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2008年4月 8日 (火)

マーティの「Jポップ愛」

日本語ぺらぺらのロック・ギタリスト、マーティ・フリードマン。彼が雑誌等に連載したJポップ批評(ていうか賛歌?)を中心にまとめた本が『いーじゃん!J-POP』(日経BP社)だ。Jポップというと90年代、小室ファミリーとカラオケブームが一体になっていた時がピークという印象が個人的には強くて、この本に取り上げられている今時のミュージシャンやアーティストの半分以上は聞いたことも見たことも無いというごくありきたりの中年男であるワタシだが、かつてはメガデスのギタリストだったマーティが、Jポップのどこにそんなに惹きつけられるのか知りたくて読んでみた。

で、結論的には、「いろんな音楽のおいしいところを、絶妙のバランスで取り入れるのがJ-POPのよさ」ってことらしい。そこには「昔の歌謡曲の味」「ヘタウマの味」「ギターの存在」「ポップソングのハッピーさ」「メタルの激しい味」「テクノのレイブミュージックの味」、もう何でも入ってる、そのことにマーティは心から感動したそうだ。このJポップのよさは、日本文化に共通するセンスのよさでもあるという。以下に引用してみる。

日本の音楽って、洋楽のテイストを取り入れるときに、もろにマネするんじゃなくて、一番おいしいところだけを選んで、それを絶妙なバランスで歌謡曲のメロディーに取り入れるのが得意じゃん。音楽以外のことにも共通するけど、そういうセンスのよさって日本の文化の特徴だと思うし、すっごく尊敬しちゃいます。

確かに、いろんなものを外から取り込んで洗練された文化を生み出すのが日本という国であり、こと音楽に関しては、ヘビメタでもテクノでもR&Bでも、あらゆるジャンルを飲み込んで「歌謡曲」化してしまうのが日本だ、とは言えるような気がする。まあとにかく、マーティのJポップへの愛は尽きることを知らない。彼の夢を聞いてみよう。

僕にとって究極の夢は、この素晴らしいJ-POPの世界をアメリカの音楽シーンに教えてあげて、そのよさを世界中の人に発信することです。どんな形になるかは分からないけど、その「架け橋」の役目を果たすために、これから絶対に何かをすると思います。

日本語や日本文化に関心を持つ外国人って、やっぱヘンな外人じゃん、とか思ったりするけど、同時にそういう人ってとっても有難い存在だよね~とも思う。だけど、Jポップを本気でやりたいと思ったことが、メガデス脱退のきっかけにもなったと聞くと、個人的にはちと複雑な気分。まあ結局メガデス=デイブ・ムステインなんだし、マーティは自分のキャリアの新展開を求めた訳だから、それはそれでいいんだけどさ。確かに、Jポップはレベルの高い、というか洗練されたジャンルである、それは認めてもいい。でもねマーティ、俺はJポップよりメガデスの方が好きだぜ!

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2008年4月 7日 (月)

「セイゴオ世界史」第2弾

誰も知らない世界と日本のまちがい』(松岡正剛・著、春秋社)を読んだ。『17歳のための世界と日本の見方』の続編として昨年末に出ていた本である。例によって思想や文化も含めた「セイゴオ世界史」の講義が縦横無尽に展開されるのだが、今回中心となるテーマは「ネーション・ステート」(国民国家)だ。

最初の方で、ネーション・ステートとは「戦争ができる国民国家」であると端的に定義される。そしてまずはイギリスを理解することの重要性が強調される。なぜならば「イギリスがわからないと『植民地主義』のことがわからないし、それがわからないと『資本主義』の確立がわからないし、ひいてはアメリカのこともわからない」からである。つまり、「近代史と現代史の原点にイギリスはいる」のだ。

さらに決定的だったのはナポレオンの登場だ。ヨーロッパは1800年の時点で大きな変化を迎えていた。フランス革命、アメリカ独立、イギリスの産業革命。そしてナポレオンが、大陸全土を戦争に巻き込んだ結果、ヨーロッパに次々と「ネーション・ステート」すなわち「国民国家」が誕生する。それらの国々はさらに「列強」へと変貌し、植民地を求めてアジアやアフリカの支配に乗り出していくことになる。

