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2008年10月13日 (月)

二つのアメリカ

民主党のアメリカ 共和党のアメリカ』(冷泉彰彦・著、日経プレミアシリーズ)から、まずは民主党、共和党それぞれの「DNA」についてメモ。

過剰なまでの正義感と、自己肯定、そして「話せば分かる」という楽観性、つまり「信ずること」が民主党のDNAであるならば、共和党のDNAはその正反対である。彼等の核にある思想は「懐疑」だ。(①財政面の保守主義=小さな政府論=強大な中央政府の権力への疑念、②社会価値観における保守主義=中絶や同性愛婚、銃規制への反対=人間中心主義への疑念、③軍事面での保守主義=イラク戦争の肯定と派兵継続、一国主義=異文化への疑念)

特に「社会価値観」の問題における両党の一歩も譲らない姿勢が、「銃規制」「生命倫理」「同性愛」という、アメリカ特有の論争として表れていると本書は指摘している。

両党の価値観が、映画やスポーツ、ビジネスなどの分野でいかに現れているかを語っている第三章(民主党のカルチャー、共和党のカルチャー)はなかなか面白い。一例として女性向け人気連続ドラマによる対比について以下に。

『セックス・アンド・ザ・シティ』に登場する4人の独身女性グループの団結の固さ、とりわけお互いのことを「ソウルメイト」と呼んでいる感覚は民主党のカルチャーである。どこかに同性愛的なフレーバーを感じさせる新しさがあるのだ。このシリーズの底流にはメイン・テーマとして「自分の人生観に合う理想の男性を探したい」という思想が入っている。女性たちが「自己の尊厳」を大事にしながら「純愛」を追いかける話なのだ。「純愛」を追い求めている、正にそこが民主党的なのである。

一方、『デスパレートな妻たち』は共和党のカルチャーを代表している。登場人物たちは専業主婦という檻に閉じこめられて鬱屈し、その不満な思いが不倫を中心とした破滅的な行動に向かわせるのだ。そこに流れる人生観は、「妻たち」にとって人生はコントロール不可能という一種の諦めのような心境である。幸福になろうと思えば思うほどに、自分の人生はどんどんと思わぬ方向に行ってしまう、そんな感慨である。その核にあるのは、所詮他人の心は分からないのだから、人生というのは自分一人が「孤軍奮闘」してゆく「ほろ苦い」ものなのだ、という見事なまでにカウボーイ的な思想なのである。

もうひとつ、民主党のジョージ・ミッチェルがメジャーリーグの薬物問題を追及した事に絡めて語られる、民主党と共和党の「正義」観の違いについて以下に。

民主党のカルチャーには「究極の正義」というものがあって「その正義というものは必ず勝つし、勝たねばならない」という発想が根底にある。その一方で、共和党のカルチャーはどこまで行っても西部劇風であって「正義」というのはあくまで神のみが知るもの、人間はむしろ「正義」に翻弄される中にその存在がある、という思いが強い

・・・人間の理想と可能性を信じる民主党と、人智の及ばない領域を感覚する共和党。とっても単純に言うと、民主党は青年の政党で、共和党はオヤジ政党。現在の大統領候補者のイメージそのまま。政策的なことはともかく、社会的文化的な価値観について、自分の考え方の民主党度、あるいは共和党度を測りながら眺めてみれば、アメリカ大統領選挙への興味もより増すんじゃないかな。

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