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2009年4月30日 (木)

批評の無力、希望の不在

雑誌「朝日ジャーナル」が「怒りの復活」だそうだ。17年ぶりの復刊号から、とりあえず浅田彰、東浩紀、宇野常寛の鼎談を読んでみる。浅田と東の発言をメモ。

浅田:ネットで誰でも発信できるようになったことで、大文字の批評家はいらなくなった。書評でも、本屋の店員がポップを立てる、さらにアマゾンで読者がコメントを書く、というふうになる。そこで批評が雲散霧消したのは、メディアの変化による必然でもあるわけよね。

:今は経済しか話題にならない。どうしてそうなったかといえば、それはやはりイデオロギーの時代の終焉、冷戦構造の崩壊まで遡るわけで、批評の衰退といっても、ここ20年くらいかけてどんどん衰退していったものが、末期にきているだけではないですかね。社会全体がカネの力しか信じていない社会で、嘆こうがなんだろうが、その社会は続くだろうし、こういう状況を批評で打ち破るのにどうすればいいかと言われても、すごく難しいことだと思いますね。

浅田:まったく希望がないのに戦い続ける大胆さ。

:今は希望がない世界をいかに生き抜いていくかを考えるべきで、大胆に希望を語っても摩耗するに決まっている。

・・・最近の「池田信夫blog」でも、「すべての対立軸が溶解したいま必要なのは、ニーチェが説いたように、希望が存在しないという根源的不安に向き合うことかもしれない」と記されていたのだが、しかし「希望」ってそんな大層なものか? 大文字の批評が要らなくなったように、大文字の希望も消えたのだと思って特に不都合は無い。
別に希望なんか無くても生きていける・・・というのは言いすぎだけど、現実には「ささやかな希望」を持って人は生活しているはずなので、希望のない世界で生きねばならぬ、という力を込めた言い方には、屈折したヒロイズムの匂いを感じてしまう。
もちろん、「ささやかな希望」ですら抱くのが難しいのだとしたら、そんな社会はおかしいと声を挙げなければならないのだが。

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2009年4月29日 (水)

ある学徒出陣兵の死

日経新聞「私の履歴書」の今月連載(近藤道生・博報堂最高顧問)の前半は、主に筆者の戦争体験を中心に綴られていたが、何というのか、個人の力では抗い難い戦争という時代の荒波の中で、ほんの少しの偶然が人の生死を分けてしまう過酷な現実に胸苦しい思いを抱かされた。

病に倒れた近藤氏の代わりに、飛行機でシンガポールに向かった隊長は、敵に襲われ戦死。兄と慕った参謀も、内地に帰還する際、搭乗機が敵に撃墜された。前線で再会寸前だった幼なじみの同級生は、転戦先で散った。ベンガル湾のカーニコバル島で親しくなった学徒出陣兵は、上官の命令を拒否できないまま住民を殺害し、戦後、戦犯として処刑された。

ある本屋で、近藤氏の数年前の著書である『国を誤りたもうことなかれ』(角川ONEテーマ21新書)が、「私の履歴書に登場!」と記された帯を巻かれて置いてあったので購入。件の学徒出陣兵である木村久夫上等兵の遺書が、『きけわだつみのこえ』から引用されていたので、一部メモする。

私は死刑を宣告せられた。誰がこれを予測したであろう。年齢三十に至らず、かつ、学半ばにしてこの世を去る運命を誰が予知し得たであろう。

日本は負けたのである。全世界の憤怒と非難との真只中に負けたのである。

私は何ら死に値する悪をした事はない。悪を為したのは他の人々である。しかし今の場合弁解は成立しない。日本の軍隊のために犠牲になったと思えば死に切れないが、日本国民全体の罪と非難を一身に浴びて死ぬと思えば腹も立たない。笑って死んで行ける。

苦情をいうなら、敗戦と判っていながらこの戦を起した軍部に持って行くより仕方がない。しかしまた、更に考えを致せば、満州事変以来の軍部の行動を許して来た全日本国民にその遠い責任があることを知らねばならない。我が国民は今や大きな反省をなしつつあるだろうと思う。その反省が、今の逆境が、将来の明るい日本のために大きな役割を果すであろう。それを見得ずして死ぬのは残念であるが致し方ない。日本はあらゆる面において、社会的、歴史的、政治的、思想的、人道的の試練と発達とが足らなかった。

