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2009年4月29日 (水)

ある学徒出陣兵の死

日経新聞「私の履歴書」の今月連載(近藤道生・博報堂最高顧問)の前半は、主に筆者の戦争体験を中心に綴られていたが、何というのか、個人の力では抗い難い戦争という時代の荒波の中で、ほんの少しの偶然が人の生死を分けてしまう過酷な現実に胸苦しい思いを抱かされた。

病に倒れた近藤氏の代わりに、飛行機でシンガポールに向かった隊長は、敵に襲われ戦死。兄と慕った参謀も、内地に帰還する際、搭乗機が敵に撃墜された。前線で再会寸前だった幼なじみの同級生は、転戦先で散った。ベンガル湾のカーニコバル島で親しくなった学徒出陣兵は、上官の命令を拒否できないまま住民を殺害し、戦後、戦犯として処刑された。

ある本屋で、近藤氏の数年前の著書である『国を誤りたもうことなかれ』(角川ONEテーマ21新書)が、「私の履歴書に登場!」と記された帯を巻かれて置いてあったので購入。件の学徒出陣兵である木村久夫上等兵の遺書が、『きけわだつみのこえ』から引用されていたので、一部メモする。

私は死刑を宣告せられた。誰がこれを予測したであろう。年齢三十に至らず、かつ、学半ばにしてこの世を去る運命を誰が予知し得たであろう。

日本は負けたのである。全世界の憤怒と非難との真只中に負けたのである。

私は何ら死に値する悪をした事はない。悪を為したのは他の人々である。しかし今の場合弁解は成立しない。日本の軍隊のために犠牲になったと思えば死に切れないが、日本国民全体の罪と非難を一身に浴びて死ぬと思えば腹も立たない。笑って死んで行ける。

苦情をいうなら、敗戦と判っていながらこの戦を起した軍部に持って行くより仕方がない。しかしまた、更に考えを致せば、満州事変以来の軍部の行動を許して来た全日本国民にその遠い責任があることを知らねばならない。我が国民は今や大きな反省をなしつつあるだろうと思う。その反省が、今の逆境が、将来の明るい日本のために大きな役割を果すであろう。それを見得ずして死ぬのは残念であるが致し方ない。日本はあらゆる面において、社会的、歴史的、政治的、思想的、人道的の試練と発達とが足らなかった。

あらゆるものをその根底より再吟味する所に、日本国の再発展の余地がある。

・・・この木村上等兵も関わったとされる、カーニコバル島において日本軍が行った島民の虐殺事件とその裁判については、研究書も出ている。さすがにわざわざ読んでみようという気にはならないけど。

時に、自分の人生はつまらん人生だったと思ったりするのだが、そんなこと言ったら、戦争の中で生死を決められた人々に申し訳ないとあらためて思う、「昭和の日」。

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