« 2009年9月 | トップページ | 2009年11月 »

2009年10月31日 (土)

大谷吉継の首塚

今日はJR東海さわやかウォーキングに参加。朝7時33分東京発ひかりで米原に向かう。10時前に到着。米原駅からスタートして、琵琶湖岸沿いを長浜まで歩いた。

P1030282 今日のコースのポイントの一つが、大谷吉継の首塚。米原駅から歩いて5、6分の所、下多良神社の近く、畑の中にぽつんと立っている祠がそれ。死んだ場所である関ヶ原には、敵方の東軍の武将が建てた吉継の墓があるけど、その吉継の首塚が何でこんな所にあるの?・・・案内板も何も無くって、ホントにこれがそうなのって感じで、言い伝えということなんでしょうけど、ちょっと謎。

P1030307 ゴールに設定された長浜の曳山博物館の広場では、戦国武将のグッズ販売が行われていた。首塚を見てきたことだし、ワタシはちっちゃいぬいぐるみのキャラ「大谷にゃんぶ」を買ってみました。なかなか凛々しいカワイイ感じです。「石田みつにゃん」「島さこにゃん」もあったけど、西軍だったらやっぱり大谷だよ。

ウォーキングを終了した後は、急ぎ長浜城(歴史博物館)へ向かい、午後1時30分からの講座「三成・兼続と関ヶ原合戦」に参加。大河ドラマ「天地人」の中の場面はどこまで史実か、というお話を聞きました。

| | コメント (0) | トラックバック (0)

2009年10月30日 (金)

内田樹の「婚活」批判

「チームを作れない若者よ、結婚して修行せよ」と唱えるのは、内田樹・神戸女学院大学教授。しかし内田先生は「婚活」には批判的。雑誌「SIGHT」秋季号掲載のインタビューからメモ。

僕は婚活なんて推奨してませんよ。婚活っていうのは、世界のどこかにベスト・パートナーがいるから一生懸命探しましょうっていうイデオロギーでしょ。僕はそれとは違うもの。誰と結婚しても同じですよって言ってるんです。目の前にいる異性10人のうち7人とだったら「まあ、結婚できるかな」と思えるようになれたら「人生の達人」だって(笑)。

婚活というのは就活と同じなんですよ。「適職」っていう言い方があるじゃないですか。要するに、「世界中であなただけにしかできない仕事がどこかにあるから、それを求めて探し続けなさい」っていう。この「適職イデオロギー」と、婚活の「ベストパートナー・イデオロギー」って、実は同じロジックでできているんです。「この世界にあなただけの、赤い糸で結ばれた宿命のパートナーがいます」と。就活と同じでしょ。

それに対して、僕は「誰と結婚してもあまり変わらないんだから、いいから早く結婚しなさい」って言っているわけです。全然、悲観的じゃないですよ。むしろ楽観的なんです。どんな人にもみんなそれぞれ「いいところ」があるんだから、「いいところ」を見つけて、そこを軸に共同生活してゆけば、まあなんとかなるんじゃないのって。

・・・なるほど、これはなかなかリアリズムというか、ポジティブな智恵ですな。

「適職」にせよ「ベストパートナー」にせよ、人生における最高最適を目指す理念は、その現実性が低い場合には往々にして、人生に対して抑圧的なものとして働く・・・そんな逆説を孕んでしまう理念が、「イデオロギー」と呼ばれてしまうのだろう。

| | コメント (0) | トラックバック (0)

2009年10月26日 (月)

日本は「NDC」

今週の「日経ヴェリタス」(10/25号)からメモ。

最近、「NDC」という言葉がマーケット関係者の間で広がっている。Newly Declining Countryの略で、「新たに出てきた衰退国」を意味する。

海外のリサーチ会社が「日本はNDC」と指摘した。もともとは、ドイツのキール世界経済研究所の所長を務めたヘルベルト・ギアーシュ氏が2000年代はじめのドイツを形容する際に使った表現だった。

バークレイズ・キャピタル証券の森田京平チーフエコノミストは、「民主党の政策の中身と方向性が見えず、日本に対する投資家の不安が募っていることが背景にある」と話す。

・・・去年の「Japain」に続いて、日本に対するネガティブ目線の言葉が出てきたな。(ため息)