あらゆるものをその根底より再吟味する所に、日本国の再発展の余地がある。

・・・この木村上等兵も関わったとされる、カーニコバル島において日本軍が行った島民の虐殺事件とその裁判については、研究書も出ている。さすがにわざわざ読んでみようという気にはならないけど。

時に、自分の人生はつまらん人生だったと思ったりするのだが、そんなこと言ったら、戦争の中で生死を決められた人々に申し訳ないとあらためて思う、「昭和の日」。

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2009年4月27日 (月)

マネーの生産性

今回の金融危機の原因と対処法を考える基本的な概念としては、マネーの生産性(資本の利潤率)が有効――今週の「日経ヴェリタス」(4/26号)掲載のインタビュー「危機原論」、中前忠・中前国際経済研究所代表の発言からメモ。

「実体経済のミラー(鏡)にすぎない金融が、付加価値(収益)の源泉の実体経済の成長率を上回るという、あり得ない収益を求めた間違い」が、金融危機を起こした。「今回の危機はスケールが大きいだけでなく、一瞬のうちにマネーが蒸発してしまい」、「カネ余りは劇的に解消されてしまった」。

「借金して消費する米国中心の経済成長が持続可能なはずは」なく、「米国の経常赤字の裏にあるアジアの経常黒字をバックに、成長通貨が供給される世界経済の成長メカニズムが壊れれば、対米輸出に依存し、過剰生産力を抱えた黒字国は需要不足から米国以上に深刻な不況に陥る」ことになる。

「基軸通貨国の米国のバブル崩壊は、日本と違って世界経済への影響が甚大」だが、「これは経済の正常化」だ。「米国の財政資金の調達は国内の貯蓄でかなりを賄える上、経常赤字が顕著に減るので、ドルの暴落はない」。

日本は「内需型経済への構造転換にほとんど手を着けず、銀行のバランスシートを縮小しなかったためにマネーの生産性が低下し続けた」。「超低金利政策を続けて、不振企業を延命させた上、内外金利差による円安と利子所得の減少による消費購買力の低下を招いて、輸出依存を高め」るなど、「財政・金融のポリシーミックスを誤った」。

「過去の金融危機では政府・中央銀行がマネーを大量供給してカネ余りを助長する繰り返し」だった。「資本の利潤率を引き上げなければ企業は投資せず、需要を増やすには家計所得の上昇が不可欠」であり、「その条件を満たすには」、「新たなマネーをつくらずに不良債権を処理」して、「経済を筋肉質につくり替える必要」がある。

・・・グローバルなカネ余りのなか、資本は実体経済から求められる収益に飽き足らず、複雑な金融商品を開発すると共に大きなレバレッジもかけて暴走した挙句、自己崩壊した。今は、将来の投資の採算性を高めるために、過剰流動性に頼ることは最低限に止めつつ、速やかに不良債権処理を進めていく時なのだろう。

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2009年4月26日 (日)

弘前城へ行く

「現存12天守」を訪ねる、(その二)に選んだのは弘前城。弘前といえば桜。遠い弘前にどうせ行くなら、やはり桜の季節。ということで24日金曜日の夜10時前、夜行バスで東京駅前(八重洲口側)から弘前に向けて出発。

25日土曜日の朝7時30分に弘前駅前に到着。バスが市内に入る頃に、ずーんP1020718と聳える岩木山が現れて、目を奪われた。それにしても10時間近くバスに乗る長旅。やはり弘前は遠い。天気は曇。週末に低気圧が日本列島を通過するということで、いずれ雨が降り出す予報。とにかく駅前から路線バスで弘前公園へ。

弘前公園の桜は、ど満開だった。目に入るものは桜の花、花、花、まさに桜で満ち溢れている。しかしながら、やはり桜には青空が欲しい。天気が良くないと桜の輝きは半減してしまう感じ。まあとにかく城と桜をデジカメに収める。

