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2008年6月29日 (日)

メタル叙事詩「ノストラダムス」

ジューダス・プリーストの新譜「ノストラダムス」は、かの大予言者をテーマにした2枚組の大作。プログレならいざ知らず、はたしてヘヴィメタルのコンセプト・アルバムは成り立つのかと思われたが、実際に聴いてみれば相当の水準を保っている作品。しかし全体的に何となくイメージしていた通りというか、音だけ聴いていると時に何かのサントラみたいな感じもしてしまうのだが、まあ英語の歌詞が分かれば、コンセプト・アルバムのコンセプト・アルバムたるゆえんをもっと深く了解できるのだろうな、とも思う。

P1020391 自分がジューダスを聴いていたのはバンドのごく初期の頃。1978年の初来日コンサートも中野サンプラザに観に行った(・・・今年は初来日から30周年か。凄い長い時間が経ってるもんだな)。当時の公演パンフレット(写真)を眺めてみると、ブリティッシュ・ハードロックの伝統の後継者または救世主といった言葉が目につく。そう、時は70年代後半、イギリスではパンク・ニューウェイブの嵐が吹き荒れ、オールド・ウェイブ扱いされたハードロックには、目ぼしいバンドが出てこない状況に陥っていた。そんな中で、ジューダスは殆ど唯一の「希望の星」と見なされ、伊藤政則は「評論家生命を賭ける」と息巻いていたのだった。

そんな具合で当初はハードロックのバンドだったジューダスだが、いつの間にやらヘヴィメタルの先導者、「鋼鉄神」に変貌。ハードロックとヘヴィメタルはどう違うのか、とはしばしば問われるところだが、ブリティッシュ・ハードロックは、ブルーズやジャズやクラシックなど様々な音楽の要素を取り込んでいたのに対し、パンク以後に現れたヘヴィメタルはもっぱら攻撃性を前面に押し出して音楽を組み立てていたと思える。つまり、おんなじように見えても音楽性はハードロックの方が全然上だったよな~という印象を持っているのだワタシは。で、ジューダスについては当然のようにハードロックの頃は聞いていたが、ヘヴィメタルに転じた後はまともに聴いていない。今回アルバムの解説書にあるディスコグラフィーでは、3枚目(背信の門)が「ブリティッシュ・ハードの名盤」、4枚目(ステンド・クラス)が「ブリティッシュ・ハード・ロックからヘヴィメタルへ劇的転身」と紹介されている。そしてまさに「メタル・ゴッドの地位を確立」した5枚目(殺人機械)までは自分も買ったが、後は見送りとなったのであった。それが今回超久しぶりにアルバムを買ってみたのは、コンセプトアルバムということで、何となくハードロックのジューダス復活を期待していたところがあるのだが、その予感は裏切られなかったなという感じ。とにもかくにも、ジューダスのドラマティックな本質が強く現れた作品じゃないだろうか。

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