「政権交代」は実現したのに、何となくスッキリしない、モヤモヤ感が漂ってる。かつて小泉政権は改革イメージを明快に打ち出していた。それは「幻想」だったのかも知れないが、「小泉劇場」の頃が懐かしいという感覚もある。何よりあれくらい明快だと、外国人投資家が日本株を買ってくれるという効果もあった訳だし。

話は少し違うけど、先週末の「朝まで生テレビ」を録画して見たのだが、「若者に未来はあるか」というテーマのはずなのに、「民主党に改革はできるか」みたいな話に仕切られていて、何だこりゃあって感じだった。どうも「朝生」は人が多すぎる。とりあえずアズマさんとジョーさんの話をもっと聞きたかったけど。まあ何というのか、こんな番組を眺めても、日本は救い難い状態になってるような気がするよ。

| | コメント (0) | トラックバック (0)

2009年10月25日 (日)

秀吉、ザ・グレート!

歴史上の人物に対する「世評」は果たして妥当か。『本当は偉くない?歴史人物』(八幡和郎・著、ソフトバンク新書)は、古代から昭和・平成に至るまで70人の人物を取り上げて考察。とりあえず戦国時代の三英傑を見ると、織田信長の「世評」は「やや過大評価」。徳川家康も「過大評価」で、「過小評価」されているのは豊臣秀吉。著者の見るところ、秀吉は「ナポレオンに比肩する近世社会建設者」なのだ。以下にメモ。

近年、橋下大阪府知事や河村名古屋市長、あるいは小泉元首相が典型的だが、「破壊者」であることが人気を博しており、だから織田信長の人気がある。

だが、当たり前のことながら、破壊は建設のための手段にすぎない。そういう観点からすれば、秀吉は戦国の諸大名や信長の事業を「いいとこ取り」するかたちで、法令の整備、兵農分離など身分制度の整理、権威としての朝廷の尊重、通貨制度の確立、統一税制の樹立、度量衡の統一、交通インフラ、江戸や大坂といった拠点都市の選定や整備などをすべて一人で成し遂げた。それはナポレオンに匹敵するものだ。

ナポレオンの業績も、アンシャン・レジームに萌芽があったり、ジャコバン政府によって開始されたものがほとんどだが、それを国家や社会の仕組みとして体系的なものに仕上げたのは彼であり、秀吉の仕事もそれに似たものだ。

秀吉の死によって、家康が天下を取ったことから、秀吉による近代化政策は後退し、日本が国際舞台で一流国として振る舞えるのは明治維新を待たなければならなかった。

そもそも、秀吉人気は江戸時代ですら抜群のものであった。幕府の禁圧にもかかわらず、『太閤記』は人々に愛された。戦後は、高度成長時代のサラリーマンにとって憧れの的だった。それが、日本人が後ろ向きになったのと軌を一にして人気が低下したのである。もし、秀吉人気が信長や家康を上回るようになれば、それが日本復活のときだろう。

・・・戦国という永い混乱の時代の果てに現れた「織豊政権」は、驚異的な牽引力でポスト戦国の新しい日本国を建設した。冷戦終焉とバブル崩壊の混乱が続いた後の日本が本当に復活するためには、織豊政権並かそれ以上のパワーと勢いが欲しいものだ。

| | コメント (2) | トラックバック (0)

2009年10月21日 (水)

グローバル化とシチリア

日経新聞「やさしい経済学」欄で、10月第二週から始まった「歴史から見る現代」の連載が今日で終了。執筆者は高山博・東京大学教授。中世シチリア王国研究の第一人者。「やさしい経済学」で歴史の話?・・・いやいやそれが我々には必要なんです。メモしませう。

(グローバル化の影響を受けて)歴史学の世界も今、大きな変容を遂げようとしている。近代国民国家を主たる準拠枠として発展してきた近代歴史学が急速に力を失い、国境を越えた動きを整合的に説明できる歴史が強く求められるようになってきたのである。

