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2009年2月16日 (月)

「マル経」で学ぶ帝国主義

「週刊東洋経済」連載「知の技法・出世の作法」(佐藤優)、先週は高校世界史教科書で帝国主義を学んだが、今週(2/21号)は高校政治・経済教科書を利用。以下にメモ。

〈19世紀後半には、鉄鋼や内燃機関・電気などの分野で技術革新がおこり、重化学工業が進んだ。その結果、企業が大規模化し、多額の資本が必要となって株式会社制度が発達した。また、生産の集積・集中が進み、競争に勝ち残った少数の大企業が市場を支配(寡占)するようになった。このような新たな段階の資本主義を独占資本主義ということもある。さらに欧米資本主義諸国は強力な軍事力を背景に、アジア・アフリカを原材料の供給地や製品の輸出市場、あるいは資本の投資先とする植民地化政策をおし進め、たがいに対立するようになった(帝国主義)〉(『詳説政治・経済』山川出版社)。

帝国主義について、経済的側面からの簡潔な説明だ。この説明はレーニンの帝国主義規定を踏まえて行われている。高校政治・経済教科書にはマルクス経済学の成果が、イデオロギー過剰にならない形でバランスよく盛り込まれている。

マルクス主義には二つの魂がある。第一は、資本主義社会の内在的論理を解明しようとする観察者としての魂だ。第二は、資本主義体制を打破し、社会主義社会を建設しようとする革命家としての魂だ。

21世紀に生きるわれわれは、20世紀に現れた社会主義が、地獄絵を描いたことを知っている。したがって、マルクス主義の革命家としての魂は必要ない。他方、資本主義が必然的に格差を生み出し、そこから貧困問題が生じ、それを放置しておくと、社会が解体され弱体化する。これらの現象については、マルクス経済学の警鐘に耳を傾けるべきと思う。

・・・新自由主義の挫折と共に、各国は揃って財政出動に乗り出している。もはやハイエクは不要となり、ケインズが復活したということなのか。経済危機は資本主義的論理の行き着く先にあるものと見るならば、忘れ去られたはずのマルクスにも出番があるということなのか。(間違いないのは、我々は天才たちの理論の奴隷であるってこと)

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