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2009年1月 8日 (木)

おひとりさまVS婚活

ひと月前の毎日新聞(2008.12.8付夕刊)に、「おひとりさま」か「婚活」か、と題されたインタビュー記事があるのに気がついた。語るのはもちろん、それぞれのコンセプトの提唱者である、上野千鶴子と白河桃子。ということでメモ。(桃子は「とうこ」と読む)

(白河桃子)
早くに「おひとりさま」を決意して経済基盤や人間関係のネットワークを整えた人は問題ない。問題なのは「いずれ結婚するだろう」と思っている男女なんです。

婚活とは男女が結婚を目的とした出会いを探して積極的に活動すること。合コンに参加するとか、結婚情報サービス会社に登録することです。就職には就活が必要なように、結婚には婚活(結婚活動)が必要な時代です。なのに多くの日本人は「結婚は自然にできる」と思いこんでいる。実際は昔も自然な結婚は少なかった。昔は見合い結婚。60年代半ばを境に恋愛結婚のほうが多くなるが、それでも職縁結婚が多かった。会社にお嫁さん候補の若い女性が事務職としていたため、会社と家を往復していても結婚できたわけです。つまり社内集団見合い結婚。ところが80年代以降に恋愛市場が自由化され、誰かが世話をしてくれるというシステムが崩壊した。

日本人は元来、恋愛能力が高くない。男性はコミュニケーション能力が低く、うたれ弱い。女性には「王子様は待っていても永遠にこない。結婚したい人は受け身で待っていてもだめ。狩りに出よ」と言いたい。

(上野千鶴子)
結婚が永久就職である時代も、経済的依存を可能にする時代もとっくに終わっているのに、なんで今時、「婚活」なんていう古い話が出てくるんでしょうね。結婚というものにインセンティブ(意欲を引き出す刺激)がそれだけなくなったということですから、無理にすることはないんですよ。

結婚は生活していくための「生活保障財」から「ぜいたく品」に変わりました。だから求める条件が上がったのです。そうなれば、当然マーケットは縮小し、マッチメーキングが難しくなる。それで8割以上が結婚願望を持つにもかかわらず、結婚に踏み切らない人が増えたというわけです。

でも、どうってことはない。すべての男女が父や母になる人口爆発時代が終わったと思えばいいのです。明治時代を迎える前は、人口の2割程度が生涯非婚者でした。

人はどっちみちおひとりさまになります。遅いか早いかの違いだけ。一人でいることを基本にすればいいのです。おひとりさまはライフスタイルの一つ。家族として過ごす時間は人生のある一時期にすぎません。

・・・「おひとりさま」の覚悟ができていなければ「婚活」せよ、というのはもっともに思える。とはいえ「婚活」の具体的な形が、合コンや結婚情報サービスというのも正直サエない話ではある。しかし今時は、周囲に相手がいたという「幸運」か、相手を紹介してもらう「人脈」が無いと結婚はできないのが現実だろう。どっちも無いけど、どうしても結婚したい人は「婚活」するしかないし、そこまでして結婚する気のない人は「おひとりさま」の覚悟を決めるしかない、という感じ。あるいはある期間「婚活」してみて、願わしい成果が得られなければ「おひとりさま」コースを歩む、というのもある・・・だろう。とにかくいまや、「自然には結婚できない」のも、「おひとりさまはライフスタイルである」のも現実だと認識して、あとは個人の考え方で行動する、要はそういうこと。かな。

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