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2009年2月28日 (土)

「相場学」の心得

相場を経済学で語るのは無理があるとして、相場のことは相場に聞く「相場学」を提唱する若林栄四。その新著『2019年までの黄金の投資戦略』から、「実際に相場と対峙する際に役に立つと思われる」ポイントをいくつかメモしてみる。

半年先、1年先のマーケットを考える場合は、とにかくチャートがすべてであり、ファンダメンタルズはまったく無視する。見るのはあくまでもプライスアクションに一定の規則性があるのかどうか。そこが、相場学の第一歩である。

基本的にマーケットはシクリカル(循環的)なものである。それが、シクリカルで説明がつかないような状況になったとき、初めて構造論が浮上してくる。しかし、それは相場の最終局面であるのが普通だ。

相場をやろうと思ったら、日柄がわからないと儲からない。ところが、多くの人は「いくらになるか」ということばかりに心を砕き、「いつになるのか」ということには、ほとんど無関心である。

多くの人は、相場の予想をさせると意外に正しいことを考えるものだ。結果、予想そのものは結構当たったりするものだが、いざ相場を張ることになると、なかなか儲けることができない。これは、相場の見通しがはずれているのではなく、自分の思ったとおりに手が出ていないだけの話なのだ。

基本的に相場というものは、怖い思いをしなければ儲からないようにできている。そもそも相場などというものは、フィジカル(肉体的)な苦痛がない代わりに、精神的な苦痛を対価として儲けているものだ。怖い思いもまったくせずに儲けるということ自体が、思想的に間違っている。

相場をやるときには少数側に身を置くことが肝心だ。よく相場格言で「人の行く裏に道あり花の山」などと言われるように、少数派にいるからこそ儲けも大きくなる。

そもそも、相場はレベル感でやるものではない。大事なのはモメンタムだ。モメンタムとは「勢い」のことである。モメンタムが持続しているかどうかが、投資判断を下すうえでは重要になってくる。

ちなみに、当面の相場見通しはドル円は2009年上昇、その後アメリカの財政赤字問題の深刻化などから2013年までドルは売られる。日米株価も同様に09年は反騰、10年以降は下落局面、13年に底入れするとのこと。

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2009年2月24日 (火)

人間と市場は「合理的」か

未曾有の金融危機の中で、「人間は合理的、市場は効率的」という学問的前提が改めて問われている。本日付日経産業新聞掲載「行動ファイナンス理論①」からメモ。

今、世界の金融市場は百年に一度といわれる大きな混乱に直面している。その背景には、金融工学の考え方が機能しなかったことがある。金融工学の出発点は「人間は合理的で市場は効率的なため、統計や確率によってリスクを管理できる」との前提条件だ。

実際の金融市場の動向を見ると、金融工学の考え方では説明できない現象が多い。一例が金融資産のバブル化だ。人間が合理的であれば、理屈に合わない高値で金融商品を買うことはない。金融工学の理論によればバブルは発生しない。現実には、性懲りもなくバブルは起きる。なぜか。それは人間が強欲だからだ。

金融市場の動きを見るには、人間の心理を考えることが最重要になる。伝統的な金融工学理論への批判もあり、注目され始めているのが「行動ファイナンス理論」だ。この理論は「人間はいつも合理的とは限らず、人間がつくる市場も常に合理的とはいえない」ことが出発点となる。

・・・金融工学も含めて、広い意味の経済学は「合理的な人間」を前提にしている。しかし人間は非合理的に行動する存在とは言わないまでも、人間の行動が完全に合理的だとは誰も思わないだろう。そういう意味で、経済学的前提は「非現実的」であることは否めない。

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2009年2月23日 (月)

怪獣映画のトラウマ

P1020588_4 先日、「ガメラ対ギャオス」をスクリーンで見た。場所は京橋の東京国立近代美術館フィルムセンター。企画プログラム「怪獣・SF映画特集」の中の一本である(上映は終了)。この作品を見たのは40年ぶりだが、やはり怪獣は大画面で見るのが良い。出現シーンは結構どきどきするね。(子供かいな)

しかしギャオスは怖い怪獣である。何しろ人を食べる。考えてみれば、大概の怪獣は街の破壊を行うものだが、人を食べるという設定は稀なのだ。怪獣が人命を奪うのは、大いなる破壊の結果であるのが通常なので、食べるという余りにも直截的な形で人間に危害を加える怪獣はむしろ例外的。そしてその直截的な恐怖を与える怪獣が大映のギャオスであり、東宝のガイラなのだ。

