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2008年10月29日 (水)

ハイエク的自由と市場

本日付日経新聞市況欄コラム「大機小機」(新自由主義は市場万能主義にあらず)からメモ。

米国発の金融危機が世界的な株価の乱高下を引き起こす中で、その主犯と見られる市場万能主義と新自由主義を混同する議論も少なくない。だが二つの「主義」は似て非なることを忘れてはならない。

ハイエクは社会に広く分散している知識を効率よく利用するためには、少数の人間が権力を握る政府に知識を集中するよりも、「市場を通して人びとが自由に知識を交換できるほうが望ましい」と指摘した。市場に任せるのが最善だと主張したわけではない。ハイエクにとって市場における自由競争は、少数のエリートが権力を握る政府よりも相対的に望ましいという意味で、あくまで次善の選択だった。

ハイエクが新自由主義者と呼ばれたのは、「既得権を擁護しようとしたり伝統に固執したりするオールド・リベラリスト」に反旗を翻し、自らの信念「人は法の前で平等」に反する慣習や制度の改革を積極的に説いたからである。必ずしも市場が万能だと喧伝したからではない。

・・・おそらく、人間社会の知的な働きの在り方を示したハイエク的な自由主義は、投資主導経済のイデオロギーとなった「新自由主義」とは異なるものなんだろう。でも、ある言葉が実は何を意味するのか、よく分からないまま世の中に流通してしまうのは有り勝ちなこと。今年8月14日付日経新聞「経済教室」でも、経済学者の小宮隆太郎が、「新自由主義」と「市場原理主義」は、意味不明のおまじないのような言葉だと書いていて、確かに学問的厳密さを欠いている、どちらかといえばジャーナリスティックな用語だと思われるし、これが「ネオリベ」になると、格差社会の元凶、貧困を生み出す悪へのレッテル貼りという感じ。まあ、学者さんほど言葉を厳密に使うための勉強をする時間もないけれど、何とか「主義」というと、経済学よりは文学の方に足を突っ込む危うさもあるので、何となく雰囲気で言葉を使うことは戒めたいものだな。

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