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2009年8月31日 (月)

「リーマン後」の10大ニュース

リーマン・ブラザーズの破綻からまもなく一年。「日経ヴェリタス」(8/30号)が選定した、「リーマン・ショック」以後、この1年の世界経済10大ニュースを以下にメモ。

米リーマン・ブラザーズ破綻(08年9月)
日経平均バブル後安値、1ドル87円台に急騰
トヨタ自動車、赤字に(2009年3月期決算)
GM、クライスラー破綻(09年4、6月)
欧米で金融国有化相次ぐ(シティ、AIG、RBSなど)
信用パニック、短期金融市場が一時マヒ(CDSが危機の火薬庫)
世界的な景気後退(日米欧で失業者870万人増)
日米欧で超金融緩和(米国は実質ゼロ金利、日銀も2度の利下げ)
中国、存在感強める(最大の米国債保有国、GDP世界2位も視野)
グリーン・ニューディール広がる(米オバマ新政権の旗印に)

・・・いやあ、実にいろんな事がありました。
これがたった一年の間に起きた事なんだなあ。
既に遠い過去の様にも思えるけど。
まあ何にせよ、よく分からないまま大騒ぎした「金融危機」は、よく分からないうちにほぼ終息した。
あとは実体経済がどういう道筋で回復していくかだろう。
で、やっぱりアメリカと中国頼みってことですか。
それから、グローバルインバランスの是正やら、「輸出立国」日本の見直しやら、今後の課題としてクローズアップされた経済問題への取り組みが行われるのかどうか。
こちらは喉元過ぎれば何とやらになるのかなあ・・・。

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2009年8月30日 (日)

イケメン武将大会(天地人)

今日のNHK大河ドラマ「天地人」は、メインキャストの直江兼続および石田三成に加えて、真田幸村、伊達政宗と人気の高い武将も登場して、イケメン大会になっていた。

話の内容としては豊臣秀吉が死去して、徳川家康が野心を露にするという、いよいよ関ヶ原に向けて大名間の緊張が高まっていくという展開。

松方弘樹の家康は凄みありすぎ? でもこれはこれで面白い。かつて家康を演じた人では、津川雅彦のギョロ目の具合が家康っぽくて個人的には好き。

イケメン武将4人の中では、松田龍平の伊達政宗が気に入ってる。よく通る声がセクシーで、ちょっとチンピラっぽいところも妙にリアル。他の3人(特に真田幸村)は少し美男子すぎるんだわな。今回、黒を基調としたスタイリッシュな出で立ちの松田・政宗が、松方・家康の肩を揉みながら「戦の前のこの気分、血が騒ぐ」と語る場面は、マンガチックではあるけれど何ともサマになっていた。

主人公的にはいわゆる「直江状」がピークだろうから、やはり今年の大河ドラマは、関ヶ原に向かうここからが最大の見せ場だな。

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2009年8月29日 (土)

資本主義とどう向き合うか

雑誌「大航海」の休刊と入れ替えの様に?「思想と活動」の雑誌として、「atプラス」(太田出版)が新たに創刊された。第1号の特集は「資本主義の限界と経済学の限界」。岩井克人(経済学者)、水野和夫(エコノミスト)、各氏のインタビュー記事からメモ。

水野:利子率革命とは、具体的には2%以下の超低金利が長期間続く状況を意味しますが、10年以上に渡ってそれが続くと現在の経済・社会システムが崩壊してしまうという点で、まさに「革命」なのです。
利子率革命のもとではどんなことが生じるかというと、投資家が満足するようなリターンを得られる投資機会がもはや存在しないということです。投資機会が消滅し、資本の行き先がなくなり、金余り現象が起きることになります。

岩井:金融市場がうまく働くためには投機家が必要です。でも、プロの投機家がおたがいに競走し始めると、不安定が生まれてくる。これは、「ケインズの美人投票」と呼ばれるプロセスです。結局、他人が値段が上がると予想していると予想すると、買いを入れるので、さらに値段が上がる。バブルです。他人が値段が下がると予想していると予想すると、売り浴びせるので、さらに値段が下がってしまう。バブルの崩壊です。投機家たちがしのぎを削り始めるとそういう人たちの行動が必然的に不安定を生み出し、資本主義の本質的な不安定性の一つとなるのです。

