« 2007年6月 | トップページ | 2007年8月 »

2007年7月28日 (土)

いいよね吉祥寺

昨日27日付日経新聞(東京版)の連載記事「素顔の首都圏 6000人・街イメージ調査から」④によると、吉祥寺は「家族で住むなら」1位、「一人暮らしするなら」1位、「子供を育てるなら」2位(1位は国立)と、住みたい街の筆頭に挙げられている。同連載記事①では、「老後を過ごしたい街」の2位(1位は鎌倉)に入っているから、まさに老若男女世代を問わず支持を集めている街なのだ。少しメモしてみる。

「街がコンパクトで全部そろっている」(30代、男性会社員)。百貨店、スーパー、商店街に加え飲食店が多い。スポーツジム、ホテルなど盛りだくさんの生活施設を評価する声が目立つ。
「各世代のカルチャーを思い思いに吸収し、発散できる街」(40代、男性会社員)。町々にコミュニティセンターがあり住民活動が盛ん。
「雑誌に載っているような流行と普段の生活が一緒にできる」(30代、女性会社員)。雑然とした中の、おしゃれな空気が若者層をひき付け、ファンの世代を広げているのも街の強さだ。

・・・20年以上も前のことだが、小生は吉祥寺にある大学に通っていた(今の総理大臣が出た学校。ほかに中井貴一、石田衣良も)。最近は全くと言っていいほど足を運んでいないが、おそらく、賑やかな活気と程々の落ち着きを兼ね備えた街の雰囲気は、基本的には変わっていないのだと推測する。おしゃれといっても疲れを覚えるような最先端のものではなく、駅前のハモニカ横丁のような古いものも残り、近くには井の頭公園もあるといったことが、幅広い世代の人々を集める要因なのだろう。いいよね、吉祥寺。

| | コメント (0) | トラックバック (0)

2007年7月25日 (水)

米国でもグローバル化に不満

本日付日経新聞国際面の記事(グローバル化「負の影響」緩和 米で政策提案相次ぐ 富の再分配や賃金保障拡大)からメモ。

「経済のグローバル化のせいで生活が不安定になった」という不満を和らげる政策の実施を促す声が米国で高まってきた。
最近注目を浴びているのは、ブッシュ政権で要職を務めた人たちから富の再配分を求める提案が出ていることだ。

大統領経済諮問委員会(CEA)の委員だったスローター氏らは「フォーリン・アフェアーズ」誌に発表した論文で、「2000-05年に実質賃金が伸びたのは修士以上の資格を持つ一部高学歴層のみ」と指摘。「多くの人がグローバル化の果実を得られるようにしないと一層の(貿易・投資の)自由化は政治的に不可能」と警告した。

一方、自由貿易を支持する民主党系の学者や元政策当局者も、人々の生活不安に答えるための対策を提示している。
ブルッキングス研究所は、富の果実を広げるための「ハミルトン・プロジェクト」をルービン元財務長官らの後押しで立ち上げ、様々な提案をし始めた。柱の一つが、賃金保証制度の拡大だ。

ただ、最近の新提案も高福祉高負担の欧州型を目指さない点では一致している。単なる弱者保護策ではなく、グローバル化による変化に人々がついていくのを後押しする自助支援策が中心。

記事は、ブルッキングス研究所の研究員の「多くの米国人が経済のグローバル化で何ら恩恵を受けていないと感じているのは確かだ。中国やインドが競争相手に登場したことの影響は1980年代に日本脅威論が高まった時と比較にならないほど大きい」とのコメントも載せている。

グローバリズムの中心かと思ったアメリカでも、多くの人が不満だというなら、グローバリゼーションって一体誰が得してるんやねん、という感じ。結局大金持ちと、カネを運用する人々だけかいな。

いずれにせよ、グローバル経済の時代における、リーズナブルな再配分政策が求められているのは、先進国に共通の課題のようだ。

| | コメント (0) | トラックバック (0)

2007年7月23日 (月)

「第三の道」とは何だったのか

イギリスの景気は15年連続で拡大し、一人当たりGDPは日本を追い抜いたという。今週の「週刊東洋経済」(7/28号)の特集「日本と英国」の中で、ブレア前首相のブレーンとして(社会主義でも新自由主義でもない)「第三の道」を提唱したアンソニー・ギデンズが、「新しい労働党」の政策とは何だったかを語っている。以下にメモ。