子供の頃、丁度怪獣映画を見始めた時期に「サンダ対ガイラ」「ガメラ対ギャオス」に出会ってしまった。おかげで、ギャオスとガイラはトラウマに。特にガイラ。まだしもギャオスはカッコイイと言えるけど、ガイラはもう怖えーとしか言いようがない。子供の頃の記憶。場所はビアガーデンだろうか(もちろん親と一緒)、暮れなずむ夕方、山の向こうからガイラがやってくるような気がして、ひどく落ち着かなくなってしまった。あれはお話だと分かっているのに、それでもガイラが現れるような気がしてしまう、あれは不思議な心持ちだった。もう一つ、人食い怪獣ではないトラウマがある。それはサソリ。「ガメラ対バルゴン」の話の初めの方で、人がサソリに刺されて苦しみ悶える場面がある。これがまた怖かった。日本にサソリがいなくて良かったと心から思ったものだ。

今回のフィルムセンターの企画では、東宝、大映、松竹、日活などの製作した昭和の怪獣・SF映画44本が上映された。そのプログラムの中には「サンダ対ガイラ」も「ガメラ対バルゴン」も入っていたけど、また見てみよう・・・という気にはならなかったな。(苦笑)
とりあえずガメラシリーズのベストワン、怪獣映画というジャンル全体で見ても五本の指に入る傑作であろう「ガメラ対ギャオス」をスクリーンで見て満足いたしました。

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2009年2月22日 (日)

「歴女」増加

戦国武将ファンの若い女性たちを、雑誌「SPA!」は「戦国ギャル」と呼んでいたが、「歴女」(歴史好きの女性)という言葉もあるらしい。本日付日経新聞「エコノ探偵団」(「歴女」じわり増加なぜ)から関係者のコメントなどをメモ。

「家庭用ゲーム『戦国BASARA』などに登場する格好いいキャラクターへのあこがれから、女性が歴史に興味を持つようになっています」(20-30代の女性が顧客の約4割、戦国武将グッズを扱う「時代屋」の女将、宮本みゆきさん)

「実感なき景気回復の中で、国民には閉塞感が残ってました。『ほっ』とできるような精神的な充足感を与えてくれる武将が人気です」(戦国武将の生き方に焦点を当てた特集がヒット、雑誌「歴史街道」編集長の辰本清隆さん)

「歴史ゲームは一部のマニアが支える市場でしたが、戦国無双はキャラの魅力を全面に出し、歴史に関心の薄かった消費者の取り込みに成功しました」(女性購入者が4割を占めるアクションゲーム「戦国無双」を発売、コーエー広報部の桂毅さん)

宮本さんに歴史好きの女性の平均像を聞いた。それによるとグッズや書籍などの購入に加え、歴史好きが集まる会合の参加に伴う食事代などに合計で月3万円ほど消費。さらに好きな武将のゆかりの地域や関連イベントへの旅行が年4回ほどという。

辰本さんによると国内の歴史ファンの数は約百万人。歴史街道の読者構成比から推測すると、20-30代の歴史好きの女性は14万人程度になる計算だ。

(一人年間約50万円を消費するとして)「20-30代の女性が形成している歴史関連市場は最大700億円と予測できます」(第一生命経済研究所の永浜利弘さん)

・・・というようなことで、「若い女性に人気の主な武将」として名前の挙がっているのは、真田幸村、石田三成、直江兼続、上杉謙信など。戦国乱世の中で、「利」に惑わされることなく「義」を貫いた清廉な感じの人物が好まれているようです。

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2009年2月18日 (水)

「過剰貯蓄」が犯人?

本日付日経新聞「経済教室」(世界的不均衡どう是正・中)の執筆者は原田泰・大和総研チーフエコノミスト。米国のバブルの原因は中国の過剰貯蓄、との説を検証しているので、以下にメモ。

米国の巨額の経常収支赤字を、中国、中東産油国、ロシア、そして日本の黒字が埋めているのは事実である。だからといって、中国の経常収支黒字が、米国の実質金利を低下させたというのは、本当だろうか。

経常収支が赤字であるということは、資本が流入しているという面で長期金利を下げる要因になると同時に、高金利になる要因ともなる。資本が流入しすぎていれば借金が多すぎるということなので、過大な債務を負った企業はより高い金利でしか資金を調達できないのと同じ理由で、長期金利を引き上げないと海外から資本を取り入れることができないからだ。

