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2008年8月31日 (日)

日本の軍国主義

あの戦争は止められなかったのか。『若い人に語る戦争と日本人』(保阪正康・著、ちくまプリマー新書)からメモ。

当時は今と違って、国会が機能しているわけではありませんでした。確かに国会は存在していましたが、選挙権は国民すべてに与えられているわけではなく、加えて国政全般に発言権をもっているわけでもありませんでした。軍の内情については、「統帥権の独立」という名目があり、簡単にいうなら、軍の言うことや行うことには、一切口を挟めなかったというのが実情です。

議会政治は昭和7年の5.15事件のあとに崩壊し、昭和13年5月施行の国家総動員法によって、国会でどのような法律を決めようとも、政府は勅令一本で軍事主導の政策を自由に行うことができる体制になっていました。

こうした状態はいわば、軍国主義体制とかファシズム体制といわれるものですが、日本はまさにそういう体制になっていたのです。つまり、軍人がこの国のすべての機関を直接、間接に自在に動かすというシステムに変質してしまったのです。

・・・結局、日米開戦を最終的に決定したのは主要閣僚と大本営幹部であり、国民の運命をわずか十数名が密室の中で決めてしまった、ということになる。軍部の意向に対して、議会や国民が表立って反対することもままならないうちに、国民の与り知らぬところで国の運命が決められてしまった、その背景について、別の本からも引用。

「権威主義的反動」が主導権を握ったファシズム体制の原型となる国々の共通の特徴は、大衆レベルでの民主主義的解放がきわめて低レベルにあって、国民主権を原理的に確立するところまでいっていなかったということであろう。(『ファシズム』山口定)

・・・そもそもなぜ、軍部は戦争拡大へと暴走していったのか。

明治以来なんとかして切り開いて来た後発的帝国主義国家としての歩みが、中国革命の進展とソヴィエトの発展による「満蒙の既得権益」の危機という形で壁にぶつかり始めたということと、この壁を破れなければ、やがて国内における統合も破綻するのではないかという危機意識が日本の支配層をとらえたということであろう。(同)

・・・帝国主義の時代に急いで近代化を進めた日本は、対外戦争の継続を宿命付けられていたのかも知れないが、その代償は余りにも大きかった。

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2008年8月30日 (土)

『ファシズム』読書

「意志の勝利」DVDを観て、ソンタグの昔の評論を読んで、気分は軽く「ファシズム」モード(・・・思えば去年の夏は軽く「東京裁判」モードだったっけ)。続いて岩波現代文庫の『ファシズム』(山口定・著、2006年)を読んでメモする。

まず、世界史におけるファシズムの位置付けについて。

第一次大戦後に樹立された米英仏に代表される先進的帝国主義諸国中心の平和主義、国際協調主義を建前とする世界秩序(ベルサイユ=ワシントン体制)に対する独伊日などの後発的帝国主義諸国の実力による挑戦。

ファシズム体制の特質とは。

①一党独裁とそれを可能にするための「強制的同質化」と呼ばれる画一的で全面的な組織化の強行、②自由主義的諸権利の全面的抑圧と政治警察を中核とするテロの全面的制度化、③「新しい秩序」と「新しい人間」の形成に向けての大衆の「動員」、④軍、官僚機構、財界、教会などの既成の支配層の反動化した部分(権威主義的反動)と、広義の中間的諸階層を基盤とした急進的大衆運動の指導者層やそれに代替する「革新将校」や「革新官僚」(擬似革命)との政治的同盟。

④の基準から、「権威主義的反動」と「擬似革命」、どちらが主導するかでファシズム体制は二つのタイプに分けられる。イタリア、ドイツは「擬似革命」(民衆の願望を悪用して観念的な急進主義を扇動しようとする)主導型、日本は「権威主義的反動」(エリートによる上意下達の体制を強権的に維持し回復しようとする)主導型である。

ファシズムは世界史の一定の段階における国際的な連関のなかでの産物であって、今日からあの時代をふりかえってみる時には、明らかに、イタリア・ファシズムが、国際的ファシズムの突破口であり、ドイツ・ナチズムはその極限形態であり、日本ファシズムは軍国主義的反動が二つの国際的先例の存在ゆえにファシズム形態にまでつき進みえた事例であった。

