2018年7月16日 (月)

母の命日に

(どこかにあるのかも知れない母上様の魂に向けて)

母上様のいない世界を25年間、生きて参りました。

やはり人生は無意味です。結局のところ自分の人生に大した意味は無い。

いや、生まれたことに文句を言ってるんじゃありません。

大した意味の無い人生ではあるけれども、

母上様から受けた愛情のおかげで、ここまで自分は生きてこれたのだと。

そしてこれからも、母上様の愛情の記憶により、自分は生きていけるのだと。

母上様の愛情、もったいのうございました。

| | コメント (0) | トラックバック (0)

2018年7月13日 (金)

「無断キャンセル」の罪深さ

昨今、飲食店の予約を無断でキャンセルする不埒な輩が多いらしい――日経新聞電子版11日発信の記事からメモする。

「無断キャンセルは経済的だけでなく、精神的なダメージも大きいんです」。東京・銀座の雑居ビルで小料理店を営む女将(40)はこう話し、「本当にやめてほしい」と訴える。カウンターとテーブルあわせて計30席。無断キャンセルがあれば空席が目立ってしまう。同店では早朝に市場で魚介類などの食材を仕入れ、昼から仕込みを始める。無断キャンセルはこうした作業や食材を無駄にする。予約を断った客への「申し訳なさもある」。

売り上げの減少、食材の廃棄、従業員の士気低下――。飲食店にとって深刻な問題の無断キャンセルは、姿を現さないとの意味から英語では「NO SHOW(ノーショー)」と呼ばれている。ある飲食店関係者は「近年、インターネットで予約するケースが増えたことが、ノーショー拡大の要因だ」と分析する。簡単に予約できる分、心理的抵抗が薄れているとの見方だ。

飲食店に予約台帳サービスを提供するトレタ(東京・品川)の調査が、実態を浮き彫りにしている。13年12月~17年8月の約2200万件の予約データを調べたところ、無断キャンセルは1%弱を占めた。100件のうち1件が「無断」にあたる計算だ。

17年10月に約8万の飲食業者などが加盟する「全国飲食業生活衛生同業組合連合会」(東京・港)や大学教授、弁護士などが集まって無断キャンセルへの対応策を考える勉強会が設立され、キャンセル対応の自主ルールの検討に乗り出した。経済産業省もオブザーバーの位置づけで参加する。

経産省によると、国内の飲食店の無断キャンセルによる損失は総売上高の1%程度の年約2000億円と推計されている。担当者は「決して小さい金額ではない」(サービス政策課)とみる。多額の経済的ダメージ、店側の悲痛な思い――。損害賠償リスクを含めて、無断キャンセルが決して小さな問題でないことを客の側も心に留める必要がありそうだ。

・・・全くもって不道徳というか反社会的というか想像力が欠如しているというか。「無断キャンセル」は相当罪深い行いである。

| | コメント (0) | トラックバック (0)

2018年7月11日 (水)

四半期決算への懐疑

本日付日経新聞市況欄コラム「大機小機」(四半期決算の弊害)からメモする。

上場企業、とりわけ製造業の経営者の間では、四半期決算は必要なのかという疑問の声が高まっている。

四半期つまり3ヵ月というのは、業績改善の目標期間としては短すぎる。
特に製造業の場合、3ヵ月で業績に反映できるような改善領域は少ない。短期業績が厳しく追求されると、業績改善意欲はかえってそがれてしまう。かつて東芝で起こったような、会計数字を操作するという不正行為すら起こってしまうこともある。

短期の業績目標ばかりが重視され、中長期の戦略的課題が忘れられてしまう。四半期決算が短期志向を助長する問題は、1980年代に米国で四半期決算が広まった時にも認識されていた。
3ヵ月では業績の改善が難しいから、出発点となる四半期の業績を下げてV字型回復が演出されるという現象が、米国ではよく起こった。社長の交代時に前任の社長の投資を減損処理し、業績回復を演出するやり方である。

四半期決算の廃止は、投資家にとってもメリットがある。四半期の数字の分析に代わって、中長期の戦略課題の達成を評価することにもっと時間を使うことができるようになるからである。

・・・四半期数値が目標になると、経営に悪影響を及ぼす可能性はあると思わざるを得ない。四半期決算は所詮、株式相場の売り買いの材料だと割り切るしかないかも。

| | コメント (0) | トラックバック (0)

