1030387 通勤で使う地下鉄東西線の電車に乗って荒川の鉄橋を渡る時、北の方に白い大きな建造物が見える事に最近気が付いた。あれってスカイツリー(新東京タワー)?こっから結構距離があるように思うけど、何だか妙に近くに見えるなあ・・・でも他に考えられないし、あれがスカイツリーってことか。一度行って確かめてみないと。

てなことで、とりあえず正月休み最終日は、建設中のスカイツリー見学へ。
場所は浅草に近い墨田区押上。京成線と地下鉄半蔵門線の駅がある。

P1030399上は押上駅の近辺、東側から見たタワー。左は東武鉄道の業平橋駅のホームから見たタワーの足元の部分。建設は大林組、開発主体は東武鉄道。現在の高さ254m、完成時は634mだから、これでもまだ半分も行ってないことになる。完成は2011年末、開業は2012年春、まだ丸2年は工事が続くビッグプロジェクト。

私事ながら、自分の卒業した小学校が近くにあって、この辺は知らない場所ではないけれど、正直これといった町のイメージは無い。長い間、東京の中では開発から取り残された地域で、最近半蔵門線の駅が出来た時は、へえ~って感じだったが、さらにまさかこんな所に(ごめん)新東京タワーが出来るとは・・・感慨を通り越して不思議な心持ち。

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