・・・第一次大戦、ロシア革命、世界恐慌等の世界史的状況の中で成立したファシズムを考えることは、あらゆるイデオロギーについて考えることだと、この本は教えてくれる。著者は歴史概念としてのファシズムの意義を強調する一方、同時代分析における「ファシズム」概念の使用(レッテル貼り)には慎重でありたいとする。確かに「禁煙ファシズム」くらいならまだ半分シャレとして受け止められるけど、マジで現代社会は「何とかファシズム」だと言い募る向きには鼻白むものを感じるな。

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2008年8月29日 (金)

最長景気、終了

好景気は終わったそうだ。えっ、景気って良かったの?って感じだが、本日付日経新聞「戦後最長景気 実感なく幕」からメモ。

エコノミストの間では、昨年末から今年初めに後退局面に入ったとの見方が大勢。仮に07年12月まで回復局面だったとすると、景気の拡大期間は71ヵ月。これまで戦後最長だった「いざなぎ景気」(1965年11月―70年7月、57ヵ月)を上回り、「バブル景気」(86年12月―91年2月、51ヵ月)もはるかにしのぐ。

回復期間も記録なら、成長の伸びが小さかったことも記録的だ。戦後の景気拡大局面の期間中の平均成長率(実質年率)を試算したところ、今回(02年1-3月期から07年10-12月期まで)は2.1%。いざなぎ景気の11.5%、バブル(平成)景気の5.4%に比べはるかに低く、GDP統計が整った55年以降で最低となった。これでは成長を実感するのは難しい。

輸出頼みの鮮明さも記録的といえる。08年度の経済財政白書の分析では、実質GDPの伸びに対する輸出の寄与度は61%と、過去の景気回復局面で最大。個人消費の37%、設備投資の31%を大きく上回った。中国やロシアといった新興国向けに輸出が急拡大したことが背景にあるが、こうした輸出依存の体質が、逆に世界経済の減速の影響をもろにかぶる脆弱さを招いた。

この景気を何と呼ぶかをエコノミストに尋ねたところ、外需主導の「新興国特需景気」「グローバル化景気」、家計への波及力が弱い「所得増なき景気」「賃金停滞景気」、好況感に乏しい「無実感景気」「もやもや景気」「惰性景気」などのネーミングが返ってきたという。何か全体的にサエない。

まあ確かに「惰性景気」というか、何となく続いた「だらだら景気」って感じ。景気拡大の理由としては「新興国特需」なんだろうけど、あんまり説明的なのもネーミングとしては決まらないので、やはり「グローバル景気」(化を付けると噛みそうだ)が無難かな。

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2008年8月24日 (日)

ソンタグのファシズム論

「意志の勝利」DVD鑑賞の後、本棚から『ヒトラーの呪縛』(佐藤卓己・編)を取り出して見る。そこに、「意志の勝利」についてユダヤ系の批評家スーザン・ソンタグが、「ファシズムの魅力」で優れた議論を展開している、との言及あり。
という訳で、そのエッセイが収められた『土星の徴しの下に』(富山太佳夫・訳、1982年晶文社、2007年みすず書房より再刊)を図書館で探して目を通す。

ソンタグはこのエッセイの中で、国家社会主義時代の政治と芸術の関係で興味深いのは、政治がロマン主義後期の芸術のレトリックをわがものにしてしまったことである、と指摘。ゲッベルスが語った「われわれはみずからを芸術家であると感じている」との言葉も引用している。またソンタグは、国家社会主義が残酷と恐怖のみの代名詞であると考えるのは間違いだという。以下にメモ。

国家社会主義は――広く言えばファシズムは――模様替えをして今日なお生きのびている理想の、複数の理想の代名詞でもあったのである。芸術としての生という理想、美への信仰、勇気の神格化、共同体感情にひたって疎外感を解消すること、知性の拒否、人類はみな一家(指導者は父である)という考え方などの代名詞でもあったのである。こうした理想は多くの人々にとって感動的な現実感をもっている。