ヨーロッパでは、近代国民国家が成立する時期に、それまでの様々な歴史が、国の歴史へと整序されていった。19世紀のヨーロッパでは、国家成立史を中心に歴史学の急速な発展を見たのである。この時代には、時間の流れや集団の記憶としての歴史を含む様々な差異が、近代国家の枠組みで統合され、平準化されていった。つまり、それまで重層的に存在していた多様な法慣習・言語・文化の広がりが国境によって分断され、国ごとに固有の時間や歴史が再編されたのである。

グローバル化の進展は、そのような国ごとの歴史に大幅な修正を求めることになるだろう。今私たちが新しい歴史の枠組みを必要としているのは、私たち一人ひとりが自分の生きる世界を認識するために、従来とは違った歴史像を必要としているからなのである。必要とされているのは、複数の人間集団や国家、様々な文化圏を包含する世界史である。

多くの人たちは、歴史学を含む人文学などを役に立たない趣味の学問だと考えているようだが、人間や人間集団、社会を研究対象とする学問であり、人間が生きていく上で非常に有用な知や洞察力を与えてくれる。それらは、長期にわたって有効性が持続する知である。虚学どころか、きわめて実践的な学問だということができる。

私の主たる研究対象は、イスラーム文化、ビザンツ文化、ヨーロッパ文化が接触・交流し、アラビア語、ギリシャ語、ラテン語の史料が残る中世のシチリア島である。この中世シチリアは、現在の世界を見るための理想的な場所でもある。グローバル化が進展し統合が進む現在を理解するには、複数の国や文化圏を含む過去との比較が必要となる。中世シチリアのような過去の世界と比較することによって、私たちは現在の自分たちの位置や状況をより正確に認識できる。

・・・自分の年代(50歳絡み以上)ならば、「ゴッドファーザー」という映画の影響はかなり強いはずで、シチリアへの関心もまずはそこからになるのだが、加えて最近は、シチリア出身の神聖ローマ皇帝フリードリヒ2世を知り、高山先生の研究成果にも触れて、シチリアという場所への興味を、改めてかきたてられつつある。できればシチリアに行く機会を作って、グローバル化の「これから」についても何かを感じてみたいもんだな。

| | コメント (0) | トラックバック (0)

2009年10月20日 (火)

カツマVSカヤマ

勝間和代と香山リカ、この間「アエラ」で対談してたよなと思ったら、今度は「週刊現代」にも対談記事。こういうのって珍しいんじゃない?って感じ。それだけ今話題の「対決」ということか。「週刊現代」では、二人はお互いの違いについてこう発言している。

香山 私と勝間さんの最大の違いは、一日8時間、月曜から金曜まで働いて、あるいはそれにプラスして自分を向上させる努力ができる人が、人間の標準モデルと捉えるのかどうか、だと考えているんです。私は、違うと思う。
勝間 でも、そうしないと、単純に社会がサステイナブル(持続可能)ではないですよね。
香山 私は、もう少しばらけていてもいいと思います。
勝間 私は、人間はみんなすごい能力を持っている、と思っています。私と香山さんの発想の違いは、そこにあると思うんです。自分の能力を開発したり、他人に喜ばれる仕事をすることが、もっとも幸せを感じる瞬間なんではないか、という強い哲学を私は持っています。

「人間はみんなすごい能力を持っている」というのは、才能のある勝間だから言えること。強い向上心を持って努力し続けるのが、人間の「標準モデル」であるはずもない。それは香山の言う通りだろう。みんながみんな自己啓発に励まなければ社会は持続できない、とも思えない。結局は向上心の強い少数の人間がいれば社会は回っていく。要するにエリートと普通の人という在り来たりの図式になる。エリートを目指す人は「カツマー」になって頑張ればいいし、頑張らない人は「カヤマー」でいい。それだけの話だ。

でも、そこに「幸せ」という言葉が投げ込まれたために、話は妙にややこしくなっている印象がある。幸福というのは所詮、個人の価値判断。「頑張る」「頑張らない」、どっちが「幸せ」かいうのは、結局それぞれの人が考えること。「決着」が付くような話でもない。

とはいえ、「カツマー」大量発生の背景には、今の世の中が「競争社会」「能力主義社会」だということはあるのかも知れない。特にエリートを目指さなくても、頑張らないと脱落するという一種の強迫観念が社会を薄く覆っているとしたら、異様にポジティブな「カツマー」も社会的病理の現れと見えないこともない。