もし、本当に、中国を中心とした途上国が米国に貯蓄を供給し、その結果、米国の実質金利が低くなっていたのだとしたら、米国にとって好ましいことである。
単純な成長
モデルで考えてみれば、海外からの貯蓄の増加によって、一人当たりの資本蓄積を進め、しばらくの間、高い成長率を享受できる。当然、賃金も上がるから、住宅を買う力も強まる。住宅の供給に制約があって、かつ住宅が上級財なら、住宅価格が上昇するのは当然のことである。これは実質金利の低下がもたらす均衡であって、バブルでもなんでもない。

住宅バブルがはじけたのは、中国の貯蓄が減少したからではない。米国の住宅価格が、中国の過剰貯蓄でも支えきれないほど上がりすぎたことが崩壊の主因である。中国の過剰貯蓄が原因なら、米国の住宅バブルが破裂したときには、中国の消費が急拡大していなければならないが、そんなことは起きていない。

・・・経済学的な現実認識においては、ある一つの出来事の原因を一つに特定するということは相当困難だという印象がある。結局すべては「兼ね合い」だということになるのだろう。過剰貯蓄、過剰消費、どちらか一方だけが問題だということでもなく、結局はそれぞれの国がそれぞれの課題に取り組むほかないようだ。

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2009年2月16日 (月)

「マル経」で学ぶ帝国主義

「週刊東洋経済」連載「知の技法・出世の作法」(佐藤優)、先週は高校世界史教科書で帝国主義を学んだが、今週(2/21号)は高校政治・経済教科書を利用。以下にメモ。

〈19世紀後半には、鉄鋼や内燃機関・電気などの分野で技術革新がおこり、重化学工業が進んだ。その結果、企業が大規模化し、多額の資本が必要となって株式会社制度が発達した。また、生産の集積・集中が進み、競争に勝ち残った少数の大企業が市場を支配(寡占)するようになった。このような新たな段階の資本主義を独占資本主義ということもある。さらに欧米資本主義諸国は強力な軍事力を背景に、アジア・アフリカを原材料の供給地や製品の輸出市場、あるいは資本の投資先とする植民地化政策をおし進め、たがいに対立するようになった(帝国主義)〉(『詳説政治・経済』山川出版社)。

帝国主義について、経済的側面からの簡潔な説明だ。この説明はレーニンの帝国主義規定を踏まえて行われている。高校政治・経済教科書にはマルクス経済学の成果が、イデオロギー過剰にならない形でバランスよく盛り込まれている。

マルクス主義には二つの魂がある。第一は、資本主義社会の内在的論理を解明しようとする観察者としての魂だ。第二は、資本主義体制を打破し、社会主義社会を建設しようとする革命家としての魂だ。

21世紀に生きるわれわれは、20世紀に現れた社会主義が、地獄絵を描いたことを知っている。したがって、マルクス主義の革命家としての魂は必要ない。他方、資本主義が必然的に格差を生み出し、そこから貧困問題が生じ、それを放置しておくと、社会が解体され弱体化する。これらの現象については、マルクス経済学の警鐘に耳を傾けるべきと思う。

・・・新自由主義の挫折と共に、各国は揃って財政出動に乗り出している。もはやハイエクは不要となり、ケインズが復活したということなのか。経済危機は資本主義的論理の行き着く先にあるものと見るならば、忘れ去られたはずのマルクスにも出番があるということなのか。(間違いないのは、我々は天才たちの理論の奴隷であるってこと)

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2009年2月11日 (水)

グローバル・インバランス

今週の「週刊東洋経済」(2/14号)の特集は「特別講義・世界経済危機」。今回の経済危機の根本原因は、国際的な経常収支の不均衡、つまりグローバル・インバランスの急拡大であり、そこから日本の課題も見えてくる。池尾和人と竹森俊平、二人の慶應義塾大学教授の論説からメモ。

そもそもアメリカの経常赤字は過剰消費によりGDP比で6%前後と過大になっているが、その裏側にはアメリカの経常赤字補填のファイナンスを行う資本輸出国がいる。ではこうした資本輸出国がどこかというと、アジアやラテンアメリカの新興国だ。97年を境に「貧しい国」から「豊かな国」に国際資本が流れるという不自然な変化が起きた。97年といえばアジア通貨危機である。この危機をきっかけに新興国は、資本輸入に依存した経済発展を嫌い、むしろ国内投資を抑制してまでも国内貯蓄の余剰を創出して、それを海外に輸出するようになった。こうした国際資本がアメリカに向かい、アメリカだけが突出して経常赤字を膨張させた。これが「グローバル・インバランス」のメカニズムだと考えられている。(竹森)