リーフェンシュタールの映画が今なお効果的であるのは、ひとつにはそこにある憧憬が今も感じとれるものだからであり、またその内容となっているロマンティックな理想に対して今日でもまだ多くの人々がしがみついているからである。

このエッセイが書かれたのは1974年。第2次世界大戦終了からほぼ30年後。そこからさらに30年以上が経過した現在、ソンタグの論理における、リーフェンシュタールの映画が「効果的」である前提は失われつつあるように見える。というのは、諸々のロマンティックな「理想」が今もなお生きのびているとは思えないし、それらの理想に多くの人々が「感動的な現実感」と共に「しがみついている」と想定するのも疑わしいからだ。

どんな出来事も時代の制約や文脈から自由ではない。ファシズムがロマン主義的理想を政治において実現した20世紀前半から時代は大きく移り変わり、世界経済システムと国家の在り方の変貌は著しい。このような状況において、ファシズムに危険な程の魅力を見出す感性は既に衰退しつつあるのではないかと感じる。

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2008年8月23日 (土)

映画「意志の勝利」(DVD)

先日、勤め先の近くにある東京国立近代美術館フィルムセンターの前を通ったら、現在上映中のヨーロッパ映画特集(9月28日まで)の作品とスケジュールが掲示されていて、「禁じられた遊び」「第三の男」などの名作と共に、レニ・リーフェンシュタールの「民族の祭典」「美の祭典」もプログラムされているのが目に付いた。「オリンピア」2部作――例のベルリン・オリンピックの記録映画である。

で、レニ・リーフェンシュタールといえば、もろナチス映画があったっけという感じで、思い出したのが「意志の勝利」。ナチスのプロパガンダ映画とされてドイツでは上映禁止という、いわくつきの作品だけど、「オリンピア」よりはこっちを見たいなという気持ちになった。でも、これからいつどこで上映するかなんて分からない。日本でもなぜか商品化されてない作品だが、気になりだすと気になり続けるもので、結局3,965円也を払う決心をして、アマゾンからアメリカ版DVDを取り寄せたのだった。

内容は、1934年9月ニュルンベルクにおけるナチス党大会の模様だが、今となっては良く出来た記録映画というほかない。プロパガンダ映画という程、あざとい演出が為されている様には見えない。変に期待したせいか、やや拍子抜けした感じ・・・。ずいぶんたくさんの撮影カメラをあちこちから回しているなあとは思ったけど、後は編集作業の腕で見せているという印象。基本的にナチスそのものが宣伝について心得ていた、自己演出力の高い組織だった、そのことをこの映画は正攻法で記録したように思われる。

ナチスが提供する様々なスペクタクル――巨大なスタジアム、その会場を埋め尽くす人々及び旗の群れ、終りが無いかの様に整然と続く行進等々。その中心にいる「主役」ヒトラー総統が、党大会の終わりに締めくくりの演説を行う。ドイツ語は演説に一番向いている言葉ではないかと思わせる、ヒトラーの声、身振り、手振り。湧き上がる喚声と熱狂。ただの人が独裁者となりおおせた、ある時代のドイツの記録として、遺しておかなければならない映画。

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2008年8月17日 (日)

マフィア映画に学ぶこと

雑誌「サピオ」(8/20・9/3合併号)掲載の企画、「マフィア・ヤクザ映画」ベスト50の第一位は「ゴッドファーザー」。以下「ワンス・アポン・ア・タイム・イン・アメリカ」「アンタッチャブル」「俺たちに明日はない」「仁義なき戦い」と続くが、「ゴッドファーザー」は圧倒的支持とのことで、マフィア映画という枠を超えた名作の地位を確立しているのは疑いない。

ランキングに並ぶギャング映画が題材にしている人種や舞台は様々。ユダヤ系やアイルランド系、香港やパリ・・・。しかしマフィアといえば、やっぱり「ゴッドファーザー」の描く、ニューヨークのイタリア系ギャングが「本家」だろう。実在の大ボスで有名なのは、ラッキー・ルチアーノ。1930年代の初めに、マフィアの「近代化」を成し遂げた男である。