まあ正直、余りにもポジティブで向上心の固まりみたいな人は苦手だよ。(苦笑)

| | コメント (0) | トラックバック (0)

2009年10月19日 (月)

とうとう50年間も

生きてしまったよ。

最近の日経新聞「交遊抄」の中にあったチェスタートンの言葉によると、「たった一人の女、たった一人の友」でも、「懸命に生きなければ手に入らない」とのことで、どうも結果から見ると自分は懸命に生きてこなかったかもな、と内心忸怩たるものを感じるのであります。

少なくとも、誰かと何かを深く共有することに失敗した人生、とは言えるかな。

でもまあ結局、自分自身について確かめてきた年月だったような気がする。俺ってこういう人間だったんだ、最初から大体分かってたんだけど、やっぱりねって感じ。

それはそれとして、年を取れば男は誰でも「変なおじさん」になるのだなと、最近自覚したところ。(苦笑)

| | コメント (0) | トラックバック (0)

2009年10月18日 (日)

小田原一夜城まつり

P1030276 今年6月に石垣山一夜城に行ったが、「一夜城まつり」が毎年秋に催されているとのことを知り、どんなもんかと祭りの当日である今日、石垣山を再訪した。

会場の石垣山一夜城歴史公園には、結構多くの人が集まってそれなりの賑わいだった。二の丸広場には模擬店が出されていたほか、ステージが設けられて太鼓演奏や踊りなどがプログラムされていた。写真は「小田原評定」の様子・・・とのことであります。

まあ戦国時代系のお祭りは大概、地元のイベントという性格のもので、県外から観光客を多数呼び込むという大それたものではないです。関ヶ原や長篠など古戦場で行われるまつり、安土や岐阜の信長まつりもそうだし、規模は大きくても名古屋まつり(三英傑行列)も基本的に地元のお祭りだなあという感じです。

| | コメント (0) | トラックバック (0)

2009年10月17日 (土)

ラウドパーク09に行く

3年ぶり会場を千葉・幕張に移して開催されたラウドパーク。夕方から出動して、メガデスとジューダス・プリーストのライブを見た。

P1030270_2 自分がラウドパークに行くのは2度目。最初に開催された3年前、当時名古屋在住だったけど、幕張まで遠征して参加しましたです。その時もメガデス見ました。今回、来日としては2年ぶり、ラウドパーク登場は3年ぶりのメガデス。演奏曲はニューアルバムから「ヘッドクラッシャー」「1,320」の2曲。後はもう代表曲のオンパレード。

ジューダス・プリーストのライブに接するのは、自分は30年ぶり。このバンドは初期のハードロックの頃は聴いていたが、ヘヴィメタル路線になってからは関心が無くなってしまった。でも最新作の「ノストラダムス」は、なかなか良かったと思う。今回は自分の知ってる曲、要するに古い曲をやるのかどうかというのが自分的なポイントだったが、ライブ中盤に「切り裂きジャック」が飛び出して、ようやく目の前(といっても50メートルくらい先のステージ)にいるバンドがジューダス・プリーストなんだな、と実感した。他には「ビクタム・オブ・チェンジイズ」「ダイヤモンド・アンド・ラスト」が聴けた。お~古い曲もやるんだ、感心感心。ドラムの人の雰囲気がちょっと故コージー・パウエルに似てたな。

しかし昔はロック的には「30過ぎた奴は信用するな!」とか言ってたのに、今や40代、50代のロッカーは当たり前になっちゃいましたね。(苦笑)

| | コメント (0) | トラックバック (0)

2009年10月16日 (金)

言語と自己と神と貨幣と

資本主義はニヒリズムか』(新書館)は佐伯啓思と三浦雅士の論考・対談本。書名と同じ「資本主義はニヒリズムか」と題された対談から、「言語」に関する三浦雅士の発言をメモしてみる。

もともと言語は超越論的なものです。というより、言語が超越論的な次元をつくったと言ったほうがいい。自分の生き方を決める自分は自分に属しているのではなく、自分を超えた超越論的な次元、生死を超えた次元に属している。だからこそ人間は自分の生死を、まるで他者の生死を決めるように、決めることができるわけです。

