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2008年9月28日 (日)

グリーンスパンが見た金融危機

グリーンスパン米FRB前議長は、著作『波乱の時代』ペーパーバックス版に追加したエピローグの中で、金融危機に対する考え方を語っている。「日経ヴェリタス」先週と今週(9/21、28付)の2回に分けて掲載された、前議長の言葉とその解説記事(金融危機 グリーンスパン氏のエピローグ)からメモ。

「誰もがリスクを異常に取り過ぎていることを知っていた」
これまで米住宅ローン会社は信用力の低い人にも平気で住宅ローンを供与してきた。リスクを自ら抱えることなく、すべての債権を市場で売却できたからだ。複雑な金融錬金術のおかげでローン債権を束ねた証券化商品には米国債と同じ最上級の格付けがつく。金融機関は収益と資産の拡大につながる証券化商品を買いあさった。
金融業界では住宅の値上がりが止まれば、証券化商品が焦げ付くのは暗黙の了解。だが値上がりピッチに陰りが見えても、収益性の高い住宅ローンや証券化商品の組成ビジネスから手を引
こうとしなかった。収益や資産規模の拡大競争でライバルに後れを取りたくなかったからだ。

「我々が使うリスクモデルや経済モデルは高度かつ複雑になってきたが、それでも世界経済の動きをとらえるには単純すぎる」
モデルに頼りすぎる危うさを当局や金融危機が思い知ったのはわずか10年前(のLTCM破綻)。奉加帳方式でLTCMを救ったのは、今回苦境に陥っているウォール街の金融大手だ。にもかかわらず、教訓はわずか数年で忘れ去られた。

「陶酔感の蓄積を抑えるのは極めて難しい。私は強くそう感じる。この見方が正しければ、行き過ぎた投機熱が自らの力で崩壊するまでバブルは続くことになるだろう」
「金融市場の急変をすべて予測することはできない」
「市場はほぼ一夜にして陶酔感から恐怖心に振れた」

中央銀行はそもそもバブルの生成、膨張、崩壊を制御できるのか。グリーンスパン氏の回答は否定的だ。人間の本性がもたらすバブルは予測や管理が困難で、当局の意思では進路を大きく変えられない。従ってバブルをいかにつぶすかではなく、つぶれた後にどう対処するかを重視する。

「どの危機や調整過程も予想通りの形では起こらない。だからこそ私は適切な資本と流動性の余裕を持つよう金融機関に求める方法を好む」
「保護
主義や硬直的な規制に縛られず、柔軟性と弾力性のある市場を維持し、危機の衝撃を吸収できるようにしておくのが最善の方法だ」

グリーンスパン氏の危機管理にはいくつかの哲学があった。1つは「リスクマネジメント・アプローチ」。最悪の事態に備えて厚めに保険をかけておく手法で、大胆な利下げで金融危機の深刻化や景気の悪化を未然に防ぐのが一般的だった。

「景気循環や金融を扱うモデルでは、今でも人間本来の反応を十分にとらえることができない」
もう1つは「ルールより裁量」だ。グリーンスパン氏は経済の理論やモデルに縛られるのを嫌がり、自由で柔軟な金融政策運営を好んだ。

・・・グリーンスパンが「予言」するように、「今回の危機の先に待つ経済は、これまで慣れ親しんだ世界とは大きく違っている」のだとしても、中央銀行とバブルの闘いは将来も繰り返されるのではないかと思える。

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