« アウシュビッツと広島 | トップページ | 佐倉城址公園へ行く »

2008年3月30日 (日)

織豊期の城(歴史読本)

雑誌「歴史読本」5月号の特集は「織田・豊臣の城を歩く」。本文記事では、研究者が「織豊系城郭」と呼ぶ城として国内65、韓国の倭城7を紹介。さらに巻頭カラー、鼎談、付録も含め、これでもかこれでもかという感じの大特集になっている。

特に但馬竹田城(兵庫県)は、「織豊期城郭の傑作」として、カラーページと鼎談(中井均、加藤理文、木戸雅寿の各氏)で念入りに取り上げられている。写真で見ると、山の上に大きな石垣がずらりと並び、現地に立てば圧倒されそうな雰囲気が伝わってくる。織田・豊臣の城といえば、まずは安土城や大阪城などが思い浮かぶわけだが、それらの巨大城郭は為政者が支配力を誇示するシンボル的な性格を強めていたのであり、織豊期が戦国期の最終段階でもあることを考えれば、むしろ竹田城のような高い石垣を備えた山城こそが、軍事的拠点としての城郭の完成形を示していることになる。戦乱が終結し平和な時代が到来すると共に、織豊期の山城の多くは廃城となったのだが、打ち捨てられたが故に当時のまま石垣等が残されていることも、歴史を感じる探訪の興趣を大いに高めるものだろう。

また、朝鮮に侵攻した秀吉軍が半島沿岸部の拠点として作った倭城を、カラーページで紹介しているのも興味深い。自分も去年、肥前名護屋城に行ってみただけに、やはり次は海を越えて石垣を見に行かなきゃいかんかな~とか思ったりする。

|

« アウシュビッツと広島 | トップページ | 佐倉城址公園へ行く »

コメント

コメントを書く



(ウェブ上には掲載しません)




トラックバック

この記事のトラックバックURL:
http://app.f.cocolog-nifty.com/t/trackback/174032/11988262

この記事へのトラックバック一覧です: 織豊期の城(歴史読本):

« アウシュビッツと広島 | トップページ | 佐倉城址公園へ行く »