言語がもたらしたこの超越論的な次元というのは、要するに神が存在する次元がなければならないということです。私という現象は言語によって成立する、そして成立したときにすでにその私というのは超越論的な構造になってしまっている。自己意識と言っても同じですが、この仕組みは自分で自分を評価する仕組みです。

自己処罰であれ、自己犠牲であれ、自分から離れている自分、自分を外側から見ている自分がいなければできない、それが超越論的であるということだ。つまり、言葉をもってしまったものは最初から超越論的であるほかなくなったわけです。それができた以上、お墓もできるし、貯金もできる。貨幣は、いずれ使える、使う可能性をとっておくということですから、それ自体が貯金であり投資である。つまり、それが将来とか未来とかの実質であって、死後の観念と最初から連動しているわけです。言語の必然として貨幣があり蓄財がある。言語をもった以上、人間は必ず神にかかわり、死後にかかわり、つまり自分を超えた自分にかかわることになってしまった。

・・・自己、神、死後(未来)、貨幣はすべて連なる観念だ。言語を持ってしまった人間というヤツは、まっこと奇々怪々な存在であることよ。

| | コメント (0) | トラックバック (0)

2009年10月14日 (水)

難病ALSの悲劇は続く

今日の新聞の社会面を見て、はっとする記事があった。

妻(65)の首を包丁で刺して殺害した相模原市の男(66)が逮捕された。
2004年8月、妻は難病ALSの息子の求めで人工呼吸器を止めると共に、自殺を図った。05年2月に嘱託殺人罪で懲役3年、執行猶予5年の判決を受けていた。
男の供述によると、うつ病の妻が「死にたい」と言うので刺した、という。自宅からは妻の遺書らしき書き置きも見つかっている。

この判決の事は記憶にあった。お母さんは、息子を死なせた罪の意識に苛まれ続けていたのだろうか。余りに痛ましい。ただただ悲しい。

ALSは本当に残酷な病だ。身体は全く動かなくなるのに意識ははっきりしている。遺伝子レベルの病とのことで、研究は進められているが治療法はまだない。最近も何かのテレビ番組で、最後は瞼も自分で開けなくなるので、そうなったら死を希望するという患者の話を見た・・・いわゆる安楽死の議論が最も緊迫化する病だろう。

自分も去年、左足先の麻痺の原因が「脊髄腫瘍」と特定されるまでの間、もしALSと診断されたりしたら自殺しなきゃいかんかな、とか思って少し緊張した。(汗)

で、脊髄腫瘍だった訳だが、腫瘍っていうのも悪性と良性で大違いという事で、自分の母親が悪性腫瘍で亡くなっているものだから、ここでまた少し緊張した。(汗)

で、良性の腫瘍ということで手術をした訳だが、今でも左足先の力の入り具合は右足に比べて8割から9割くらいか。歩行に不安定感残る。プチ障害者という感じ。

大原麗子の死にも感じ入るものがあったけど、病、特に難病のもたらす孤独、絶望、恐怖を想像することは、自分の生に対して何かしらの覚悟をもたらすように思う。・・・といってもとりあえず、やりたいことは先延ばしするな、くらいの感じですかねえ。(苦笑)

| | コメント (0) | トラックバック (0)

2009年10月13日 (火)

力石の死とジョーの「死」

12日に福岡・宗像市で行われたプロボクシングスーパーバンタム級10回戦で、サーカイ・ジョッキージム選手(タイ)がTKO負け後に急性硬膜下血腫のため死去した。19歳だった。(スポーツ報知)

「ボクシング試合後の急死」といえば、すぐ思い出されるのが力石徹。名作マンガ「あしたのジョー」の主人公・矢吹丈のライバルだ。フィクションの世界の人物ながら、その死が世間に与えた衝撃は大きく、「葬儀」まで執り行われた事はよく知られている。死因については、作中で「過酷な減量、ジョーが放ったテンプルへの一撃、ダウンの際ロープで後頭部を強打したことによる脳内出血」と説明されているのだが、「死体の巨匠」上野正彦先生の分析によれば、「脳内出血」ではなく、脳外の血腫による死亡である。上野先生の『死体を科学する』(アスキー新書、2008年)からメモ。