ニューレーバーとは、いったい何だったのか。それは、私の見るところ、いくつかの基本路線によって構成されている。そして、ブレアは、そのすべてを支持し、推進してきた。

1.経済を優先する
好景気は有効な社会政策の前提条件であり、その逆ではない。

2.政治的な中道を行く
今の社会は、単一の階級グループだけから支持を受けて政治的な成功を勝ち取れるものではない。

3.貧困層に焦点を当てる
社会正義を実現するためには、豊かな人々ではなく貧しい人々に焦点を当てなければならない。

4.教育と医療に投資する
これらサービスの提供を国が一手に引き受けることは、必ずしもその目的に最もかなうやり方とはいえない。規制を効果的に行いさえすれば、NPOや民間組織に任せたほうが、かえって効果的なこともある。

5.中道左派の解決を目指す
左派は概して、これまで、犯罪、社会不安、移民、文化的アイデンティティの問題に大して、言い逃ればかりしてきた。しかし社会の多数の実質的な自由を強化するために、少数の形式的な自由を制限しなければならないこともあるのだ。

ギデンズによれば、ニューレーバーは右派からも左派からも批判され続けてきた、ということだが、同じ特集の中で、ビル・エモットは、ブレア政権から得られる重要な教訓は、経済的な成功を最優先にすることだと述べるとともに、「第三の道」とは、右派の政策を取り入れながらも左派を裏切るわけではないことを示す方便にすぎなかったとして、「第三の道」なる思想など、もともとなかったのだと語っている。実も蓋も無い指摘だけど、まあそういうことなんでしょうね。

| | コメント (0) | トラックバック (0)

2007年7月22日 (日)

オシムの『日本人よ!』

サッカー日本代表を率いるオシム監督の著書『日本人よ!』から、組織論としても学べる言葉などをメモしてみる。

言うまでもないことだが、サッカーは団体競技である。数多くの選手たちがプレーするには、コレクティブ(集団的)に振る舞わなくてはならない。それは最も基本的なことである。
だが、個人技に優れた一人や二人の選手が常に脚光を浴びる「スター・システム」が、昔から現在に至るまで、日本に限らず世界中で蔓延している。その「スター・システム」を支持する人たちは、集団はあくまで集団であるからこそ機能し、スタープレーヤーも集団にフィットし、逆にスタープレーヤーたちが集団によって活かされていることを忘れてしまっている。
ある選手がいなくては駄目であるかのような風潮が、サッカーという団体スポーツで頻繁に見られるが、元来、団体競技とはそういうものではないのである。

サッカーでは、常にインディビジュアルとコレクティブが織り交ざる。常にお互いが行き来するのだ。だから、そこではノンストップで自分と集団のために責任を持つことになる。

サッカーでは、全員で問題を解決しなければならない。しかし、誰のサポートも受けられない状況下で、一人で責任を背負って解決しなければならない場面もある。
そこでミスするかしないかは重要ではない。サッカーはトライとミスなしで進歩することはできないのだ。
日本人選手に責任感がないとは言えない。しかし、問題はその責任感に自分で限界を作ってしまうことだ、というのが私の印象である。

サッカーは非常に複雑である。そこで大事なのは、頭脳である。どこに、何が、どうやって、なぜ、どこが危険か、どこが危険ではないかを一瞬にして見る空間的な頭脳である。それが戦略なのだ。

すべてをポジティブに考える必要はあるのだが、それは無理な話である。だから人間はできる限り客観的になる必要があるのだ。楽観主義や悲観主義、どんな方向であれ、一つの陶酔感が支配したときは危険なものなのだ。

・・・昨日のアジアカップで、日本はオーストラリアと延長戦も含め120分を闘い抜き、最後はPK戦でようやく勝利を手にした。試合の展開にはもどかしさを感じた部分もあったとはいえ、高原の執念のゴール、川口の超人的なセーブには目を瞠った。自分は特にサッカーファンという訳ではないが、オシム・ジャパンが自分たちのサッカーを作り上げながら、アジアカップ優勝を成し遂げる場面を見てみたい。

| | コメント (0) | トラックバック (0)

2007年7月21日 (土)