・・・金は余っているというのに、もはや世界に投資機会は乏しい。少ない投資対象にみんなが争うように資金を注ぎ込めば、当然のようにバブルが生まれる。そしてバブルが崩壊すれば、その後始末をするのは国家しかない。ただし国家に対する二人の見方のニュアンスはかなり異なる。

岩井:今回の金融危機で、大きな教訓が得られました。今までグローバル化とは、資本主義が国家の上位に立って国家を支配するプロセスというように言われてきたけれど、少なくともこういう危機に際しては、主権を持つ国家しか頼れる存在がないということが示されたということです。

水野:私は、国家が資本家の使用人に成り下がってしまったのではとさえ思えてなりません。金融資産が140兆ドルまで膨らみ、実体経済の2倍以上の規模になると、それに対して国家はマイナスなことはできないわけです。とにかくあの手この手を使って、金融資本を減らさないようにせざるを得ない。現在、ケインズ主義が復活していますが、やむを得ないとはいえ、資本の使用人に甘んじる政策に終始しているように思います。

・・・金余りの中で、資本主義の不安定性を克服するにはどうすればよいか。

水野:利子率が最低になったということは、資本が行き渡ったということですから、欲を出さなければいいんです。成長ではなく、定常になるという認識をみんなが持てればいいと思います。

岩井:国家がさまざまな規制をし、危なくなると介入していきながら、そして望ましくは市民社会的な動きからの助けを借りながら、資本主義をその都度修正してゆくという方法しかないと思います。

・・・水野氏の「禁欲論」に対し、岩井氏はプラグマティズムというべきか。

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2009年8月28日 (金)

イルカ殺戮の不可解

和歌山の太地(たいじ)に行ったことがある。3年前のことだ。くじら博物館を見学した。館内には、雌の鯨の巨大な性器がどぉ~んと展示されていた。し、しかし・・・。(汗)

ので、太地といえばクジラの町、かつて捕鯨で栄えた地ということは知っていたのだが、26日付日経新聞の記事を見て、ぎくっとした。以下に一部を引用。

和歌山県太地町のイルカ漁を取り上げた米ドキュメンタリー映画「ザ・コーブ(入り江)」が米国で話題になっている。多数のイルカがモリで突き刺され、血の海が映し出されるラストシーンが観客に衝撃を与えており、米国内の映画祭で賞も受けている。

映画は「生け捕りされたイルカが世界各地の水族館などに輸出されているほか、大半は食用に回っている」などと指摘している。

「一般の日本人は自国のイルカ漁の存在を知らないことが驚きだった」と話すルイ・セホイア監督(52)は日本配給を目指すが、今のところメドは立っていない。

・・・イルカ? クジラじゃなくてイルカ?

ちなみにクジラとイルカの違いは、大きさの違い。大きいのがクジラ、小さいのがイルカ。ワシとタカ、カボスとスダチみたいなもんか。

日経に先行して他の新聞でも、この映画の内容や、その公開の波紋として、オーストラリアにある太地の姉妹都市が関係停止を決めたことを報じていた。

確かにイルカ漁(猟)なるもの、まったく知らなかった。で、ネットを見ると結構関連サイトが出てくる。このイルカの「追い込み漁」は、かなり以前から欧米諸国の非難を浴びているということで、そりゃあもっともだと思う。サイトをチラ見しただけでも、とにかく残酷だとしか言いようが無いのだ。非常に気持ちが悪くなる。何でこんなことをやってるのか、殆ど理解不能である。水族館に売り飛ばすのはまだ分かる範囲としても、野生動物を殺して解体して食用にするというのは、とんでもなく野蛮な行いに思える。

水族館向けのイルカ捕獲については、水族館の在り方も考える必要があるので何とも言えないが、殺して食べるというのは頼むから今すぐ止めてくれえ~。

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2009年8月25日 (火)

「大原麗子」は他人事じゃない

女優・大原麗子の死(享年62)は他人事ではない、と言えば、それは一般的には、「孤独死」をどう防ぐか、という話になるのかも知れないが、自分が思うのはもう少し別の事柄だ。それは闘病あるいは病苦がもたらす孤独の深さには、普通の人間には耐え難いものがあるのではないか、つまり「孤独死」よりも「孤独」そのものが気になるのだ。

今回、ギラン・バレー症候群という病気の名前を初めて知ったのだが、神経が不調になり手足に力が入らなくなる難病とのこと。女優はこの病と闘いながら一人で暮らしていたという。