00年以降、急激にグローバル・インバランスが拡大していくプロセスで、米国には経常赤字を埋め合わせるための巨大な資金が流れ込んだ。この資本移動の動きをチャンスととらえてビジネスを拡大してきたのが米国の金融サービス業だ。したがって、グローバル・インバランスの急激な巻き戻しが始まると、米国では金融危機という形で問題が顕在化した。一方、日本は、米国の過剰消費に乗っかる形で輸出を伸ばしてきたから、輸出産業の失速という、米国とは別の形で問題が発生することになった。つまり、表面に現れた現象が違うだけで、問題の根っこは同じということだ。(池尾)

危機後の世界においては、アメリカが消費を減らした分だけ、ほかの国が需要を増やさなければならないことになる。そこでアジア経済の内需拡大型への転換が議論されている。歴史的に見ると内需拡大型に転換した唯一の成功例がアメリカだ。アメリカが成功した理由は、とりもなおさず金融市場を育成・拡大させたことにある。必要なのは、マーケットを育てて、その中で新しい投資対象を見つけ、試行錯誤で新しい産業を伸ばしていく戦略である。その際、いちばん有効なのが金融市場である。(竹森)

国際的なアンバランスの原因の一つとなった、日本の過剰貯蓄とは、いったいどのようなものか。実は、そのほとんどが法人貯蓄によって占められている。本来、企業が内部留保する資金というのは、成長のための投資に使うべきもので、きちんと企業が投資機会を見つけて振り向けていれば、このような過剰貯蓄は起こらなかったはずだ。これが意味することは、日本が自国内で新しい投資機会をまるで創り出せてこなかった、という事実である。(池尾)

池尾先生は、「日本は前川リポートなどで1980年代から内需拡大の必要性が唱えられてきたにもかかわらず、産業構造の転換をまるで進めてこなかった」とも指摘。グローバル・インバランスの認識で露になった日本の課題とは、かなり以前からやり残してきた宿題でもある。

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2009年2月 9日 (月)

いま帝国主義を学ぶ

「週刊東洋経済」連載「知の技法・出世の作法」。現在は「高校教科書で学ぶ国際政治」がテーマ。先週の「ウェストファリア条約」に続き、今週(2/14号)は「帝国主義」。筆者の佐藤優は「今の国際社会の構造は、古典的な帝国主義に類似している」という。以下にメモ。

帝国主義については、植民地侵攻を伴う歴史的負の遺産という印象が強い。ここで重要なことは、価値判断を離れて帝国主義という現象を等身大にとらえることだ。高校教科書の帝国主義に関する記述が、簡潔で本質をとらえている。実務家にとっても十分参考になる。

〈主要国の資本主義が発展し、相互の競争が激しくなると、将来の発展のための資源供給地や輸出市場として、植民地の重要性が見直された。長い不況が続いた1870年代以降には、本国と植民地の結びつきを緊密にし、まだ植民地となっていない地域を占有しようとする動きが高まった。この背後には、欧米諸国内に、ヨーロッパ近代文明の優越意識と非ヨーロッパ地域の文化への軽視がひろまり、非ヨーロッパ地域の制圧や支配を容易にする交通・情報手段が発達し、軍事力が圧倒的に優勢であるという事情があった。1880年代以降、諸列強はアジア・アフリカに殺到し、植民地や勢力圏をうちたてた。この動きが帝国主義である〉(『詳説世界史 改訂版』山川出版社)。

国家と資本が一体となって、国益の増進と資本の増殖を図ることが帝国主義時代の特徴だ。帝国主義を植民地支配と結びつけて理解する必要はない。アメリカやドイツは大きな植民地を持たなかったが、一級の帝国主義国になった。資本輸出によって、勢力圏を拡大することに成功したからだ。

今日、植民地を持たなくても、主要資本主義国は資本の輸出によって他国に影響を与えることができる。このような資本輸出が、個別企業の利益追求のためだけでなく、その企業が所在する国家の利益と一致した形で行われるときは、つねに帝国主義的性格を帯びるのである。

・・・20世紀に入ると、列強の対立から第1次世界大戦~大恐慌~第2次世界大戦と激動の時代が続く。歴史は繰り返す。もちろんそのまま再現されるとは言わないが、現下の状況が「100年に一度の経済危機」であるならば、歴史は学ぶべき必須科目だ。100年程度では人間の本性は変わらないとしたら尚更。