当時、ニューヨーク暗黒街では、マッセリアとマランツァーノの対立が激化していた。「カステラマレーゼ戦争」と呼ばれたこの争いで、ルチアーノはマッセリア側に属していた。1931年4月15日、マッセリアはレストランで射殺される。食後にトランプの相手をしていたルチアーノがトイレに立った時、何者かに襲われたのだった。ルチアーノがマランツァーノに通じて、取引したといわれる。そして半年後、「ボスの中のボス」として振る舞うマランツァーノに、自分を始末する意図があることを察知したルチアーノは、先手を打つ。1931年9月10日、マランツァーノは事務所で殺害される。警察官を装った殺し屋たちの仕業だった。古い世代の代表者を葬ったルチアーノは、有力なボスたちの集団指導制で動く組織として、マフィアを近代化した。(参考:「マフィア経由アメリカ行」常盤新平)

この辺の経緯を描いた映画としては、「ゴッドファーザー」と同時期に作られた実録物の「バラキ」、「コーザ・ノストラ」がある。また、若き日のルチアーノを主人公とした「モブスターズ/青春の群像」(1991年公開)も、二人の大物ボスの間で立ち回りのし上がる男の物語。今月発売の廉価版DVDを見ると、実録物というよりはもう少し軽い、かなりフィクションを織り交ぜたTVドラマ的な作り方。銃撃とか流血とかは結構派手だったりする。

「ゴッドファーザー」を大人になってから観ると、人間社会の様々な場面に現れる「政治」の映画なのだと思える。(・・・最近は繰り返し観たくなる映画が少なくなりました。映画そのものをあんまり見なくなっているし・・・)
マフィアという組織は、暴力という手段を積極的に採用して自らの目的を達成しようとする極端な集団ではあるけれど、その極端さゆえにかえって、人間の集団や組織の本質をストレートに示しているような気がする。マフィア映画に学ぶところがある所以だ。

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2008年8月10日 (日)

『凡人として生きるということ』

押井守の映画で見たことがあるのは「アヴァロン」(2001年公開)。独特の映像美、そして音楽が実に印象的。サントラ盤も買ったし、この映画を見た後、自分もロケ地であるポーランドを訪ねたりした。で、その押井守が新作アニメ「スカイ・クロラ」公開に合わせて本を出した。タイトルは『凡人として生きるということ』(幻冬舎新書)。凡人はどう生きればいいのか、以下に自分なりに要約。

誰からも必要とされない人生は寂しい。社会の中で定位置を得る、それが人間の生きる喜びにつながる。そして人生とは常に何かを選択し続けることだ。問題とすべきは、「人生の選択を留保していないか」、「社会と関わりを保っているか」、この二点だけだ。オヤジは仕事を通じて社会と結びついているし、人生の選択肢の判断基準も自分の中に持っている。オヤジになれば、自由(自在)に生きられる。自分勝手なものではない理に適った美学を持つことが大事だ。今やオタクも、一つの価値観、一つの生き方として認められる。オタクとは「特定の分野に著しい情熱を持ち続けている人」だ。天才の身でない我々が、この世を渡っていく術とは、情熱を持ち続けることしかない。自分の美学と情熱があれば、富と名声に煩わされることなく生きていける。

・・・ということで、美学を持ったオタクとしてオヤジになれ、つまりみんな「押井守」になれってことか、結局?

この押井流の「成熟」を「凡人」が目指すのは、結構ハードル高いかも。ま、それはそれとして、恋愛論的な部分が意外と面白い(第二章 勝敗論)。以下自分なりの要約。

仕事の場合は客観的に評価される仕組みがあるが、恋愛の場合は、当事者同士で自己評価しあうしかない。仕事は社会性の中で成立するが、恋愛はそうはいかない。当事者間の関係性の中で不条理な成立の仕方をする。恋愛は、努力だけではどうしようもないことがある。仕事はこなしていくうちにスキルが向上していくが、「恋愛はいつでも誰でもが初心者」、つまり経験値が生かされない。そこが恋愛の面白くも、難しいところだ。顔がよくても、恋愛は一対一の関係でしか成立しないので、肝心の相手にとって好みの顔でなければ終わりである。だから、恋愛に有利不利などない、と言ってもいい。
仕事であれ、恋愛であれ、どんどん失敗するべきだ。何連敗、何十連敗してもいい。何度負けても、勝負を続ける限り、いつかきっと一勝できる日はやってくる。