ギラン・バレーは難病といってもその程度は人によって差があるらしくて、最近、釈由美子も症状の軽いやつを一時患っていたらしい。調べてみると、ルーズベルト大統領はポリオ(小児麻痺)ではなくてギラン・バレーだったという説もあるとか。何にせよ、自分も脊髄腫瘍という病変を経験したものだから、神経や筋肉に変調をもたらす病の話には、かなり敏感になってしまう。

闘病の孤独、この病に向き合うのはこの私だけだ、という孤独を癒すのは容易ではない。健常者の感じる孤独は自由の証でもあると言えるだろうが、身体の故障や変調がもたらす孤独は、不自由と共にある他はないからだ。その病がありふれたものではない場合、なおさら孤独も深いものになる。

ほぼ一年前のことになるが、草柳文恵の自殺(享年54)も病苦が原因だった。闘病や病苦のもたらす孤独の深さは絶望につながるとしても不思議はない。

ギラン・バレーはインフルエンザの合併症の一つとか。発症する確率は低いらしいが。御時世的に、余計に怖いな。

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2009年8月23日 (日)

映画「バラキ」(DVD)

マフィア映画「バラキ」のDVDが新たにリマスター版で登場。

自分にとってマフィア映画といえば、少年の頃にほぼリアルタイムで見た70年代前半の「ゴッドファーザー」「バラキ」「コーザ・ノストラ」3作品に尽きる。このうち「ゴッドファーザー」はフィクションだが、あとの2作は実録物で、特に「バラキ」はマフィアの歴史の映像化として価値があると思う。しかも今回の新商品には、日本語吹き替え音声が収録されているのだが、それが何と当時のテレビ「土曜映画劇場」放映時のもの(ほぼ完全版)なのだ。個人的にも「バラキ」は映画館でなくテレビで見たので、「良く残ってたな~」と結構感慨モノなのである。ビデオの無い時代、テレビの映画劇場全盛(毎日夜9時どこかの局でやってたって感じ)の頃には、洋画の吹き替えでは主な役者に特定の声優さんが当てられていて、その一人がチャールズ・ブロンソンの声=大塚周夫。この映画でもバラキを演じるブロンソンの声は大塚さん。大ボスのジェノベーゼ(リノ・バンチュラ)の声は森山周一郎。森山さんの代表作はジャン・ギャバンか。いずれにしても渋い。この他にも羽佐間道夫、小林清志など名前に覚えのある声優さんが集結して、それぞれの特徴ある声で「男の世界」が繰り広げられているので、マフィア映画ファンならば買っておいて損はない。

マフィアという犯罪組織の歴史は、たぶんバラキの告白によって明らかになった部分も多いと思うのだが、その最も重要な時期は1931年の4月から9月にかけての半年間だろう。マッセリア射殺による内部抗争(カステラマレーゼ戦争)の終結、そしてその勝者であったマランツァーノを殺害してマフィア組織を近代化したルチアーノ。「バラキ」ではこの経緯が割とじっくり描かれている。(この辺は、「コーザ・ノストラ」では開巻5分程であっさり終わってしまう。加えて全体的に地味なストーリー展開なので、何というか、マフィア映画としては正直物足りないのだよな。でも、この映画のジャン・マリア・ボロンテ演じるルチアーノは実にハマリ役。)

「バラキ」のバイオレンス・シーンで強烈なのは、アナスタジアが床屋で射殺される場面だろう。血で赤く染まる白いシーツ、最後に止めの一発、マフィアの容赦ない仕打ちに恐怖を通り越して呆気にとられるばかりだ。
もうひとつ、ボスの女に手を出した男の末路もまさに「ぎゃあああ~」って感じでしたよ。

マフィアは自分たちの目的を達成するためには、暴力という手段も積極的に採用する極端な集団だ。しかしながらマフィア、ナチス、新選組など「極端な集団」は、その極端さゆえに人間の集団の本質を見せてくれるような気がする・・・ということで、この危険な男たちに関心を寄せてしまうワタシであった。

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2009年8月21日 (金)