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2009年2月 8日 (日)

「ホウレンソウ」は基本

仕事の基本といえば「ホウレンソウ」、つまり報告、連絡、相談。とは思っているのだが、これってもしかすると何かひどく古典的というか、現代のIT全盛時代では古色蒼然かもと危惧していたところ、昨夜のNHK「めざせ!会社の星」(ビジネス・バラエティ?)がこのテーマを取り上げているのを見て、どうやら今でも「ホウレンソウ」は仕事の基本と思っていいのだと、少し安心した。以下に番組内容からメモ。

会社の中でホウレンソウの相手は上司、同僚、関係部署とあるが、悩むことが多いのは当然のように上司との関係。ホウレンソウのうまくできない理由として、「タイミングが難しい」「失敗やミスは報告しにくい」「ふだんから会話がない」が挙げられていたが、そうだろうなあと思われることばかり。

ホウレンソウの力をアップするにはどうしたらよいか。若手会社員が上司とのやり取りの中で努力の末に編み出したワザは、①上司のスケジュールを把握する(空き時間に報告する)、②短い文章を作っておく(事前に報告することをまとめておく)、③キーワードを書き出す(受け答えをスムーズにする)、だった。相手に伝わるように伝える(コミュニケーションの基本でもある)のが報告だし、そのための準備は必要、という感じ。

「ボス・マネジメント」を考えようという提案もあった。要するに、上司をうまく使え、という話で、たぶんこれも賢い部下なら実践している事柄だろう。番組の中で紹介された、上司のタイプ別「攻略法」は、

ワンマン上司(結論を急ぐ、頼られるのを好む)→選択肢を与える
分析上司(データ重視、計画的)→行動をうながす
大ざっぱ上司(楽観的で明朗、感覚的)→文書やメールも活用
なかよし上司(協調性重視、指示があいまいなことも)→はっきりモノをいわせる

とのことでありました。

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2009年2月 7日 (土)

世界一冷たい格差社会

日本は「世界で一番冷たい」格差社会、という記事にネットで出会った(ダイヤモンド・オンライン2008年6月30日付)。日本は福祉機能で米国に劣り、雇用環境で欧州以下と、政治学者マルガリータ・エステベス・アベは指摘する。半年以上前の記事だが、「派遣切り」の嵐が吹き荒れる今読むと、ひしひしと実感される内容なのでメモ。

日本で格差問題が悪化したのはアメリカ型の市場原理を導入したからではないか、との批判が高まっているが、これにはいくつかの誤解がある。

アメリカは確かに国家の福祉機能が小さく、利潤追求と競争の市場原理を重視しているが、それがすべてというわけではない。市場原理にまったく従わない民間非営利セクターが大きな力をもち、福祉機能、すなわち社会を維持する役割を担っている。

日本はアメリカと似て国家の福祉機能が小さく、また、「自助努力が大切だ」と考える人が多い。しかし、企業や社会にはじき出された人を守るシステムが弱く、家族に頼らなければならない。問題は家庭内で解決できない時にどうするかである。

欧州先進国の多くは国家の福祉機能が大きく、「市場で失敗するのは個人だけの責任ではないので、国家が助けるのは当然だ」と考える人が多い。こうしてアメリカとヨーロッパ、日本を比べてみると、日本が一番冷たい社会のように思える。

正規・非正規社員の賃金格差の問題にしても、同じ仕事をしながら賃金に大きな差が出るということはアメリカではあり得ない(もしあれば明らかに組織的な差別)。日本企業ではインサイダー(内輪の人間、つまり正規社員)の雇用保護が強いので、アウトサイダーの非正規社員が不利益を被ることになる。本来は労働組合が何とかすべき問題だが、企業内組合なのでアウトサイダーのために本気で闘おうとはしない。

インサイダーの雇用保護はヨーロッパでも起こっており、日本特有の問題ではない。しかし、ヨーロッパでは労働組合(産業組合)が強いので、非正規社員に同じ仕事をさせて賃金を低くするという雇用形態は許さないだろう。

