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2008年9月 7日 (日)

シチリアという場所

新潮社・とんぼの本『シチリアへ行きたい』の改訂版が出ている。カラー写真が多数掲載されたページをぱらぱらと眺めながら、シチリアというのは何となく行ってみたいと思いつつ、まだ行ってない場所だなあ、と思う。

シチリアに行きたい理由といえば、御多分に漏れず、まずは「ゴッドファーザー」の影響であるけれど、最近はこれに加えて、シチリア出身の神聖ローマ皇帝フリードリヒ二世の魅力、さらにはその十字軍の時代を超越したような皇帝を生んだ、多様な文化が共存した風土への関心が強くなってきた。以下に『ヨーロッパとイスラーム世界』(高山博・著、山川出版社)からメモ。

フリードリヒ二世にみられる合理的で現実的な態度は、おそらく、彼が生まれ育ったシチリアで育まれたものである。彼は、神聖ローマ皇帝としてドイツ王国の伝統を継承する立場にあったが、実際はまぎれもなくノルマン・シチリア王国の伝統を受け継ぐシチリア王だった。かつてのノルマン王たちと同じく、イスラーム教徒の役人やイスラーム教徒の軍人をかかえ、その宮廷ではイスラーム教徒を含む優れた学者たちが活躍していた。彼はまた、イスラーム世界の政情にもつうじ、イスラーム教徒をたんに異教徒だからだという理由で敵視することもなかった。フリードリヒ二世は、キリスト教世界しか知らない他のヨーロッパ君主たちと違い、キリスト教徒を中心とした世界観から自由だったといえるのである。

シチリアは実際に、イスラームとキリスト教の文化的学問的中継地点であった。

1927年、中世史家チャールズ・ハスキンズが『12世紀ルネサンス』という書物を刊行し、12世紀の西ヨーロッパがそれまで考えられていたような「暗黒時代」ではなく、ルネサンスと同じように文化活動が盛んな時代であったことを明らかにした。このハスキンズの12世紀ルネサンス論において重要な位置を占めるのが、イベリア半島とシチリア島の翻訳活動である。

イスラーム教徒たちは、かつて古代ギリシアやインドの学問を輸入して、イスラーム哲学や自然科学の基礎を築いた。12世紀に、今度はキリスト教徒たちが、イスラーム教徒たちの学問を、イベリア半島やシチリア島経由で西ヨーロッパに輸入する。このように、イベリア半島やシチリア島における翻訳活動は、アラブ・イスラーム文化圏から西ヨーロッパへと学問や芸術が伝わる文化移転の一部とみなすことができるのである。

・・・イベリア半島と共に、異なる宗教・文化の交流・中継地点だったシチリアという場所は、多文化共存の道を探る現代人に何かしら示唆を与えてくれるように思う。
12世紀ルネッサ~ンス!(乾杯)

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