列強の世界支配の大波を被ったのが徳川時代の日本である。日本は、「列強が用意したグローバル・スタンダード」を自ら進んで受け入れることにより、この危機を乗り切ったが、それはまた、近代国家として戦争を繰り返す道に入ることであり、昭和の悲劇につながることになった。

帝国主義の全面展開から第1次世界大戦、そして株価大暴落と金融恐慌を経て、世界は第2次世界大戦へとなだれ込む。セイゴオ先生の嘆きは深い。

5000万人以上が死にました。生物兵器も毒ガスも原爆も使用され、どんな戦場でも無差別の殺戮がまかりとおった。いったいなぜこんなことになったのでしょうか。みんな、おかしいんですよ。敗けたほうもおかしいし、勝ったほうもおかしい。ネーション・ステートは断乎として戦争をし、そして断乎として勝たなければならない。それが近代史がつくったロジックで、ただそれだけが現代史が証明したことだったのか、そんなふうに言いたくなります。まことに大きな「まちがい」です。

新世紀に入った現代。セイゴオ先生は、「グローバル資本主義」や「新自由主義」が人間の文化や社会を危うくしているのではないかと強く疑う。

世界が、たった一つの強力な原理や制度で動いていくなどということは、はなはだおかしなことなんです。それが世界の多文明に、また多文化にあてはまるような、ふさわしいものとはかぎらないのです。これはあきらかに「まちがい」です。

・・・かつて国民国家と資本主義は、帝国主義の両輪だった。いまや資本主義は国家の枠を大きく超えたグローバル資本主義として活動し、国家の役割はかつてと比べて良くも悪くも縮小している。国家を超えたグローバル秩序に対して「帝国」という呼び名が与えられたりもしているが、資本主義、国民国家、帝国主義についてあらためて考えることは大いに必要なことだと考える。

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2008年4月 6日 (日)

佐倉城址公園へ行く

雑誌「歴史読本」5月号(特集:織田・豊臣の城を歩く)を読んで、何となく城跡に行きたくなったのだが、織豊系の城跡はどっちかといえば西日本に多い訳で、その点ではやはり名古屋にいた時は便利だったよなと思いつつ、どっか手頃な所に織豊の城は無いものかとネットを眺めていたら、佐倉城(千葉県)というのが目に付き、その城跡は公園になっていて博物館もあるというので、ちょっと行ってみますかという気になって出かけた。

ウチのある葛西から電車を乗り継ぎ1時間程で京成佐倉駅に到着。目指す国立歴史民俗博物館までは駅からバスも出ているが、歩いても15分~20分というところ。

P1020341 博物館の展示は予想以上に充実。古代の前方後円墳、平安の王朝文化、中世の民衆生活、大名と一揆、印刷や鉄砲などの技術、近世の海外交流(オランダ、朝鮮、台湾、アイヌ)、都市社会と文化等々、日本の歴史にどっぷり浸かってしまった。江戸時代までの展示で充分に、過去の日本人の営みの多様さと変転を改めて思い知らされた感じになり(要するに疲れた)、続く近・現代史の部屋は流して見たものの、それでも展示を一通り見学するのに2時間を費やしたのだった。展示室外のフロアには、ミュージアムショップがあるほか、注目したいのは全国の歴史博物館の図録コーナー。各地で催された企画展の図録などがたっぷり揃えられているので、歴史ファンには利用価値高いんじゃないかと。(ちなみにワタシは安土城考古博物館発行の図録を一部購入しました)

P1020358 佐倉城はいちおう織豊系の城郭とされるが、石垣は無い。石材の入手しにくい関東では、江戸時代でも土作りの城が作られていたらしいのだが、石垣の無い城跡はやっぱり物足りないよ~。(もしかして石垣フェチになりつつある?)
とりあえず上の写真は博物館(白い建物)の横にある大きな空堀(綺麗すぎるけど)。「馬出し空壕」と称されている。下の写真は天守閣跡から見た本丸跡。お花見の人出が多くて、思いっきり公園。(笑)

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