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2009年11月21日 (土)

「小林・益川理論」の誕生

日経新聞「私の履歴書」、現在の連載はノーベル賞物理学者の益川敏英先生。共同研究者の小林誠先生と、「CP対称性の破れ」に取り組むことになった経緯が、11月19日付の第18回に記されている。益川先生は1970年に京都大学に赴任してほどなく、CP対称性の破れの問題に本格的に取り組む時期が来たと思い始めた。

私と小林誠君の研究は、素粒子のクォークが6種類存在すれば、CP対称性の破れが起こせるということだが、その当時クォークは3種類しか見つかっていなかった。これに対して名大では素粒子の中でも基本をなすものは4つであるとする「4元モデル」が牧二郎教授らによって唱えられていた。69年には、グラショウ、イリオポウロス、マイアニという3人の学者が、弱い相互作用を考えるとクォーク4つのモデルが優れているとする研究を発表する。

そうなると、素粒子のクォークは3種類ではなくて4種類と考えたほうがよいのではないか。そのことを手がかりにCP対称性の破れの性質について予言できるのではないかと思った。

72年の春に京大にやってきた小林先生も、同じ問題を意識していたので、二人は自然に共同でやろうかという話になったそうだ。
そして、論文の誕生については本日付の第20回に記されている。理論を生み出す作業を始めてから約1ヵ月。

運命の日がやってきた。私はその夜に風呂の中で問題を考え続けていた。どう考えても4元モデル(クォークが4種類というモデル)で対称性の破れを説明できるものがない。この仕事を終わらせよう。そう決心して、湯船から立ち上がったところで別の考えが浮かんだ。「いっそのことクォークが4つではなく、6つのモデルを考えればいい」。

そして益川先生が草稿を作り、それを小林先生が英訳し構成を整えて、1973年、学術雑誌の2月号に掲載される形で論文発表となったのである。

・・・しかし19日付の話は、物理学の理論についていろいろ書いてあったけど、読んでも内容がさっぱり分からない「私の履歴書」というのは珍しいんじゃないかと。(汗)

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