P1020767_2 天守の内部を見学(例によって行列)し、公園内を散策した後は、さらに周辺の街歩き。弘前には洋館もちらほらある、というのは今回初めて知った。洋館があると言えば、函館や神戸といった港町のイメージなので、弘前に洋館、というのは意外感あり。藤田記念庭園洋館、旧弘前市立図書館、青森銀行記念館(写真)などを見て回る。このほか弘前市立郷土文学館では「太宰治・生誕100年展」の展示も見学。

P1020773 今日26日の朝は角館に寄ってみたのだが、9時頃から雨がまともに降り出してきたので、予定を切り上げて早々に撤退、帰路に着く。田沢湖線では特急並みの走りだった「こまち」も、盛岡で「はやて」と連結して東北新幹線に入るとスピードアップ、俄然超特急らしくなった。仙台の辺りで雨は止み、福島の辺りから青空に。移動すれば天気も違う、日本は広い。傘に付いた角館の桜の花びら三つ四つを旅のみやげに帰京。

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2009年4月20日 (月)

「人間」50年とは

「人間50年」の「人間」は、もともとは「人の世」という意味だったそうな。中央公論5月号掲載「未曾有の漢字ブームの不気味さ」(加藤徹・明治大学教授)からメモ。

どこの国でも、めったに使わない難しい術語は、意味がせまく限定されてかえってわかりやすい。また時代が変わっても、意味は安定している。むしろ、毎日よく使う言葉は、容易に意味が変化してしまうので要注意である。

一例として「人間」という漢語をあげてみよう。織田信長は幸若舞の「敦盛」の一節、「人間五十年、下天の内をくらぶれば、夢幻の如くなり」を好んでうたい、舞ったという。テレビドラマや小説でそのシーンに触れる現代人の多くは、「人間五十年」の意味を「人間の寿命は50年だ」と誤解してしまう。

日本語の「人間」という漢語は、呉音でニンゲンと読んでも、漢音でジンカンと読んでも、もともとは「人の世」という意味だった。転じて「人の世にすむニンゲン」を意味することもあったが、古文においては九割がた「人の世」を意味した。ところが江戸時代から、ニンゲンという漢語は、現代日本語のニンゲンと同じ意味で使われる比率が増え、逆転した。

信長は16世紀の人物なので、「人間」を「人の世」の意味で使っていた。「人間五十年、下天の内をくらぶれば、夢幻の如くなり」の正しい意味は、「人の世の50年の歳月は、下天の一日にしかあたらない」である。(下天は天界のひとつ)

昨今の漢字ブームでは、「人間」のような基本語彙の理解よりも、「漢検一級」のテストにしか出てこないような難しい漢字の読みを覚えることのほうにエネルギーが浪費されている。

・・・なるほどなあと思う。でも、「ひとたび生を得て滅せぬもののあるべきか」と続けられると、やっぱり「人生は50年だ」という感じがしてしまうんだけど。

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2009年4月19日 (日)

人間学と経済学

昨年のビジネス書ランキングでも評価の高かった『アダム・スミス』(中公新書)。その著者、堂目卓生・大阪大学大学院教授の論文(いま甦るアダム・スミスの思想、中央公論5月号)からメモ。本を読まずに雑誌論文で分かったつもりになろうという魂胆。(苦笑)

スミスは、市場経済が本格的に拡大する18世紀中頃のイギリスにおいて、いかにして人間の心に反しない市場が構築されうるかという問題に取り組み、「人間学」(人間本性に関する考察)にもとづく経済学の確立を構想したのであった。

(スミスの構想では)経済学は、「理論」の領域と「政策」の領域に分けられる。政策の領域においては、諸事実に対して、また諸理論にもとづいて、何らかの「目標」が設定される。それら(目標)は「立法者の規範原理」(政策当局が採用する善悪の判断基準)があってはじめて設定されうるのである。

人間学の目的は、他人の行為や自分の心の観察を通じて、「規範」の領域、すなわち個人の規範原理および立法者の規範原理を解明することである。したがって、経済学は、政策の領域をカバーしようとするかぎり、人間学的考察から独立であることはできない。