2018年7月 7日 (土)

「死刑あり」は日米中など56ヵ国

本日付日経新聞「きょうのことば」(死刑制度)からメモ。

死刑制度なし(106ヵ国)
オーストラリア、オーストリア、ベルギー、カナダ、デンマーク、フィンランド、フランス、ドイツ、アイスランド、イタリア、メキシコ、モンゴル、オランダ、スイス、英国など

通常犯罪で廃止(7ヵ国)
ブラジル、チリ、イスラエルなど

事実上廃止(29ヵ国)
ミャンマー、ロシア、韓国、スリランカなど

死刑制度あり(56ヵ国・地域)
日本、米国、中国、北朝鮮、台湾、ベトナム、タイ、アラブ首長国連邦、インド、イラン、イラク、シンガポールなど
(2017年12月末時点)

国際人権団体「アムネスティ・インターナショナル」によると、17年の死刑廃止国は00年に比べ1.4倍の106ヵ国に増えた。一方、17年に死刑を執行したのは23ヵ国にとどまる。主要国では日本や米国、中国などわずかだ。日本は国連から廃止勧告を受けるなど、国際社会から厳しい視線が注がれている。

・・・日本国内では、死刑制度について「やむを得ない」という意見が8割を占める(内閣府調査、14年)という。

6日にオウム死刑囚7人の死刑が執行された。ここまでくれば教祖はやむを得ないとしても、教団幹部6人を一度に処刑したことに対しては、すんなりとは受け入れがたい感覚がある。

| | コメント (0) | トラックバック (0)

2018年7月 6日 (金)

東芝の決算に監査意見が2つ

東芝の2つの決算書(2018年3月期)で異なる監査意見が開示されている。株主総会の招集通知に添付する計算書類では「無限定適正」であるのに対し、有価証券報告書では「限定付き適正」なのだ。どうしてこうなったのか。本日付日経新聞記事(東芝の監査意見、異なる開示)から以下にメモする。

東芝の監査では、2017年3月期にPwCあらた監査法人と米原発事業の損失を巡る意見が対立。最終的に、あらたが米原発事業の損失問題を除けば決算は適切という「限定付き適正」を東芝に出す異例の展開になった。一連の会計問題は前の期で一段落したはずなのに、18年3月期の有報でも「限定付き」が出たことで、株式市場でも戸惑いが広がった。

今回、有報の監査意見が限定付き適正だったのは、有報は2期分の決算を記載しており、前の期との比較可能性が重要になるためだ。18年3月期の決算に問題がなくても、「比較対象となる17年3月期が限定付きで全てが正しいとは言えないため、18年3月期の監査意見が限定付きとなる」(大手監査法人)。

一方、株主総会の招集通知に添付している計算書類(決算)には18年3月期は「すべての重要な点が適正に表示している(=無限定適正)」と記載し、限定付きとは書いていない。計算書類は1期分の決算だけ記載しているためで、ここでは有報のように17年3月期との比較可能性は問題にならないというわけだ。

どちらも大事な法定開示なのに形式が異なるのは、有報は金融庁所管の金融商品取引法、計算書類は法務省所管の会社法と、それぞれ別の法律に基づいているからだ。

大和総研の吉井一洋氏は「投資家にとって2つの法定開示が存在するメリットはない。混乱を招かないためにも、有報と計算書類をどう位置づけるのかは今後の大きな課題」と話している。

・・・確かに何で決算書は2種類あるんだろう。決算書はどっちかに、ていうか有報に一本化して欲しいね。

| | コメント (0) | トラックバック (0)

2018年7月 5日 (木)

サブロク協定

本日付日経新聞の「くわしくわかる働き方改革法」特集記事から、「36協定」の用語解説を以下に引用する。

▶36協定
残業や休日労働に関する労使協定。労働基準法36条に基づくため「サブロクキョウテイ」と呼ぶ。企業が法定労働時間(1日8時間・週40時間)を超えて社員を働かせるには、協定で残業の上限を定め、労働基準監督署に届け出る必要がある。だが特別条項を付ければ、年に6ヵ月までは上限を自由に設定できる。
認知度の低さも指摘される。連合の調査によると、働く人の4割超は企業が残業を命じるのに協定が必要なことを知らない。働き手の側の意識の向上も必要だ。