力石の死因が脳内出血とは考えがたい。一般に、脳内出血は外傷によっては引き起こされないものであり、この場合の力石の死に方には当てはまらない。
では、力石の死因はなんだったのか。
ここで浮上してくるのが、脳硬膜下血腫という症状である。力石は、脳「内」ではなく、脳「外」の出血で倒れたのではないか。
硬膜下出血の特徴は、外傷を負った後も意識状態は良好なまま、しばらくは活動できる点である。脳自体に傷がついているわけではないから、正常に活動ができるのだ。
ところが、時間が経つにつれ、硬膜と脳の間に血液がたまってくる。この血液が50mlを超えると脳が圧迫されはじめ、足もとがおぼつかなくなり、ちょうど酒に酔ったときのように千鳥足になる。
さらに時間が経過し、血液が150mlを超えると、脳は圧迫の極限に達する。脳は豆腐のような柔軟性のあるものだから、圧迫されれば死に至るのである。

・・・として上野先生は、力石の死は硬膜下出血が主因と推測する。今回起きたタイ人ボクサーの不幸は、この説を裏付けているように思われる。

ついでながら、真っ白に燃え尽きた矢吹丈は生きている、と同じ本で上野先生は書いている。以下にメモ。

人が意識を失った場合、身体のあらゆる筋肉が弛緩する。したがって、ジョーが死んでいるとするならば、この状態で椅子に座っていることができるはずはないのだ。腰は椅子からずり落ち、腕などをロープに引っかけてでもおかないかぎり、リングに倒れ伏してしまうだろう。同じように顔面の筋肉もゆるむので、このように柔和な笑顔を浮かべていることも不可能だ。ジョーは生きて、しかも意識を正常に保っているからこそ、椅子に座り、笑顔を浮かべていることができるのである。

・・・ジョーは生きている。ラストシーンのジョーは、自らの「ボクシング人生」を燃やし尽くして満足している、ということのようです。

| | コメント (0) | トラックバック (0)

2009年10月12日 (月)

エゴン・シーレという天才

インフルエンザで死んだ著名人というと、エゴン・シーレの名前が浮かぶ。クリムトと深い交流のあった若き天才画家は、1918年に「スペイン風邪」のため28歳で夭折した。新型インフルエンザが流行する中で、「ウィーン世紀末展」が開催されるのも何かの縁?かなと思いつつ、会期終了間際の先週金曜日、会社帰りに展覧会の場所である日本橋高島屋に足を運んだ。

会場にはクリムト、シーレの作品をはじめ、様々な画家の様々な作風の作品が展示されていて、なかには現代音楽家シェーンベルクの描いた画もあったりして「へぇ~」って感じだったけど、やはりシーレの画の独創性は際立っていた。シーレの画は無理矢理言うと表現主義の流れの中にあるものなのかも知れないが、とにかく他の誰にも描けない類の作品であり、やはり天才のものであるとしか言いようがない。

ところで、天才は天才を知るというのか、ロック・スターのデビッド・ボウィが映画でエゴン・シーレを演じるという話が、かなり昔のことになるけど、あった。1983年公開の映画「エゴン・シーレ」パンフレットからメモしてみる。

デビッド・ボウィに『WALLY』なる映画が企画されたことがある。ヴァリーとは、画家の愛人名である。つまり、ボウィはエゴン・シーレを演じる予定であった。
ボウィ版シーレの企画は沙汰やみになったが、アルバム『ヒーローズ』、『ロジャー』などのジャケット写真にボウィのシーレへの思い入れを見ることができる。

・・・あのジャケット写真、手や全身のポーズの付け方って、なるほど何となくシーレっぽいのだよな。シーレ描くところの「自画像」を、ボウィが演じてみせたという感じか。

シーレの愛人兼モデルのヴァリーは、「良家の子女」エディットとの結婚を決めた画家と別れて、従軍看護婦になる(時は第一次世界大戦の最中)のだが、1917年12月に23歳で病死。それから一年も経たない1918年10月に、シーレと妻エディットは共にスペイン風邪で世を去る。シーレの死の直後、戦争は終結しハプスブルク帝国も崩壊。激動の時代に妖しい光芒を放った天才は、その生涯もドラマチックだったと言うほかない。

| | コメント (0) | トラックバック (0)

