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2009年3月 1日 (日)

マルクスと「市民社会」

マルクスが論じたのは資本主義というよりも市民社会だった――「池田信夫blog」2/27付記事「資本主義と市民社会」からメモ。

『資本論』で圧倒的に多く使われる概念は、資本主義ではなく市民社会である。これはヘーゲル法哲学からマルクスが受け継いだ概念である。ヘーゲルにおいては「欲望の体系」としての市民社会の矛盾は国家によって止揚されるが、マルクスは国家は市民社会の疎外態だと考え、それを廃止することによって真の市民社会を実現する革命を構想した。

つまり資本家が私的所有によって資本を独占する生産様式は、市民社会に寄生して本源的な価値の源泉である労働を搾取するシステムで、それを転倒して自立した市民が生産手段を共有して自覚的に生産をコントロールする、というのがマルクスの構想した未来社会だった。これは「強い個人」がみずからの主人になるという思想で、リバタニアンに近い。つまりマルクスは(ハイエクと同じく)きわめて正統的なモダニズムなのである。

マルクスは、階級対立を生み出さない純粋な市民社会としてのコミュニズムが可能だと考えたが、それは間違いだった。欲望を解放する市民社会は、必然的に富の蓄積によって不平等な資本主義を生み出すのである。

つまりわれわれは「不自然で不平等な市民社会が、物質的な富を実現する上ではもっとも効率的だ」という居心地の悪いパラドックスに直面しているのだ。

・・・マルクスが近代主義者であるならば、その思考に含まれるであろう人間中心主義的あるいはロマン主義的要素は、既にその限界を示している。いまや強大なシステムとなった資本主義の中で、人間はカネ=欲望の奴隷に過ぎないとしたら、マルクス的思考を見直す余地はあるとしても、その有効性に多くは期待できないような気がする。

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