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2009年12月 2日 (水)

企業と株主と社会

日経新聞12月1日付の投資・財務面コラム「一目均衡」(企業国家・米国への信認)からメモ。

米ゴールドマン・サックスが批判にさらされている。同社は政府の危機対策で好決算を続け、社員は巨額の報酬を得ている。人々の怒りを背景に米メディアの集中砲火を浴びた同社の苦境は、危機で米企業の経営環境が様変わりしたことの断面だ。ステークホルダー(利害関係者)のなかで「社会」の地位が経営者の想像を超える勢いで浮上している。稼いで株主に報いても、社会に嫌われたら生き延びられないことがはっきりしてきた。

ドルへの信認は「企業国家」と呼ばれる米国の経済システムへの信認でもあった。企業はイノベーション(変革)を生み、破綻してもリスクマネーが再生し、株主は時代遅れの事業からの撤退を迫った。企業は成長し、人口の増加に見合う雇用を生んだ。

ドル安の直接の原因は、米国の低金利かもしれない。しかし企業国家・米国が社会の声の台頭という重大な変化に対応できずに競争力を失えば、それだけでもドルの魅力は薄れる。

改革のかぎを握るのは株主に違いない。企業と社会との共生が運用成果に結びつくことを理解し、支持できるかどうか。

・・・企業国家アメリカとは、株主資本主義の国アメリカである。かつてのドル高は、当時の財務長官が「強いドル」を唱え続けただけでなく、アメリカの株主資本主義がグローバルな投資マネーを引き寄せたことで実現された。
その株主資本主義、あるいは新自由主義の行き過ぎが、金融危機を招いたとも言われたが、果たしてそうなのか。証券化や格付けの過信というテクニカルな要因はあるにしても、危機の大元は結局、収益至上主義というごく古典的な事柄のように思える。資本主義におけるステークホルダーの優先順位を原理的に考えれば、株主資本主義を否定できるものではない。
おそらく現在は、収益至上主義の歯止めの一つとして、「社会の声」の重要性が見直されている局面なのだろう。今後の資本主義の在り方においては、株主や投資家が性急に利益を求めることなく、忍耐強くなれるかどうか、節度を保つことができるかどうかが問われる・・・のかな。

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