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2007年10月23日 (火)

新しい現実か矛盾の拡大か

本日付日経新聞コラム記事「一目均衡」(執筆者は末村篤氏)からメモ。

今年10月は「ブラックマンデー」(暗黒の月曜日)から20年の節目に当たる。

87年と今を比べると、金利の低位安定や国際的な政策協調体制は違うが、米国経済の不均衡拡大、インフレの足音、ドル不安など共通点は少なくない。顕著な変化は、米国の経常赤字の規模が約5倍に膨らみ、米・欧・日先進国間の問題だった不均衡が中国、ロシア、中東などを含む世界規模に拡大した点だろう。

余剰資金(過剰貯蓄)を米国が吸い上げて使うシステムが、世界大に広がる過程で世界は空前の好景気に沸いた。新興経済国(BRICs)の供給力と有効需要の掘り起こし、証券化に代表される金融の技術革新がそれを支えた両輪だ。

自由化、市場化の源流をたどれば、71年のニクソンショックで金の裏付けを無くしたドル紙幣本位制に行き着く。市場経済とは、価値基準と尺度の無い世界と同義である。節度を欠く米国の経済運営とそれに便乗する世界への「市場の警告」がブラックマンデーだったとすれば、その構図は拡大再生産され眼前にある。

問題の本質は変わったのか。真に新しい現実の出現なのか、矛盾の規模が大きくなり問題が深刻になっただけなのか。

・・・市場経済が「価値基準の無い世界」ならば、我々はニーチェ的世界を生きているとも言えるのだが、それはともかく、ブラックマンデー以来20年このかた、時に市場経済のリスクから噴出する「暴力」に晒されてきた我々は、少しは賢明になってもよいはずなのに、現状を見れば飽きもせず同じことが繰り返されているのだと思える。リスクはコントロール可能なのか、あるいはコントロール可能と考えることでむしろリスクの本質から目を逸らされているのではないか、と問うことは許されよう。

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