スミスの『道徳感情論』(1759)と『国富論』(1776)は、それぞれ人間学と経済学を扱う書物である。『道徳感情論』は、市場経済を人間の心に反しない制度として存続させるための条件を示す書物であり、『国富論』の人間学的基礎をなす。

スミスの人間学の中核となる概念は「同感」である。
私たちは、自分の感情や行為と、他人の感情や行為を比較し、それらが一致する場合には是認し、著しく異なる場合には否認する。

私たちは、一方で世間の是認や否認にさらされ、他方で胸中の公平な観察者の是認や否認にさらされる。スミスは、「賢人」は胸中の公平な観察者の評価を重視するが、「弱い人」は世間の評価を気にすると考える。スミスは、弱さと賢明さの両方をもつ諸個人を束ね、社会の秩序と繁栄を司る立法者がもつべき原理は、「賢人の原理」であると考えた。

・・・経済学は人間学に基づかなければならない、というのは真っ当な主張かも知れないが、いまや人間学なるものも相当壊れつつあるような気もするので、そう簡単に「アダム・スミス」が甦るのかどうかは分からない。

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2009年4月18日 (土)

恐慌と労働力商品化

「中央公論」5月号掲載の西部邁と柄谷行人の対談「恐慌・国家・資本主義」からメモ。

柄谷:一般にマルクス主義者は、恐慌は資本主義の崩壊、社会主義の到来をもたらすと考えましたが、宇野弘蔵は違った。彼は、『資本論』に書かれているのは、恐慌の必然性である、しかし、それは革命の必然性ではない、というのです。

西部:ぼくが宇野弘蔵を読んで非常に強く印象に残っているのは、「労働力商品化の無理」という論点です。労働力というのは資本主義的機構では再生産ができない。次世代の労働力は家族で男女が生み出すわけですから、それは資本主義のシステムの外部にある。
労働力供給も恐慌論と密接な関係があって、好景気が始まっても、労働力は景気に合わせて増えてくれないから、労賃がどんどん上がる。資本家が好景気に乗って投資を進めていく。そうすると、それに伴って労賃が上がり、労賃上昇ゆえに、ある段階から利益から損失に転換する。その途端に、資本主義的な再生産が障碍を起こす。これが宇野のいう恐慌の必然性の要点で、そういう意味で、労働力商品化の無理が資本主義のアキレス腱だといった。

柄谷:ポランニーは、近代資本主義経済は、本来商品にならない三つのものをフィクションとして商品化したところに成立したといいました。第一に、宇野弘蔵が強調した労働力の商品化です。第二に、土地の商品化、第三に、貨幣の商品化です。現在の信用危機は、第三の虚構から生まれたものです。

同じ雑誌の佐藤優の連載でも宇野弘蔵が取り上げられていて(「新・帝国主義の時代」)、そこでは「宇野は、恐慌の原因を生産過剰や過少消費に求めない。資本主義はあらゆるモノやサービスを商品にする傾向がある。しかし、資本主義を成り立たせる根本である労働力商品だけは、任意に作り出すことができない。好況期に労働賃金が上昇し、資本にとってこれでは生産をしても利潤が得られないという状況が生じ、これにより恐慌が生じると考える。資本が過剰になっているのだ」、と解説されている。

過去の知的遺産から学ぶことの重要性は認めるとしても、今回の金融危機から発した「恐慌」を考えるためには、バブル、証券化商品、レバレッジ、投資理論、投資家心理等へのテクニカルな考察も相当必要であり、人文社会科学系の原理論だけでは現実を捉えるのに不十分だと思える。

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2009年4月16日 (木)

食糧危機のウソ

最近も穀物価格高騰を背景に、「食糧危機」の到来がまことしやかに語られていたのは記憶に新しい。しかしながら危機を語る人々は結局のところ「狼少年」のようだ。『「食糧危機」をあおってはいけない』(川島博之・著、文春ペーパーバックス)からメモ。