・・・サブロク協定、確かに自分も40歳過ぎまで知らなかった。会社で今の部署(証券会社の引受審査部)に務めてからその言葉、その意味内容を知ったという案配。なので、この記事でサブロク協定の認知度が半分程度というのを見て、まあそうなんだろうねと思った次第。働く側の意識がどうとか書いてるが、こういう言葉は学校でみんなに教えたらいいんじゃないのかなと、単純にそう思う。

| | コメント (0) | トラックバック (0)

2018年7月 1日 (日)

映画「ゲッベルスと私」

昔、大学生の時、ゲッベルスで卒論書きたいなと思ったことがあった。「ゲッベルスとナチスの宣伝戦略」と、タイトルだけは決めていた(笑)。しかし結局卒論はニーチェで書いた。まあニーチェなら参考にする論文はたくさんあるし、書きやすい方で書いたという感じだ。今から思うと、ゲッベルスで卒論を書くのは現実には難しかっただろうな。

最近自分は病気で左足に後遺症が残った。足が悪くなってみると、ゲッベルスやルーズベルトの偉さがよく分かった。身体障害者でも国のトップリーダーを務めたのだから、凄いと思う。

さて、久しぶりに今池の名古屋シネマテークに足を運んだ。「ゲッベルスと私」を観るためである。この映画は、東京では岩波ホールでやっている。岩波ホールだと、いかにも文化的な観るべき映画という感じになるが、雑居ビルの中にある試写室のようなシネマテークで観ると、関心のある人向けというマイナー感が強まるように思う。まあどっちがいいって話でもないけど。

映画の内容は予想を大きく超えるものではない。ゲッベルスの元秘書のポムゼルさん(撮影時103歳)がナチス時代のドイツを語る。当時のアーカイブ・フィルムも挿入しながら、証言が淡々と続く。プログラムも参照しながら、いくつか以下にメモする。

・当時の体制から逃れることは絶対にできない。体制に逆らうには命がけで、最悪のことを覚悟する必要がある。
・当時は国中がガラスのドームに閉じ込められたようだった。私たち自身が巨大な強制収容所の中にいた。
・「白バラ」運動の裁判記録を取り扱ったことがある。黙っていれば、ショル兄妹は今も生きていたのに。反戦ビラをまいたから、残酷にもギロチンで処刑された。
・神は存在しない。悪魔は存在する。正義は存在しない。正義なんてものはない。
・私に罪があったとは思わない。ただし、ドイツ国民全体に罪があるとするなら話は別。

人は誰でも時代の制約の中で生きている。過去の歴史を生きた人々が、その時代の制約の中を生きてきたように、現在を生きる我々もまた、おそらく時代の制約の中に生きている。そして、その制約の正体は、ある程度時が過ぎてからでしか見えてこないのだろう。現代の視点から過去を断罪することに、どれ程の意味があるのかと思う。ましてや我々日本人もまた、20世紀前半にはドイツ人と同じような状況にあったのだから。

| | コメント (0) | トラックバック (0)

2018年6月25日 (月)

『戦国日本と大航海時代』

戦国時代と大航海時代』(平川 新・著、中公新書)を読んで、学んだり考えたりしたことを以下に記す。


豊臣秀吉の朝鮮出兵(159298)というと、天下人の晩年の誇大妄想的暴挙というような評価から、余り芳しい事績とは捉えられていないと思われる。しかしこの本によれば、15万人という兵力を朝鮮半島に送り込んだ大戦争以後、天下人秀吉そしてその後継者である徳川家康は、ヨーロッパ人から「エンペラー」つまり「皇帝」と見なされるようになり、日本が軍事大国であると認識したヨーロッパ人は、あわよくば日本を植民地化しようとしていた野望を断念したというのである。秀吉の朝鮮攻撃は明国征服の第一歩として実行されたものだが、最終的には遠く天竺(インド)や南蛮(東南アジア)の征服も視野に入れており、そもそもその征服構想自体がスペインに対抗するため打ち出されたものだという。


