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2009年6月 6日 (土)

ナンバー2武将に学ぶ

雑誌サピオ(6/24号)で、童門冬二と松平定知が「ナンバー2戦国武将」をテーマに対談。黒田官兵衛と直江兼続の部分からメモ。

松平:私はナンバー2の武将のなかでも黒田官兵衛の生き方が好きなんです。副官として主君を動かし、日本を動かしたナンバー2の武将としては戦国最強だった。
童門:官兵衛は信長や家康からも日本一頭脳の鋭い男だと警戒されています。秀吉にしても同様です。あまりに優秀過ぎる部下は警戒されますからね。大坂城でたわむれに、「俺が死んだら、次に天下を狙うのはだれか」と周りに聞くと、「徳川だ」「いや、前田利家だ」とみんな言うわけですが、秀吉は「違う」。「九州にいる、頭のはげた足の悪いヤツだ(官兵衛のこと)」と言う。それほど警戒していた。
松平:官兵衛はその話を聞いて秀吉の思いを察知し、すぐに家督を息子の長政に譲り、頭を剃って出家し、如水と名前を変えて隠居しましたね。しかし、いざ関ヶ原となったら、彼は立つんです。如水はナンバー2に徹して主君に仕えただけでなく、ことあらば、ナンバー1にもなろうぞという男の野心も見せた。

松平:童門先生は、おそらく日本で一番最初に直江兼続に注目なさった方なんですよ。
童門:私が直江について書いたのは20数年も前ですけどね。彼は26歳のときに石田三成と盟友の約定をしたんです。だから、義を重んじる立場から関ヶ原で石田に味方せざるを得なくなった。西軍が負け、会津120万石から米沢30万石に減らされた。
松平:収入が4分の1になるというのは大変なことですね。
童門:ええ。直江はまず給料を4分の1に減らすという原則を立てるんですが、上に行くほど減給率を高くし、下の者が生活できるように配慮した。次に、士農工商を身分制度ではなく職業区分にした。武士でも農業の技術や知識があるなら農業をやり、物作りが得意なら工の世界へ行けと。生活環境、企業環境が変わったら、意識改革をして新しい生き方をすることを求めたのです。私が直江兼続に見る非凡はそこなんです。

・・・黒田は野心を内に秘めていたし、直江の能力は主君を上回る印象もあるので、どちらも「ナンバー2」としては、やや出すぎた感のある人物。リーダーをフォローする役割に徹したという意味では、豊臣秀長(秀吉の弟)が「ナンバー2」のお手本かも知れないと思い浮かんだ。

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