開発途上国の経済の発展、中でも莫大な人口を抱える中国、インドを中心とするBRICs諸国の成長によって、世界的に食糧生産が足りなくなるという見方があります。経済成長によって人々の所得が向上し生活水準が上がると、動物性タンパク質、肉の需要が増える。食肉の生産には飼料としてたくさんの穀物を必要とするので、当然のように中国の食肉生産が穀物需要の拡大につながると考えられたわけです。しかしそこに食糧危機説の見当違いがありました。中国で実際に増える家畜の飼料の中心となったのは、小麦でもトウモロコシでもありませんでした。大豆なのです。それも油を絞った後の大豆の絞りかす、いわゆる「大豆ミール」でした。

中国の大豆の需要増加をまかなったのがブラジルでした。そして、食糧危機説の第二の間違いは、このブラジルでの大豆生産の増加を予測できなかったことでした。

食糧危機説の第三の間違いは、経済発展によって中国の人々が欧米人と同じ食生活に近づくと考えたことです。しかしアジアには欧米ほど強く肉食に偏重する嗜好はありません。文化には多様性があって、食文化はもっとも保守的な価値観に根ざすところです。食糧需給を予測するのにはそうした観点も重要です。(第一章「爆食中国」の幻想)

このほか、世界人口は増加率鈍化から今後は減少も視野に入ることや、農産物生産はまだまだ伸ばす余地があることなどが論証されて、「食糧危機」が現実になる可能性は小さいことが説得的に示されている。

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2009年4月15日 (水)

映画「レッドクリフPartⅡ」

先日、「レッドクリフPartⅡ」を観てきた。三国志オンチのワタシは、前作と同様、日本語吹き替え版での鑑賞。

決戦が始まるまでは少し長いかなと感じたが、戦いが始まってからはもう炎、炎、炎の中の戦闘スペクタクルがふんだんに盛り込まれて、一気呵成にクライマックスまで進んでいく。こいつ死んじゃうんだろうな~と思ってるとやっぱり死んじゃったりする(苦笑)とか、最後に主要登場人物が一同に会して対決するとか、いかにも映画らしい展開も用意されている。しかし人物描写という点では、二人のヒロインが前半と後半に、それぞれの使命と覚悟を胸に秘めて一人で敵陣に乗り込んだりするものだから、今回は周瑜と孔明の印象がやや薄いような気がしないでもない。とりあえず、カッコイイ人であるトニー・レオンと金城武がキスでもしそうなくらい接近して言葉を交わすから、「男の友情」の絵にはなっているんだけどねえ。

まあ何というのか、感動したとか傑作だとか言うよりは、映画を観たなあ~、言い足すと映画館の大スクリーンで観るべき映画を観たなあ~って感じではあった。

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2009年4月12日 (日)

竹田城に行く

やっと竹田城に来た。
一年前、雑誌「歴史読本」(特集「織田・豊臣の城を歩く」2008年5月号)掲載の関連記事を読んだ時から、行かなきゃなあと思いつつ、自分の身体の事情(入院治療後の足の具合)もあって延び延びになっていたが、週末の天気が良いとの予報で、とうとう意を決して昨日土曜日の昼過ぎに出発。のぞみで3時間余り走って姫路へ、そこから播但線で1時間半、和田山で一泊。

P1020701 今日の朝9時前に宿を出て、和田山の隣の駅である竹田に9時15分頃到着。小さな駅舎内に置かれた観光案内所で地図をもらって、駅の改札口とは反対側にある登山道から「日本一の山城」目指して上り始める。

天気は良すぎるくらいで少し暑いし、かなり急な道が続いてしんどい思いをしながら30分後に城の入口に到着。地図にも30分と記されていたので、まあまあのペースではあった。

P1020689 さて目に入るものといえば、石垣、石垣、石垣だ。段々畑ならぬ段々石垣。北千畳、三の丸、二の丸、本丸、天守台、南二の丸、南千畳そして花屋敷と各スペースを回っていく。移動しながら石垣群を見下ろしたり見上げたり、自分の立つポイントによって、巨大な構築物は多様な眺めを見せる。そこかしこに植えられた桜も、まだ散り始めの頃合で文字通り花を添えている。

