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2008年8月 3日 (日)

『「生きづらさ」について』

今どきの若い世代が直面している困難とはいかなるものか。
雨宮処凛と萱野稔人の対談本『「生きづらさ」について』(光文社新書)を読んでみる。以下の引用はすべて萱野の発言。

萱野は今の「生きづらさ」の根元には、「コミュニケーションのあり方」の問題があると見る。それは「アイデンティティ」のレベルにおける「生きづらさ」と深く関わっている。

出発点は、人は他者からの承認を必要とするということ。
「やっぱり、人から認められることが、自分の存在価値を証明する一番の回路だと思いますよ。もともと人間って、自分の存在価値を自分では証明できないから、他者にそれを認めてもらうしかないんです。どうしても他者からの承認を求めてしまうんですよ」。

他者からの承認を得るために人は仕事をする。そして、居場所を得る。即ち所属する。
「ひとりの人間が社会のなかで認められるための、もっとも大きなファクターはやはり『仕事』です。仕事をつうじて、ひとは社会のなかで居場所を獲得し、所属をあたえられ、認められる」。「『所属』というのは、一方で、いざというときに頼りになって生活を保障してくれるものであると同時に、他方で、『私はここに所属している』というかたちでアイデンティティを保障するものでもあると思うんですよ」。

この「所属」または「承認」概念を巡って、共同体と「高いコミュニケーション能力が要求される」今の社会とが対比される。
「何らかの共同体に所属し、そのなかで認められたり必要とされたりするというのは、いまのコミュニケーション重視型の社会のなかでは一種のアジール(避難所)としての役割をもっていますよね。共同体というのは、『無条件に認めてくれる居場所』を、所属によって与えてくれるものなんです。これと対極にあるのが、いまのコミュニケーション重視型の社会です。そこでは、流動化した人間関係のなかでそのつど他人から認められるよう努力しなくてはいけない。こうしたコミュニケーション重視型の社会と、共同体的な承認のあり方を比べたとき、どっちがいいのかというのはたしかに難しい問題です。ただ、確実にいえるのは、まったく共同体的な承認なしにコミュニケーション重視型の社会を生きていくのは相当キツイということです」。

「社会が流動化すると、人はそのつどのコミュニケーションのなかで競争的に承認を獲得しなければならなくなる。過酷な承認のゲームが社会全体に広がっているんですね」。「いまの流動化した社会のなかで、無条件に存在が承認されるような居場所をどのようにつくっていくか、というのはとても難しい課題です」。

・・・承認または所属を得るために、競争的なコミュニケーションを強いられることで「生きづらさ」を感じる社会。それは若者だけの問題ではない。

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