政治家は人材不足

閣僚の失言や事務所経費問題など、不祥事の続出する安倍内閣。本日付日経新聞市況欄コラム「大機小機」(政治家を育てる風土)は、「これほど問題が続出する以上、統計的に見れば、政治家全体のレベルが相当低下していると考えざるを得ない」として、政治家の人材について考察しているので、以下にメモ。

政治家になり責任ある地位に就くと資産公開を求められ、経理の透明性を要求される。だが、その収入は民間の企業経営者に比べれば高いとはいえない。事務所経費の水増しなども、政治家の資金難という一般的問題の氷山の一角だとみるべきだろう。
しかも、いったん選挙に落ちればタダの人であるだけでなく、一度政治家になった人を雇う企業はない。

このようなリスクの高い職業に優秀な人材が集まるはずはない。政治家の世襲批判を問題視する声もあるが、それは裏を返せば、政治の世界に、外部から優秀な人材の新規参入を引きつける魅力がないことの反映でもある。

国民は自らがコストをかけて良い政治家を育て、自らの信ずる政策を実現させる監視役でなくてはならない。政治家のレベル低下は国民意識のレベル低下の問題でもある。

・・・テレビに映し出される参院選激戦区の候補者を眺めてみても、見た目だけで判断して申し訳ないのだが、ホントに政治の世界は人材不足だなと感じる。大衆民主主義の選挙は人気投票の側面も無視できないのだから、もう単純に見た目も含めて人間的魅力も備えていないと、何かを訴えて有権者を巻き込んでいくなんてことは到底不可能じゃないかと。その点、小泉前首相はやはり抜きん出た政治家、ってことなんでしょう。

| | コメント (0) | トラックバック (0)

2007年7月19日 (木)

「ソースは嫌い」ファンド代表

先月13日、米投資ファンド「スティール・パートナーズ」のウォレン・リヒテンシュタイン代表は、投資先であるブルドックソースを訪問し、池田章子社長ら経営陣を前に「私はソースが嫌いだ」と語ったそうな。本日付日経金融新聞からメモ。

「ソースが何から作られているのかご存じですか?」。冒頭で池田社長が柔らかい口調で質問。リヒテンシュタイン氏は「私はソースが嫌いだからよく分からない」と断った後、「水だ。想像するに水が相当入っていると思う」と答えたという。ブルドック経営陣が、あっけにとられたのは想像に難くない。ソース嫌いは個人の嗜好だからしようがないにしても、その作り方も知らないファンドがTOB(株式公開買い付け)をかけて、あわよくば会社の完全買収をもくろんでいるというのだ。

所有と経営は別物――。バーリとミーンズが1930年代に唱えた経営理論を、そのまま地で実践しようとするスティールを、ブルドックが世界で事実上初となる新株予約権の発動で徹底的に抗戦したのは周知の通り。
「何もそこまでやらずとも」という批判をものともしないブルドックのある種の「迫力」は、スティールに対する根深い不信感、あるいはスティールのふまじめにも映る振る舞いに対する経営陣の感情がこもっているとも受け止められる。

なるほど。意地でも、ってやつですね。記事は、伝説の企業買収ファンド創業者ヘンリー・クラビス氏の「どんなバカでも企業を買うことができる。ファンドの成果が分かるのは、すべて売却できたときだ」という言葉を紹介しながら、「濫用的買収者」のレッテルを貼られたスティールが、今後運用益を充分に実現できるかどうか疑念を示している。(ていうか、リヒテンシュタイン氏はバカってこと?)

| | コメント (0) | トラックバック (0)

2007年7月 8日 (日)

家康の悩みの種は家臣団?

徳川軍が武田軍に大敗した三方ヶ原の合戦で、家康が戦いを挑まざるを得なかった理由は、家臣からの「プレッシャー」だったのかも知れない。『歴史街道』8月号の記事(歴史研究家の河合敦が執筆)からメモ。

そもそも自軍に倍する大軍に挑んだ家康の判断は尋常とは思えない。武田軍2万5千に対し、家康方は織田信長の援軍を入れてもわずかに1万1千。すなわち、はじめから勝算のない無謀な戦いだった。にもかかわらず、なにゆえ家康は城を出て戦う決断を下したのか。

これまで三河武士団は、家康に忠節を尽くした「武士の鑑」であるかのように伝えられてきた。しかし、それは大きな間違いである。家康の譜代衆は、実はとんでもない「不良家臣団」だったのである。