帰りは、駅から少し外れた地点(竹田小学校)に出る道を辿ってみた。地図に40分と記された観音寺山登山道で、行きよりも緩やかな道を期待していたのだが、結構急な道が多くて、慎重に下って行ったら結局50分もかかってしまった。足が悪いと、下りの山道は難儀だな。

13時1分竹田発の列車に乗って姫路まで戻り、新幹線で帰京。竹田城、東京から行くのは遠いけど、やはり見ておかなければならない山城であり織豊系城郭であります。

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2009年4月11日 (土)

医療崩壊と制度の歪み

日本の医療崩壊は制度の歪みがもたらしている。本日付日経新聞市況欄コラム「大機小機」からメモ。

全国各地で公的病院の廃業や、小児・産婦人科の閉鎖が相次いでいるうえ、勤務医も不足するなど、医療崩壊の危機が各方面で指摘されている。

最大の原因は日本の医療システムが旧態依然として時代の変化に対応していない点にある。あえて言えば、開業医偏重の医療制度と政策により、病院勤務医の実情を無視し過ぎた結果である。

日本の医師会が開業医の組合的存在であり、病院勤務医の立場を代表していないことは、今や周知の事実だ。一方、病院の経営主体が自治体や大学、企業など多岐にわたり、それぞれ立場も異なるため規制当局との交渉力が弱い。過重な責任を負わされている医療現場の悲痛な叫びも経営トップには届きにくい。

今や病院勤務医は日本医師会から独立した病院医療会を設立し、団体交渉権を持つべきである。そして勤務条件から先端医療機器の導入に至るまで基準を定め、厚生労働省や関係当局と強い交渉力を持つ必要がある。

日本経済の高度成長をもたらした品質とサービスの競争は医療分野では影を潜め、政府規制と既得権を守る勢力が進歩を妨害している。高度医療を支える最先端医療機器と創薬分野の規制緩和、レセプト(診療報酬明細書)の電子化、混合診療の解禁など、山積している懸案の解決なくして医療介護産業の生産性向上はない。

・・・構造改革とは社会のあらゆる分野における制度改革だとすれば、日本は相変わらず構造改革が必要な状況であり、改革の継続が求められていることも疑いない。

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2009年4月10日 (金)

オバマの核廃絶宣言

今週初めの出来事で北朝鮮のミサイル発射よりもインパクトがあったのは、オバマ大統領の「核廃絶」宣言。5日にプラハで行われた演説の一部をメモ。(アサヒドットコムより)

米国は、核兵器国として、そして核兵器を使ったことがある唯一の核兵器国として、行動する道義的責任がある。

今日、私は核兵器のない世界の平和と安全保障を追求するという米国の約束を、明確に、かつ確信をもって表明する。この目標は、すぐに到達できるものではない。おそらく私が生きている間にはできないだろう。忍耐とねばり強さが必要だ。

まず、米国は、核兵器のない世界を目指して具体的な方策を取る。
冷戦思考に終止符を打つため、米国の安全保障戦略の中での核兵器の役割を減らすとともに、
他の国にも同じ行動を取るよう要請する。
核弾頭と貯蔵核兵器の削減のため、今年ロシアと新たな戦略兵器削減条約を交渉する。
核実験の世界規模での禁止のため、私の政権は、直ちにかつ強力に、包括的核実験禁止条約(CTBT)の批准を目指す。
次に、我々は核不拡散条約(NPT)を強化する。国際的な査察を強化するために(国際原子力機関に)さらなる資源と権限が必要だ。
今日私は、テロリストなどに狙われうるあらゆる核物質を4年以内に安全な管理体制下に置くため、新たな国際的努力を始めることを発表する。
米国は一年以内に核管理に関する首脳会議を主催する。

