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2009年1月13日 (火)

新自由主義的改革、是か非か

新刊『資本主義はなぜ自壊したのか』を自らの「懺悔の書」とする中谷巌・三菱UFJリサーチ&コンサルティング理事長。今週の「週刊東洋経済」(1/17号)掲載のインタビュー記事「中谷巌氏に聞く」からメモ。

短絡した軽薄なものの考え方がまずかった。新自由主義的な、市場至上主義的な、あるいは改革派の急先鋒的な自分の行動に対して、それは浅はかであり、社会全体、あるいは人間の幸せとはと、考慮すべきだった。
小さい政府や自己責任をただ求めれば、日本社会がうまくいく、さらに経済成長がうまくでき、国際競争力もつく、そういう考え方は間違い。そう考えるようになった。一方的な新自由主義信奉者ではなくなったという意味だ。

新自由主義でいちばんまずいと思うのは、とにかく個人が分断されること。あるのは国家とマーケットだけの世界。しかし、人間にとって必要なのはその間にある社会、あるいはコミュニティではないか。そこで温かい人間的なつながりを確認しながら人は孤独に陥らず、喜んだり悲しんだりする。その中で幸せをつかむ。新自由主義的発想は社会的動物である人間を全然考慮していない。

自由市場信奉者の「転向」という意味ではそれなりにインパクトはある。しかし、経済が社会を破壊する、という批判は目新しいものではない。同じ「東洋経済」の巻頭コラム「経済を見る目」では、八代尚宏・国際基督教大学教授が市場中心の経済改革継続を唱えているのでメモ。

今回の危機を、小泉政権以降の構造改革を否定する根拠に結び付ける論調がある。
規制緩和で非正社員が増え、財政改革で地域格差が拡大したといわれるが、構造改革のせいではなく、経済活動の国際化や情報化、人口の高齢化等、経済社会の大きな変化に対応できない旧来型の社会システムの下で、経済停滞が長期化し、国内投資の不足で正社員や地域の雇用機会が削減されたと考えるべきだろう。

野口悠紀雄のいう「1940年体制」は、半世紀を経て、もはや維持できなくなっている。これが社会主義体制の崩壊と時期を一にしたことは偶然ではなく、それゆえに構造改革が求められたのである。
先進国のモデルを翻訳してまねるという過去の手法では、今後の日本の社会問題には対応できない。多様な主体の試行錯誤の過程で、優れた仕組みが発見される地域間の制度競争を生み
出す地方分権や、情報の宝庫である市場の活用を目指した改革を進めるべきである。

・・・改革が必要なことは誰もが分かっているだろうし、不都合が出てくればその中身を問い直すことも当然のこと。この段階で新自由主義的改革に否定的な最終評価を下せるものなのかどうか。おそらく当面は修正の積み重ねで現実は進んでいくのだろう。

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