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2009年5月25日 (月)

松江城から備中松山城へ

先週末、中国地方の現存天守、松江城と備中松山城を訪ねた。現存天守12城を巡る、(その三)である。行きは寝台特急サンライズ出雲(B寝台シングル、運賃22,160円)を利用。22日の金曜日、夜10時東京駅発。何とホームのコンビニに石破大臣現る。もちろんお供のSP付。地元に帰る時はサンライズ利用と聞いていたが本当だった。大臣は11号車(A寝台車両)にお乗りになりましたです。

23日(土)晴れのち曇り
名古屋付近で踏切故障に遭遇(もちろん真夜中なので後で知ったこと)して、列車は1時間以上の遅れで午前10時40分、松江に到着。当地では、12年に一度のお祭り「ホーランエンヤ」の期間中(でも特に興味なし)。駅前で昼食を取った後、20分おきに来る観光巡回バス「レイクライン」でお城に向かう。10分程で松江城の入口前に着く。

P1020842 松江城の天守閣、黒塗りでどっしりとしており、なかなか重厚な印象である。城の実物を見るといつも感じるのだが、写真や映像では木や石の風雪を耐えてきた質感は伝わりにくいものだなと思う。内部も意外と広くてかなりの量の展示物が置いてある。人もそんなに多くないので、並んで階段を上り下りすることもなく助かった。最上階は戸板?がすべて開け放たれていて、見晴らしも風通しも非常に良い。これまで見た現存天守最上階の中で開放感は一番。ここで宴会をやったら最高だろうなと思ってしまった。城を見学した後は、武家屋敷や小泉八雲記念館などが並ぶ通りなどを散策。・・・後で思ったことだけど、なぜ犬山城(の規模)が国宝で松江城が重要文化財なのか。重文も実質的には国宝、らしいのだが、何か釈然としない。
夕方、米子まで移動して一泊。

24日(日)曇り一時雨
P1020883 翌朝、米子駅へ。最近の米子の観光資源は水木しげるワールド。ホームには境港行き「ねずみ男電車」が止まっていた。7時25分発の特急やくもに乗り、9時過ぎに備中高梁着(自由席特急、運賃3,670円)。備中松山城は去年7月に訪問済。前回は「三大山城」、今回は「現存天守」・・・こちらの「積もり」が違っても、お城が変わる訳ではないけどね。前回同様、駅前の観光案内所で乗合タクシーを頼み(9時50分発の客は自分一人だった)、出発。車が走り出した途端に雨が降り出す。いやはや。停車場がある「ふいご峠」から、雨の中、傘を片手に徒歩で上っていく。約20分後に天守閣に到着した頃には雨は上がった。やれやれ。写真は二の丸跡の広場から見た天守閣と周辺の櫓。天守の内部には、明治維新後荒れ放題だった山城が、昭和に入り修理保存されてきた経緯が展示されている。古い建物が「残った」のではなく「残した」ということ。地元の人々の意志と情熱には敬意を表したい。天守見学後は、ふいご峠まで下り、予約したタクシーで駅まで戻る。時間ギリギリだったが、11時52分発・岡山行き普通電車にアタフタと乗り込む。今回はホントに「立ち寄る」という感じで備中高梁を後にした。

岡山から新幹線に乗る。インフルエンザ・ゾーンの兵庫、大阪を通過(汗)。この日は全国的に天候が不安定。晴れたり曇ったり雨が降ったり、天気がくるくる変わるのを眺めながら帰京した。

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