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2007年12月18日 (火)

ツェッペリンよりもパープル

大人のロック』最新号の特集は、「レッド・ツェッペリンVSディープ・パープル ハードロック頂上対決」ということだが、冒頭に置かれた大貫憲章の文の中に、昔から渋谷陽一が強調してきた意見に同調する形で、「ツェッペリンはハードロックとかメタルとかというジャンルでくくることは不可能な存在」であると書かれている。

そういう前提からすれば、パープルよりもツェッペリンの方が、ロックバンドとしては遥かに格上の存在であることを認めつつ、それはそれとして自分が好きなのはパープルなんだよね、と思う。

レッド・ツェッペリンは偉大な存在だとしても、同時にかなり「特殊イギリス的」なバンドでもあると感じる。ブルースとかフォークとか、あるいはケルトでもいいんだけど、そういう音楽的ベースを膨らませて、ダイナミックなロックを展開していったのがツェッペリン。
逆にディープ・パープル(いわゆる第2期以降)は、クラシックの楽曲構成やジャズ的アプローチを取り込みながら、あくまでもハードロックという枠組みの中で、その音楽的普遍性を最大限明快に提示してみせた、と言えるだろうか。

プロデューサーの役割も兼ねたジミー・ペイジの元、ツェッペリンはアルバムを出す度に、バンドの音楽的方向性を常に意識的に打ち出してきたという印象が強いのに対し、パープルはリッチー・ブラックモアはじめ能力の高い職人が集まり、お互いの持てるものをぶつけ合ってその都度作品が生まれたというような感じ。だからツェッペリンの方が組織的にバンドの運営がなされていたと言えるのに対し、パープルは音楽性を変える時はメンバーチェンジ、ということになったのだと思える。結果的に、パープルはバンドというよりも、ユニットの性格が強かったのかも知れない(このユニット的性格は、リッチーのレインボーにおいて、より一層甚だしくなる)。

先日、『ブラック・ナイト リッチー・ブラックモア伝』を購入した。400ページ近い研究書とも言えるような体裁で、お値段も2940円ナリ(こういうのも「大人買い」なんだろうな)。同書の末尾辺りにも記されているが、ごく最近、第3期パープル再結成のアイデアを元メンバーが語っていたということで、個人的にはツェッペリンの再結成よりも、第3期パープルの方が見てみたいかな、と思う。

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