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2009年5月11日 (月)

軍艦島、もう少し雑記

5月9日土曜日の午前中に「やまさ海運」のクルーズで軍艦島上陸を果した訳だが、当初は近畿日本ツーリストの日帰りツアーに参加する予定だった。しかし4月末時点で、ツアーで利用する船会社に対して上陸許可が下りてないという、不手際としか言いようのない状況だったものでキャンセル。近ツリのツアーはスタディツアーということで、軍艦島に近い高島の炭鉱跡なども見学するスケジュールだったが、まあとりあえず軍艦島に上陸できればいいかと思い直して、やまさ海運のクルーズに予約を入れて長崎行きを決行した。人様のブログを見ると、どうも5月に入ってすぐに近ツリの船会社にも上陸許可が出たみたいで(苦笑)、まあまた機会があればというか、行く気が起きればスタディツアーにも参加してみようかと思う。

自分が軍艦島の存在を意識したのは、たぶん映画「純」を見た時。記憶によれば、確か(今は無き)銀座の並木座で、この映画の軍艦島のシーンを見て、日本にこういう場所があるんだな~という感じだったと思う。それにしても昔の映画だ。あらためて言いたくはないけど、ワタシも結構年くってしまった。この作品は「痴漢映画」(たぶん今は成立しない話だな・・・)として、海外の一部で注目されたことから、日本公開の運びになったという覚えがある。しかし主人公の行動よりも、軍艦島のシーンと朝加真由美の肌の白さが印象に残った(苦笑)。朝加真由美は最近お酒のCM(娘を送り出した夫婦がしみじみするというやつ)に「お母さん」役で出ていたな・・・。しかしまあ、あの頃の青春映画というと鬱屈していて暗くて、何となくベトつく感もあるという、それが「70年代」的というのか「ATG」的というのかそんな感じで・・・この映画の主役である江藤潤の他に、例えば永島敏行、森下愛子と並べると、あの頃の暗い青春映画のイメージが浮かび上がるんだけど、実はそういう暗い青春映画には結構馴染みがあったりする。(苦笑)

軍艦島に対する切実な関心、その中核を成すと思われる「ノスタルジー」の正体とは何だろう。ノスタルジーを普通に考えれば、失われてしまった過去への哀惜ということになるのだろうが、何の予備知識も無いままこの巨大な廃墟に向き合う時に、自分の心の中に軍艦島の過去のイメージが浮かび上がるはずもない。それはむしろ、あらゆる人間の文明は最後はこうなるのだよという未来のイメージから生まれる哀惜のように感じる。いわば未来へのノスタルジー。エジプトのピラミッドでもイタリアのポンペイでもペルーのマチュピチュでも良い、人は巨大な遺跡を見た時に、高度な文明や技術が大昔から存在していたことに驚異を感じると共に、それも結局は滅んでしまったという無常感も抱くことだろう。つまりどんな文明もいずれは廃墟となり、時間の経過と共に遺跡となるのだと。軍艦島もいまだ生々しさを残す廃墟ではあるけれど、すでに堂々たる遺跡の風格も漂わせている。しかも軍艦島はまさに今を生きる我々の文明に属しているだけに、その姿は我々の文明の未来を暗示しているとも言える。そこに人が軍艦島に魅入られてしまう理由があるのではないだろうか。

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