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2009年4月20日 (月)

「人間」50年とは

「人間50年」の「人間」は、もともとは「人の世」という意味だったそうな。中央公論5月号掲載「未曾有の漢字ブームの不気味さ」(加藤徹・明治大学教授)からメモ。

どこの国でも、めったに使わない難しい術語は、意味がせまく限定されてかえってわかりやすい。また時代が変わっても、意味は安定している。むしろ、毎日よく使う言葉は、容易に意味が変化してしまうので要注意である。

一例として「人間」という漢語をあげてみよう。織田信長は幸若舞の「敦盛」の一節、「人間五十年、下天の内をくらぶれば、夢幻の如くなり」を好んでうたい、舞ったという。テレビドラマや小説でそのシーンに触れる現代人の多くは、「人間五十年」の意味を「人間の寿命は50年だ」と誤解してしまう。

日本語の「人間」という漢語は、呉音でニンゲンと読んでも、漢音でジンカンと読んでも、もともとは「人の世」という意味だった。転じて「人の世にすむニンゲン」を意味することもあったが、古文においては九割がた「人の世」を意味した。ところが江戸時代から、ニンゲンという漢語は、現代日本語のニンゲンと同じ意味で使われる比率が増え、逆転した。

信長は16世紀の人物なので、「人間」を「人の世」の意味で使っていた。「人間五十年、下天の内をくらぶれば、夢幻の如くなり」の正しい意味は、「人の世の50年の歳月は、下天の一日にしかあたらない」である。(下天は天界のひとつ)

昨今の漢字ブームでは、「人間」のような基本語彙の理解よりも、「漢検一級」のテストにしか出てこないような難しい漢字の読みを覚えることのほうにエネルギーが浪費されている。

・・・なるほどなあと思う。でも、「ひとたび生を得て滅せぬもののあるべきか」と続けられると、やっぱり「人生は50年だ」という感じがしてしまうんだけど。

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