« 『平成男子図鑑』 | トップページ | 高天神城跡へ行く »

2007年9月21日 (金)

『死体は悩む』

法医学の専門家である上野正彦先生は、その道ではかなり知られた人だろう。著作もかなりの数にのぼるはずである。なのに自分は何となく読まないできてしまったのだが、新刊『死体は悩む』(角川書店)は新書という手軽さもあり、迷わず購入。

冒頭、自分の心臓に釘を3本打ち込んで自殺した大工の話から始まり、様々な死体の有り様が次々に語られる。腐敗した溺死体や、列車に飛び込んだ轢死体の無残さ、青木ヶ原樹海の自殺死体の末路等々を読むと、肉体の死後の物理的変化を直視するような機会は、できれば無い方がいいなと感じる。人間いずれは死体になるとはいえ、人様に処理してもらうことも考えれば、やはり畳の上で最期を迎える方がよろしいなと思う。

上野先生は現役の監察医時代、30年間に2万体の死体を見てきた。一週間のうち3日が「検死当番」、1日か2日が「解剖当番」で、毎日のように変死体に接していたという。仕事とはいえ、そういう生活が日常というのも、一般人には想像もつかないとしか言いようがない。

そんな職業生活の中で、上野先生は「死者の通訳」ができる「死者の名医」を目指してきた。例えば焼死体でも水死体でも検死によって、火や水の中で死んだのか、死んでから火中や水中に投げ込まれたのかが分かるのであり、それによって自殺・事故死なのか殺人なのか、全く異なった判断がなされるのだから事は重大である。死体の語る真実を聞き取らなければならない。だというのに、今は「死体の声」を聞き取ることのできる人間が減っている、と上野先生は嘆く。・・・でもこの分野で専門家になるのって、かなり特別な資質が求められるような気もするけど。先生は現役を退いて久しい自分の出番が減らない(事件に対するコメントを求められる等)というのも困ったものだと書いているが、やはりそれだけ本物のプロになるのが難しい仕事だということなんだろう。

で、ひとつ面白いと思ったのは、渡辺淳一が『失楽園』のラストシーンを書く前に、上野先生と会っていたという話。作家が自らの構想が現実的かどうか尋ねると、上野先生は自分が昭和30年代に担当した、男女が交わったまま毒を飲んで心中した実際の事件について語ったのである。さらに死体検案調書、まあカルテみたいなものについて、作家と編集者が興味を示したので、小説のために架空の「調書」を作成したという。あの、性の絶頂における死という、やや時代錯誤とも思えるロマン主義的小説の最後に、死亡調書という事務的な現実を置くことで、作家は自らの作品を軽く相対化してみせたのかな、という印象を持っていたのだが、そこに上野先生が関わっていたということで、個人的にはなるほどなあ、と妙に納得してしまったのだった。

|

« 『平成男子図鑑』 | トップページ | 高天神城跡へ行く »

コメント

コメントを書く



(ウェブ上には掲載しません)




トラックバック

この記事のトラックバックURL:
http://app.f.cocolog-nifty.com/t/trackback/174032/8035998

この記事へのトラックバック一覧です: 『死体は悩む』:

« 『平成男子図鑑』 | トップページ | 高天神城跡へ行く »