(桶狭間の戦いの後)家康は、今川氏と断って信長と結び、三河の支配に乗り出した。ところが、もともと三河は家康の祖父清康が数年間だけ統一支配を行なったに過ぎず、三河武士が心底、家康に心服していたわけではない。

三方ヶ原合戦でも、敗戦が確実になると、本多忠勝と並んで「徳川四天王」の一人に挙げられる榊原康政をはじめ、多くの譜代家臣が浜松城へ戻らず、なんとそのまま他所へ遁走してしまっている(『三河物語』『松平記』)。また、何を思ったのか、家康より先に浜松城へ逃げ帰った小栗忠蔵は、「殿は討ち死した」(『三河物語』)と城中に触れ回り、味方を絶望のどん底に陥れた。さらに、譜代の大久保忠世などは、家康が恐怖のあまり脱糞して戻ってくると、大声でゲラゲラ笑う始末だった。

もし、家康がこうした素行のよくない連中のまえで、武田の大軍と戦わずして尻尾を巻いて城中で震えていたら、きっと彼らにさえ見限られたことだろう。つまり、家康は家の存亡をかけ、あえて出撃するほかすべはなかったのである。

・・・三河武士というと、「団結」のイメージが強いだけに、かなり異色の説であります。これが真実だとすれば、徳川家康という人はホントに苦労の多い人生を送ってますなあ。

| | コメント (0) | トラックバック (0)

2007年7月 5日 (木)

M&Aは「農耕型」で

経営者として数多くのM&Aを手がけてきた、日本電産の永守重信社長。本日付日経金融新聞のインタビュー記事からメモ。

(スティール・パートナーズなどのM&Aの手法とはどう違うのか)
「資本の論理で押してくる彼らのやり方は狩猟民族的だ。私のは農耕民族型。時機が来るまでじっくり待ち、買ってからもいきなり人を切ることはしない」
「M&Aは買って終わりではなく、むしろ始まりだ。皆はそこを間違っているように思う。買ってからが大変なんだ」
「業績不振企業の再生といえば人員削減をすぐ口にする人がいるが、それは違う。私の場合、人員削減はせず、経営陣も辞めさせない。その企業の力を使って再建するのだ。人は同じで、意識を変えてもらう」
「赤字企業を買って、従業員に『百億円の赤字を半分にしよう』とか『黒字化しよう』などと現実的な方針を言ってもだめだ。できるかはともかく『今期に最高益にしよう』と言う。以前と全く違う世界に持って行くのが改革だ。お互いに理解し合えるよう、昼は従業員と、夜は管理職と食事をしながら話し合う」

(買収先に、永守社長も出資するのはなぜか)
「必ず株を買い、個人の筆頭株主になる。他の株主の目線を肌で感じるためだ。株価が下がれば、それは痛い。買った株を担保にして銀行から資金を借りている。業績が良くならなければ配当も出来ず、借金も返せなくなる。当然、再建作業も必死になる」
「社内で一番、危機感を持っているのは私だ。オーナー経営者が楽しようと思うようになったら、その会社の将来はない」

(社長のそのやる気はどこから出てくるのか)
「やはり母親の影響が大きい。『苦労が顔に出てはいけない』とか『負けるは恥』とか、経営の根幹を教えてくれた。経営は挫折と判断の繰り返しで、すべて順調にはいかないし行くべきでもない。ただ、それを繰り返してこそ強くなる。大将が強くなければ社員を守ることはできない」

・・・もう10年位前だろうか、一度だけIR説明会で永守社長の話を聞いたのだが、もうハイテンションなキャラクターで声も甲高くて、実に「信長型」のトップだなと納得してしまった覚えがある。この記事を読んでも、会社を買う時機は「家康」のようにじっくり待つのだが、いったん買ってしまえば、後は強烈なリーダーシップで社員の意識変革を図る訳だから、これはもうやっぱり「信長」でしょうという感じ。買収防衛策についての、「必要ない。私より優秀な経営者がいるのならいつでも代わる。企業の価値を上げてくれるのなら喜んで売る」との発言も、強い自負心の裏返しといえる。それにしても、こんなに猛烈で独自な経営者の核を作り上げた母の力はやはり偉大だな。

| | コメント (0) | トラックバック (0)

« 2007年6月 | トップページ | 2007年8月 »