日本は非正規社員を守るシステムが事実上ほとんどないが、これは政治的に解決できる問題だ。政府がそれをしないのは、企業の反対が強いからだろう。

・・・家族の機能低下と共に、日本の福祉制度の貧弱が露になっているということ。かつて日本的経営の3種の神器は「終身雇用」「年功序列」「企業内労働組合」といわれたが、これらはある部分は崩れ、ある部分は残されて、歪みが生じているということ。「新自由主義的改革が格差を拡大させて社会を破壊した」という大雑把な批判は殆ど実効性をもたない。日本の福祉制度と雇用環境の欠陥を地道に修正していくしかない。

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2009年2月 5日 (木)

「一般職」志望の男子たち

雇用における男女平等の浸透か、それとも新しい価値観による行動なのか・・・総合商社「一般職」に応募する男子学生が現れた――「ダイヤモンド・オンライン」今日付の配信記事からメモ。

不況が深刻化した1990年代後半、各商社は正社員の一般職採用を凍結して派遣社員に切り替えてきた。しかし事務作業の高度化などによって有期で非正規雇用の従業員に任せにくい業務が増えたことから、大手商社はここ数年で相次ぎ一般職採用を復活させてきた。

ここでネックになったのが、2007年に施行された改正・男女雇用機会均等法である。従来の女性に対する差別を禁止する法律から、男女双方に対する差別を禁止する法律に変わったことで、女子学生に絞った一般職の採用はできなくなり、形式上は男子学生にも一般職への門戸が開かれた。

そこに目を付けたのが安定志向の男子学生たちだ。2007年に一般職の採用活動を再開した丸紅には、採用枠30人に約5000人もの応募があり、そのなかに「数%の割合で男子学生がいた」と同社人事部は明かす。他の総合商社も同様で、割合こそ多くないが、男子学生からの応募が一定数あるという。「今年になってさらに男子の応募が増えた」という商社もあった。

就職情報サイト「マイナビ」の栗田卓也編集長は「学生の会社選びは今まで以上に多様化してきており、昇進や昇格に興味を示さないタイプの学生が増えているからでは」と一般職志望の男子学生について分析する。

・・・確かに「総合商社の一般職」ならば、「ちょっと給料の良い公務員」ともイメージできるだろうから、「そこそこ」働くつもりの男子には、お仕事として魅力的なのは分かる感じがする。とはいえ今のところ、応募者はいても採用には至っていないということで、企業側としてもどう扱うものか苦慮している様子。近頃目にする「草食系」という言葉は、恋愛関係に対する若い男の姿勢を表現しているらしいが、「総合職」的出世をガツガツ目指すのではない、穏やかな「一般職」志向というのも、「草食系」男子の価値観と言えるんじゃないだろうか。

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2009年2月 2日 (月)

ウェストファリア条約

「週刊東洋経済」の連載記事「知の技法・出世の作法」(執筆者は佐藤優)では先週から、高校教科書を使って国際政治を理解することをテーマにしている。今週号(2/7)で取り上げられているのは「国際政治の原点」ウェストファリア条約。以下にメモ。

国際政治について語る際に絶対に記憶しておかなくてはならない基礎知識がある。たとえば、近代国際政治の枠組みを創った1648年のウェストファリア条約だ。

〈1618年、オーストリアの属領ベーメン(ボヘミア)の新教徒が、ハプスブルク家によるカトリック信仰の強制に反抗したのをきっかけに、三十年戦争がおこった。三十年戦争は、宗教的対立をこえたハプスブルク家対フランスの戦いでもあった。三十年戦争は1648年のウェストファリア条約で終結し、ヨーロッパの主権国家体制は確立された〉(『詳説世界史 改訂版』山川出版社)

〈国際社会が形成されたのは、17世紀のヨーロッパからであるといわれる。ドイツ三十年戦争の戦後処理のために、ウェストファリア地方で開かれた講和会議(1648年)で、ウェストファリア条約が締結された。この会議には当時のヨーロッパのおもな国々の代表が集まり、たがいに平等で独立した主権を認め合った。一定の領土があり、そこに国民としての一体感を持った人びとが国民国家を形成し、政治的な決定をみずからの手でおこなうことのできる主権を持っていることが、近代国家の定義である〉(『詳説政治・経済』山川出版社)

21世紀の現在においても、国民主権システムの限界がいろいろ語られる。確かにアルカイダ型に国境を越えてテロ活動を行う分子は国家主権を尊重しない。しかし、このような国際テロリズムに対する措置も、基本的に国民国家の枠組みで行う。ウェストファリア条約で築かれた国際社会の基本的な「ゲームのルール」は今日でも有効である。

・・・グローバル時代を生きるビジネスマンの必読書は世界史教科書なのだ。

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