なぜ秀吉がスペインへの対抗心を燃やしたのかといえば、スペインやポルトガルの世界征服の動きを認めたからだ。その先兵は宣教師たちであると見て、まず1587年にバテレン追放令を発布。同時期に朝鮮と琉球の服属に向けた交渉開始にも動き出す。1590年の小田原攻めで北条氏を滅亡させて全国平定をほぼ達成した翌年、秀吉は、スペイン支配下にあるマニラのフィリピン総督に服属要求の書簡を出す。朝鮮攻撃開始後の92年、93年にも秀吉は書簡を出しており、後者には「カステリヤの王」(スペイン王)に対して「予が言を軽視すべからず」という強い警告の文言が記されている。秀吉の威嚇を受けたフィリピンは、日本のマニラ攻撃の可能性に恐怖感を募らせた。そして実際に朝鮮が攻撃されたことにより、スペイン勢力は日本が軍事大国であることを認めて、武力による日本征服も諦めたという。


朝鮮及び明国との断交状態、スペインに対する強硬姿勢という秀吉政権の残した外交課題を引き継いだ徳川家康は当初、アジア・ヨーロッパの国々との平和的な全方位外交を目指して貿易の振興を基本方針とした。その一方で、キリスト教の布教に対する態度決定を迫られることになり、秀吉と同様、スペインの脅威を感じていた家康は徐々に布教禁止の方向へと舵を切る。最終的に幕府は禁教令を出す(1616)のだが、その間際に企てられたのが、伊達政宗の遣欧使節(16131620)である。政宗はメキシコとの通商を認めてもらうため、支倉常長の使節をスペイン国王とローマ教皇の元に派遣した。だが結局、貿易交渉に失敗。同時に政宗はキリスト教禁制を領内に布告。1624年、幕府はスペインとの断交に踏み切った。従来から戦国大名は独自に外国との貿易を行っていたが、政宗の試みはその最後の事例となり、以後は徳川幕府が外交・貿易を一元的管理する体制となったのである。


群雄割拠の戦国時代を経て天下統一された日本は世界史的に見ても軍事強国だったこと、我らが秀吉と家康が世界的スケールの英雄であることを教えてくれる一冊だ。

| | コメント (0) | トラックバック (0)

2018年6月 4日 (月)

苗木城に行く

JR東海のさわやかウォーキングで、数年前から苗木城コースを開催している。のは知っていたのだが、足を悪くすると山城歩きも決心が要るもので、見送りを続けていた。が、とうとう昨日3日開催のさわやかウォーキングに参加して、苗木城を訪ねた。

Photo

朝9時過ぎに中津川駅を出発して、木曽川を渡り、山道を歩いて苗木城の本丸に辿り着いたのが10時半頃。上の写真は天守展望台から見た木曽川、恵那山。下の写真は、城跡と苗木遠山史料館を結ぶ道の途中にある「撮影スポット」から取った天守展望台付近。

Photo_2

史料館に立ち寄った後、帰りは車道をゆるゆる下るコース。再び木曽川を渡り市街地に戻って、旧中山道中津川宿も歩く。コース距離は約13km。ゴールする手前で食事も取ったりして、結局自分が駅に戻ったのは午後2時過ぎ。何だかんだで5時間を費やしたのであった。とにもかくにも、苗木城行ったどー!という感じである。

| | コメント (0) | トラックバック (0)

2018年5月19日 (土)

藤井七段誕生、高速の昇段

高校生の天才将棋棋士、藤井聡太六段が18日の竜王戦の対局で勝利し、規定により七段に昇段した。そもそもデビューが昨年春だったから、一年余りで四段から七段になっちゃったわけで、まさに天才だから可能な驚異的スピード昇段というほかない。
 
しかし自分のような将棋のオールドファンから見ると、昔は順位戦で昇級昇段、どんなに早くても一年ごとに一段上がるイメージしか無かったのに、最近は昇段の条件も、何だかんだといろいろあるのだな、という感じではある。まあいろいろあっても、実際に適用されるケースはそんなには出てこないんだろうけど。
 
とはいえ、さすがに八段昇段の条件となると、竜王位獲得、順位戦A級昇級、七段昇段後公式戦190勝、の3つしかないとのこと。
オールドファンはどうしても、順位戦で勝って昇段するのが本当の昇段だよな、と思ってしまうので、天才の藤井君には毎年昇級でA級八段になることを期待します。
しかし藤井と言えば聡太七段となると、藤井猛九段の影が薄くなるのではないかと心配してしまいますね。

| | コメント (0) | トラックバック (0)

«「パープル・ファミリー」の活躍