2009年10月 7日 (水)

紅葉のしくみ

葉っぱはなぜ紅葉するのか? 雑誌「山と渓谷」10月号に、紅葉の仕組みについて記事があるのでメモ。

紅葉は、クロロフィル(葉緑素)、カロテノイド、アントシアニンの3色素の量比によって、その色調が変わると考えられている。クロロフィルは緑色、カロテノイドは赤色から黄色、アントシアニンは赤色から青色、紫色となる色素だ。

葉にはもともとクロロフィルとカロテノイドが含まれているが、通常はクロロフィルのほうが多いので緑色に見えている。クロロフィルは葉の細胞内の葉緑体の中にあり、太陽光エネルギーを光合成に必要な生化学エネルギーに変える働きをしている。

ところが、秋になって気温が下がると葉緑体の働き(光合成活性)が弱まる。光合成活性が弱まると太陽光から得る光エネルギーが過剰になり、やがて葉緑体で活性酸素が生じるようになる。この活性酸素が葉緑体の機能をさらに低下させクロロフィルを分解するため、葉は老朽化していく。

老朽化し始めると、葉を落とすために柄の付け根に、離層という細胞層が作られる。すると、枝から葉への水の供給がなくなると同時に、葉から枝への養分の移動も遮断され、葉に糖やアミノ酸が溜まるようになる。こうした状態になると葉の中にアントシアニンが形成され、やがて落葉する。つまり、このアントシアニン色素が葉を赤く染める、というわけだ。代表的な樹木は、カエデ類やウルシ類など。

では、イチョウやポプラなどはなぜ黄色に変化するのだろうか。黄葉になる樹木では、黄色の色素が新たに合成されることはない。気温が下がってクロロフィルが分解されると、それまでクロロフィルの緑色に隠れていたカロテノイド色素がめだってくるために黄色になる。アントシアニンが合成されない理由は一概には言えないが、合成する遺伝子の欠損、他の遺伝子による抑制作用などが考えられている。

・・・紅葉は木の葉の老化現象である。ま、人間も老いてなお鮮やかでありたいものです。(何かベタな締めだな)

| | コメント (0) | トラックバック (0)

2009年10月 6日 (火)

トムラウシの教訓

7月16日に北海道・トムラウシ山で起きた遭難事故。登山客15人とガイド3人のツアーパーティのうち8人が死亡するという大惨事について、雑誌「山と渓谷」10月号が検証を行っている(この雑誌買ったの初めて)。気象的な要因を中心にメモ。

低気圧通過後の7月16日、大雪山系一帯では天候の回復が遅れると同時に、激しい強風に見舞われた。この強風は台風の暴風域レベルの厳しいもので、たまたま北海道中央部の一帯の、しかも標高2000メートルから3000メートルぐらいの狭い範囲が強風域になっていた。

悪天候というと、だれしも雨や雪を最初にイメージするのだが、本当に怖いのは「風」だ。雨が強い、雪がたくさん降るというだけで遭難することは、じつはそんなに多くない。悪天候で遭難するのは、ほとんどが強風をともなう場合だ。風でバランスを失い転倒、滑落する。風は体を冷やし、筋肉を固くする。風が強いときの山は本当に恐ろしいものだ。

トムラウシ山のあたりで20~25メートルの強風が吹いていた。その強風のなかを歩いたというのが一番の問題。かんたんに言えば、台風の暴風域のなかを歩いていたようなもの。夏山では考えにくい季節はずれの強風、予測することが難しい強風であった。

気象的には難しい判断だったかもしれないが、しかし最後に行動を決めるのは人間である。ツアーグループの場合は、ガイドがその場の状況を見て判断しなければならない。60代中心、男女の登山客15人が安全に歩ける気象状況だったのか、ガイドの判断が問われなくてはならない。

・・・ガイドの判断については気象要因のほか、体調不良気味のメンバーに登山を続行させた事の是非も問われる。とはいえ、体調・体力の把握・管理は個々人の責任という部分もあるとは思う。それにしても山は怖いとあらためて思わせる悲惨な事故だった。

| | コメント (0) | トラックバック (0)

« 2009年9月 | トップページ | 2009年11月 »