我々が平和を追求しなければ、平和には永遠に手が届かない。人類の運命は我々自身が作る。我々にはできるはずだ。

・・・アメリカの大統領が核廃絶を宣言する。在り得ないと思っていたことが現実になっている。かつてのベルリンの壁崩壊にも匹敵するインパクト。核廃絶は大統領選挙の時からの公約だったそうだが、やはり実際に大統領の言葉として語られたことの意義は計り知れない。「チェンジ」は単なるスローガンではなかった。変革に本気なのだと感じられるリーダーはゴルバチョフ以来という思いだ。どんな分野でもリーダーは自らの本気を伝えてこそ、リーダーとして支持される。言うまでもなく今の我が国にリーダーは不在だ。

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2009年4月 8日 (水)

チャプター11

報道によれば、ゼネラル・モーターズ(GM)は、日本の民事再生法に当たる連邦破産法11条の適用申請の準備を「真剣に」進めている。期限の5月末までに再建計画を政府に提出できない場合、GMは破産法適用を申請する可能性が強まる、との観測。

ところで、いわゆる「チャプターイレブン」を「破産法」と呼んでしまうと、かなりニュアンスが違ってしまうらしい。今週の「ニューズウィーク日本版」(4/15号)の記事「破産法11条は破産、ではない」からメモ。

「破産法」という日本語訳には誤解がある。破産とは、経営が行き詰まって借金を返せなくなった企業を消滅させ、その財産を貸し手に分配すること。再建を前提としたチャプターイレブンの趣旨になじまない。

破産法11条がどれだけ再建志向かを示す良い例が「11条適用の常連」米航空大手だ。運賃値下げ競争や燃料高騰が影響し、この10年の間にユナイテッド航空やデルタ航空など大手4社が適用を受けたが、その後も何事もなかったかのように世界の空を飛び続け、今では軒並み再建を果たしている。

この法律の適用を受けることを英語でよく「保護下に入る」と言うが、それは借金の取り立てが直ちに禁じられることを意味する。経営陣が資金繰りに頭を悩まされず再建計画作りに専念できるのが利点だ。

・・・「破産法」じゃなくて「再建法」ってことですか。ま、いずれにせよ、ここまできたらGMもチャプター11を適用して、踏み込んだ形で再建を強力に進めるしかないだろうな。

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2009年4月 6日 (月)

ニューケインジアンとは

世界各国の財政出動に支持基盤を与えているのは、「ニューケインジアン」と呼ばれる経済学派。本日付日経新聞「経済教室」(土居丈郎・慶大教授の執筆)からメモする。

マクロ経済学で主流だった「伝統的ケインジアン」の需要管理政策は、石油ショックを経てその有効性に関して疑義が呈され、80年代には合理的期待学派を核とする「新しい古典派」が席巻するようになる。

新しい古典派が説くマクロ政策の合意は、合理的な個人が政策の効果を合理的に予想するので、しばしば政策は効果がないとするものだ。

ニューケインジアンは、合理的に行動する個人が合理的に期待を形成しながらも、賃金調整や物価調整の硬直性(調整に時間がかかる性質)や情報の非対称性(供給側が持つ情報と需要側の情報が異なる)や経済主体間で協調が失敗することなど、市場の失敗が起きる可能性を重視し、そこで起きている非効率性を分析したり、それを是正したりするマクロ政策のあり方を分析する。市場の失敗を重視する点で、新しい古典派のマクロ経済学とは異なる。

とはいえ、ニューケインジアンと新しい古典派は、理論的背景がほぼ同じで、認識を共有する点がある。①経済主体は将来を見据えて行動するので、政策効果は短期だけでなく長期に及ぶものまで考慮して議論すべきこと②理論に基づいた定量的分析が重要であること③期待の役割が重要であること④実物経済の撹乱要因が経済変動にとって重要であること⑤金融政策は、特に物価調整において、有効な政策手段であること。

ニューケインジアンは、市場の失敗が深刻になると不況が起きるとみて、不況克服に向け供給側に講じるマクロ政策の有効性をも強く訴える。

財政政策の有効性はニューケインジアンの分析でも限定的に示されているが、市場の失敗などにかかわる部分に限られた「脇役」にすぎない。もともと彼らの政策分析対象の大半は金融政策である。

・・・財政の役割は、市場の失敗の後始末に限られる。今回の失敗は度外れて大きいので、後始末も大変だけど。

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