・・・モテる才能に恵まれなかった「凡人」は、恋愛という不条理の中でトライ&エラーを続けなきゃならない、ってことね。これも結構根性要るなあ。

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2008年8月 5日 (火)

石野真子、いいなあ

今夜のNHK歌謡コンサートは、一年前に世を去った阿久悠のヒット曲の数々を、歌った当人たちが昔と変わらぬ若々しさで熱唱。都はるみ、尾崎紀世彦、山本リンダ、石川さゆり、小林旭、五木ひろし、八代亜紀などのベテランのほか、若手ではジェロ、あややも登場して華やかなステージ。

尾崎紀世彦の「また逢う日まで」、山本リンダの「どうにもとまらない」、やっぱり凄い歌だなとしか言いようがない。ピンクレディーとジュリーはビデオ映像だったが、阿久悠自身の説明では、彼の中の「ディズニーランド」がピンクレディーの歌として、「ハリウッド」がジュリーの歌として現れたということらしい。なるほど。

北原ミレイの「ざんげの値打ちもない」。この歌は自分には、吉田秋生のマンガ「河よりも長くゆるやかに」の中に引用されていたので、名前を知っているという歌。今回、レコーディングはしていたがカットされたという「幻の歌詞」が歌われた。

いわゆる歌謡曲や演歌のほか、「宇宙戦艦ヤマト」や「ピンポンパン体操」も阿久悠の作詞というのは認識してなかったもので、あらためてその才能に感嘆するのだった。

出演者の中で驚かされたのは石野真子。40代後半というのに・・・チャーミングゥ~!
デビュー当時の映像も流れたが、何だかあどけない感じで、むしろ現在の方が雰囲気としてはイイ感じ。世の中のアラフォー女は石野真子を見習え!

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2008年8月 4日 (月)

コミュニティの意義

「生きづらさ」について』(光文社新書)の中で、萱野稔人がニューアカ的思想の影響を受けた世代を批判している箇所がある。いわく、この世代はベタなものが嫌いで何でもネタにして戯れる。共同体的なものを否定して、脱アイデンティティでいくという発想がとても強い、と。

思い当たるフシもある。その当時、共同体を拒否して社会の中で交通せよ、みたいな言い方を自分もカッコイイと感じていた。しかしポストモダンの流行から20年以上が過ぎ去り、なかなか現実はそういうもんじゃない、共同体は簡単には否定できないし、ベタに認識してベタに取り組むべき問題もある、ということも感じている。ていうか単に自分が年を取ったということなんだろうけど。

確かに、他者となんじゃかんじゃコミュニケーションして自分のことを認めさせる社会はそれなりにシンドくて、単にそこに所属しているだけで自分のことを認めてもらえる共同体の方がラクな訳だし、だからこそ、高いコミュニケーション能力を求められる今の社会の中で、自分の居場所になる共同体を見つけたり作ったりする意義は大きいということはよく分かる。

おそらく、単にコミュニケーション能力が求められるだけなら、そのことが「生きづらさ」に直結するというものでもない。それは「競争的な」コミュニケーションであるから、人を疲れさせるのであり、つまるところは常に企業にコスト意識を強いるグローバリゼーションの反映なのだよ、という話になるのだろう。激しい競争の中にある企業にも、膨大な借金を抱える国にも、余裕はない。日本は豊かだけど余裕のない社会になっている。その中で人々も「普通の生活」を維持するのに多かれ少かれ疲れている。だからこそ余計にラクになれる共同体やコミュニティが必要なのかな、とも思う。

この本の中で萱野が「だめ連」の名前を出していた。あったよなあ、「だめ連」。テレビに出たりして「脚光」を浴びていたのは、もう10年位前か。彼らも毎日働くという「普通の生活」を放棄して、いろんな人と「交流」して生きる、みたいなことをやっていたっけ。

