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2008年1月12日 (土)

川崎大師は初詣のパイオニア

年初から「はてな」方面で「初詣」のテーマがかなり盛り上がったようで、当方の2007年1月2日のエントリ(内容は2006年12月30日付日経新聞記事の要点)も、かなり参照された模様。しかし何しろ一年前にメモした話題なので、あらためてどうこう言うこともないなあ、と感じていた。が、日経記事に登場する研究者、新谷尚紀さんの新しい本『日本人の春夏秋冬』(小学館)が出ていたことを知り、早速購入。ところが、その中の「意外と新しい初詣の歴史」の章では、初詣と鉄道会社の関係について、やはり日経記事で紹介されていた平山昇さんの研究に依拠している按配であった。ので、行きがかり上、典拠として示されていた平山論文(明治期東京における「初詣」の形成過程、雑誌「日本歴史」2005年12月号掲載)を読むことに。以下は論文の要旨。

明治期を通じて東京の市街地における正月参詣は、初縁日参詣と元日の恵方詣が中心だった。ところが、東京南郊にある川崎大師平間寺では、縁日・恵方にこだわらない元日参詣、後に「初詣」と呼ばれる新しい参詣が盛んになる。

明治5年6月、我が国最初の鉄道路線(品川―横浜間)の途中に川崎停車場が設けられてから、川崎大師も次第に東京の人々の恵方詣の対象となっていった。しかし、川崎大師が東京市内の諸寺社と異なっていたのは、恵方に当たっている年もそうでない年も(要するに毎年)、元日に大勢の参詣客で賑わうようになった事である。

ここで重要な社会的背景は、明治の中頃から縁起を重視して参詣する「信心参り」が漸減し、行楽を主目的としてそのついでに参詣を行う者が増えていったという変化である。

川崎大師はいちはやく鉄道によるアクセスを得たことによって、汽車に乗って手軽に郊外散策ができるという、東京市内の諸寺社にはない行楽的な魅力を持つ仏閣となった。そして、特に明治20年代に、縁起よりも行楽を重視する参詣客が増えるなかで、この行楽的魅力に惹かれて川崎大師に参詣する者が増え、毎年恵方に関わらず元日に参詣客で賑わうという「初詣」が定着したと考えられる。

そして明治30年代になると、郊外へ伸びる鉄道網の発達に伴い、鉄道会社は沿線の寺社への参詣客誘致を積極的に行うようになる。競争が激化するなかで鉄道会社は、郊外行楽の性格を持つ「初詣」という言葉を前面に押し出して、縁日や恵方に関係なく、毎年の正月参詣を広告宣伝するようになった。いわば鉄道と郊外という2つの要素が、行楽本位の参詣客が毎年寺社に群集するという「初詣」の姿を形づくったのである。

・・・ということで、初詣はやはり近代化が生み出した習慣または行事と言ってよいのでしょうね。

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