政権交代というか世代交代

今日の日経新聞1面に「民主 圧勝の勢い」、ドンと白抜きの大見出し。

う~む、これが二大政党小選挙区制というものか。まさにシーソーゲーム。

今回の総選挙で起きようとしているのは政権交代、というよりは世代交代なのだろう。

8月12日付日経新聞掲載の武村正義氏のインタビューから。

「自民党が高齢化してきた。後期高齢党になってきた。自民党の諸君は直さなければいけないと気が付いているが、直せない。民主党が伸びてきたというより、自民党が老いて人々の関心が若い民主党に向かっている」

立候補者の平均年齢は、民主党が自民党より5歳ほど若いとのこと。
若い有権者が投票所に足を運んで、若い民主党の立候補者に投票すれば、政治家の世代交代が行われて、結果的に政権交代も実現することになるのだろう。

昔は新聞の選挙調査で例えば与党優勢が伝えられると、有権者が「バランス感覚」を発揮して野党に投票するということもあったと思うが、今回は「世代交代」の動きは変えられないだろうから、このまま民主党が勢いを持続することになるのだろう。何しろ今の自民党を見直そうとしたって、その余地は殆ど無いと思えるし。

それにしても国際政治構造の激変をもたらした冷戦の終焉から20年、ようやく日本でも本格的な政権交代、いや世代交代か。遅いね。遅すぎる。

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2009年8月20日 (木)

「意志の勝利」(シアターN渋谷)

先週土曜日(8/15付)日経新聞の一面コラムを読んで「あれっ」と思った。映画「意志の勝利」が東京で公開中、と書かれていたからだ。丁度一年前にDVD(英語字幕)を購入して(時価4000円弱)観ちゃったよ、「意志の勝利」。だって何時やるか分かんないんだもん。最近では神戸、金沢で上映されたみたいだけど。一年後に東京で上映すると分かっていたらDVDは買わなかったのになあ。などとアホなことを思いつつ、とりあえず日本語字幕を見ようかと、昨夜、上映館である渋谷のシアターNに足を運んだ。

水曜日は当館のサービスデー、入場料1,000円ということもあるだろうけど、夜9時10分からのレイトショーでも100席程度の小さなハコは満席状態だった。

で、基本的には良く出来た記録映画だなという感想は変わらない。しかしながら暗いハコの中で、画面から溢れ出る人々の拍手や歓呼の声に包まれていると、何か自分もちょっと右手を真っ直ぐ上げたくなってくるんだな、これが(苦笑)。明るい部屋の中でDVDを見るのとは、気持ちに働きかける力が違うなと。なるほどこれぞ「プロパガンダ」映画というのか、当時のドイツ人に訴えかけた力をいくばくかは理解できたような。まさに歴史的な熱気と高揚を見事にパッケージした作品であると、強く感じた。

やはり、日本語字幕で演説内容の意味がすぐ分かるのは良い。ヒトラーはじめナチ党幹部面々のどのような言葉に、拍手と歓声、ジークハイルの合唱など人々が反応しているかが了解できる。

当時のヒトラーはまさしく救世主として、ドイツの人々に受け入れられていたことが伝わってくる。これを今の時点から、邪悪なファシズムに人々が陶酔していたと見るのは、おそらく適当ではない。第一次大戦の敗戦国であるドイツを惨めな状態から立ち直らせた実績が、ヒトラーにはあった。いわば国家的なコンプレックスを解消してくれたリーダーに、人々は熱狂した。

そういうリーダーが求められるのは、今の日本でも変わらない。もちろん今の与野党党首が、国家的コンプレックスを解消してくれるリーダーになれるとは思わない。例えば、アメリカと対等の外交を実行してみせるリーダーが現れれば、人々は圧倒的に支持するだろう。その場合、過剰な期待が社会の進む方向を誤らせる危うさも当然のように孕むだろうから、同時に日本の民主主義の成熟度があらためて試されるだろうとは思うが。

それにしてもなぜ今「意志の勝利」なのか。かつて世界大恐慌の10年後に世界大戦が勃発した。昨今の金融・経済危機の中で、グローバル秩序としての「帝国」から「新・帝国主義」への変化が語られたりすることも背景にあるかも知れない。1930年代を振り返ることで、そこから何かしら教訓を得ようということだろうか。

しかしながら世の中の動きは速い。もうすぐ「リーマン・ショック」から一年になろうとしている。あらためていろいろなことが言われるのだろうが、あれだけ大騒ぎした金融危機も既に過去の出来事になりつつある気配がする。すべては移ろいゆく。そして肝心なことは放ったらかしのままになっている。ような気がしちゃうんだよね、何か。

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