少し話は変わるが、「隣人祭り」という活動がある。パリで始まったもので、要するに、たまにはご近所さんで集まって飲んだり食べたり話をしましょうよ、という活動。たまたまNHK「クローズアップ現代」で見たのだが、本も出ていた(『隣人祭り』ソトコト新書)。あの個人主義的なイメージの強いパリの人たちが始めたコミュニティ作りの運動は、国境を越えた広がりを見せているとのこと。

ベタに言えば「友愛」の情を持って、人と人が繋がるという事は可能なのだと思いたい。

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2008年8月 3日 (日)

『「生きづらさ」について』

今どきの若い世代が直面している困難とはいかなるものか。
雨宮処凛と萱野稔人の対談本『「生きづらさ」について』(光文社新書)を読んでみる。以下の引用はすべて萱野の発言。

萱野は今の「生きづらさ」の根元には、「コミュニケーションのあり方」の問題があると見る。それは「アイデンティティ」のレベルにおける「生きづらさ」と深く関わっている。

出発点は、人は他者からの承認を必要とするということ。
「やっぱり、人から認められることが、自分の存在価値を証明する一番の回路だと思いますよ。もともと人間って、自分の存在価値を自分では証明できないから、他者にそれを認めてもらうしかないんです。どうしても他者からの承認を求めてしまうんですよ」。

他者からの承認を得るために人は仕事をする。そして、居場所を得る。即ち所属する。
「ひとりの人間が社会のなかで認められるための、もっとも大きなファクターはやはり『仕事』です。仕事をつうじて、ひとは社会のなかで居場所を獲得し、所属をあたえられ、認められる」。「『所属』というのは、一方で、いざというときに頼りになって生活を保障してくれるものであると同時に、他方で、『私はここに所属している』というかたちでアイデンティティを保障するものでもあると思うんですよ」。

この「所属」または「承認」概念を巡って、共同体と「高いコミュニケーション能力が要求される」今の社会とが対比される。
「何らかの共同体に所属し、そのなかで認められたり必要とされたりするというのは、いまのコミュニケーション重視型の社会のなかでは一種のアジール(避難所)としての役割をもっていますよね。共同体というのは、『無条件に認めてくれる居場所』を、所属によって与えてくれるものなんです。これと対極にあるのが、いまのコミュニケーション重視型の社会です。そこでは、流動化した人間関係のなかでそのつど他人から認められるよう努力しなくてはいけない。こうしたコミュニケーション重視型の社会と、共同体的な承認のあり方を比べたとき、どっちがいいのかというのはたしかに難しい問題です。ただ、確実にいえるのは、まったく共同体的な承認なしにコミュニケーション重視型の社会を生きていくのは相当キツイということです」。

「社会が流動化すると、人はそのつどのコミュニケーションのなかで競争的に承認を獲得しなければならなくなる。過酷な承認のゲームが社会全体に広がっているんですね」。「いまの流動化した社会のなかで、無条件に存在が承認されるような居場所をどのようにつくっていくか、というのはとても難しい課題です」。

・・・承認または所属を得るために、競争的なコミュニケーションを強いられることで「生きづらさ」を感じる社会。それは若者だけの問題ではない。

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2008年8月 2日 (土)

世界最大の翼竜展

夏だ。夏は恐竜を見に行く季節だ。(無理矢理)

という訳で、「世界最大の翼竜展」を見に出かけた。(分類学的には翼竜は恐竜ではない、という硬い話は置いといて)

場所はお台場にある日本科学未来館。開館時間の朝10時を少し過ぎた頃に到着したら、入館待ちの人の列が出来ていて、さすがは夏休みという感じだった。

P1020462 会場には様々な翼竜の化石が展示されているが、目玉はもちろん「世界最大の翼竜」ケツァルコアトルスの全身復元骨格。両翼の幅10メートル。くちばしも首も足も長い、翼竜の進化の最終到達点を示す巨大飛行生物だ。

でも、大きいことは大きいんだけど、翼竜なので翼の部分が長くて胴体はコンパクトだから、普通の恐竜骨格に比べると、迫力という点では物足りない感じ。

翼竜の小さいやつは小鳥くらいの大きさ。もし今も生きていたらペットにする人もいるだろうなと、しょうもないことを思った。

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